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最後に見せたいドレスの色

卒業式より大事なのは、式の後に控えた晩餐会だった。

それよりも大事なのは、晩餐会にどのドレスを着ていくか、それに尽きた。


校舎と大講堂の間に設置された期間限定の「衣装室」へ、淑女達が次々と訪れた。


衣装室はそれなりの広さがあった。だが、それでも様々な布地やドレスの見本、アクセサリーの数々など、無限の組み合わせは掛け算が暴力を振るうばかりの豊富さで詰め込まれており、ドレスに無縁なものにとっては樹海より深く、広大な場所だった。


軽い好奇心で衣装室に足を突っ込んだシャロットは、最初こそ楽しそうにドレスを眺めていたが、色ごとに並ぶドレスの数々がどれも同じ形に見えてきたところで、ドレスを選ぶ生徒達を見物する方向にシフトした。


ジブレーはドレスとの親和性が高い立場ではあったが、侍女にすべての衣装を任せていた時点でお察しであった。華やかな雰囲気に入っていくことが躊躇われた彼女はどんどんドレスから遠ざかり、隅にある手近なソファに辿り着いた。


(あら?このソファ座り心地がいいわ)


ジブレーは思いがけず見つけた快適な場所でくつろぎながら、同じくソファに座る人々を見やった。


(…あぁ、ドレス選びに付き合う人が待つためにこんなところに置いてあるのね。助かるわ)


そこには、眠そうに本をめくっている人もいれば、試着した恋人の登場を待ちかねている様子の人もいた。


「…」


その時、ふと自分の胸に湧いた感情を、ジブレーは定義できなかった。とにかく、彼女がここにいることは間違いのような気がした。


(シャロットに便乗して、つい来てしまったけど… 私がいると選びにくい人がいるようだし、ラウンジで過ごそうかしら)


家柄、容姿ともに、ジブレーは他の生徒から逸脱していた。公女として接点がある家の生徒がいる場合もあり、ジブレーの希望にかかわらず「わきまえた」振る舞いをされることは少なくなかった。


卒業を控えて空気を読めるようになってきたジブレーは、衣装室の係員にシャロットへの伝言を頼み、会場を後にした。


-----


テラシアは、ユーリアと寮のラウンジでレース模様の図案を眺めていた。


「綺麗ですねぇ…でも何がどうなってこうなるのかさっぱりわかりません」

「これとかは、三つ編みみたいなのを作ってから、絵をなぞって縫うの。他より失敗しにくいと思うよ。あと…あっ、ジブレー」


ジブレーがテラシアの声に応えながら周りに目をやると、ラウンジ内はドレスのデザイン画や生地見本をテーブルに広げて談笑する生徒達が目立った。


「二人も晩餐会のドレス、どういうのが良いか決まった?」

「うーん…あんまり。最初はドレスの話をしてたんですが、だんだんレース飾りの図案を見る方が楽しくなってしまって」


テラシアが困ったような笑顔を見せながら、重量感がある『美しきレース模様~図案大全』を見せた。


「この本がすごいんですよ、ここの図書館を使えるだけでも編入できてよかったです!」


ユーリアは内気なところがあるが、他の人にもジブレーにも同じ態度で接する珍しい生徒だったため、ジブレーが気軽に話せる数少ない級友だった。


「すごい、そして分厚い… 二人ならずっと見て過ごせそうね」

「へへ、そうなんです、地方や年代ごとに色んな模様や織り方があって、永遠に見ちゃいそうで」


その言葉はあながち誇張でも無さそうだと、最近の二人を見てジブレーは思った。それでドレス選びの方はどうなのか聞いてみると、着るということ以外ほぼ何も決まっていなかった。


「えーと、肌見せはよしなに、裾はくるぶしが隠れる位か、それより長く、だね」

「テラシア、それデザインじゃなくて規則の部分よね」


「うーん…色だけでも決めた方がイメージしやすいんでしょうか…リボンとかレースとか、どうも細かいとこに目が行ってしまって…」


ユーリアの案を採用し、ジブレーが衣装室でもらった色見本を見ながら各々イメージしてみることにした。


「青とかかっこいいなって思ってるんですよね、海みたいな濃い青とか」

「いいですね、テラシアならはっきりした色が映えそう!私は緑とか、落ち着いた色にして生地を凝ってみたいかなぁ…」

「袖のところをオーガンジーにしたら肌を出しても寒くなりにくそうじゃない?」

「確かに!」


(オーガンジー?)

色の話から生地の話になりつつある気がしたが、楽しそうな様子にジブレーは聞き流しながら相槌を打った。


「ジブレーはドレス着るなら何色がいいですか?」

そこへ質問が飛んできて、ジブレーは虚を突かれた。


「私?そうね…うーん…好きな色も特に無いし…」

「ジブレーさんも何でも似合いそうですね、濃い色はもちろん、それこそ白とかも」


「白いドレスは嫌」


口にしてから、思った以上の声量と口調だったことに気付いたジブレーは口を押さえたが、遅かった。

周囲の視線はジブレーに集まっており、その目には少なからず非難の意思が含まれるような気がした。


「…急にごめんなさい、私… ちょっと出ているわね」

そう言って彼女はラウンジから立ち去った。ユーリアやテラシアの顔を見る勇気は無かった。


-----


(自分のこういう所が嫌い)

ジブレーは一人、テラスで沈んでいた。


白いドレスに憧れる生徒は多く、タリスの母である帝国の王妃が純白のドレスを身にまとった結婚式は、国内外問わず有名だった。


洗濯や手入れが大変な白は特別な色であり、それだけで意味があることだと頭では分かっていた。それなのにあんなことを言ってしまった自分に、ジブレーは落胆した。


落ち込んだ気分に引きずられるかのように、古い記憶が勝手に再生されるのを、彼女は止めることができなかった。


馬車で延々と運ばれ、休む間もなく花嫁衣裳を着せられた時の感情、その過程で浴びせられた言葉、投げられた視線。


「王女としてのあなたは死に、わが国の平民として新たな生を受けるという意味があります」


(白い花嫁衣裳の意味なんて、本当はどうでも良かった)


この記憶がとうに彼女のものではないと分かっているのに、感情がその時点を追体験させた。

もう関係ないと切り捨てるには生々しすぎる記憶が、彼女の胸にはまだ傷として残っていた。


(今は選べる。着たくないならそれで良いじゃない。人が着たいと言うものに文句をつけるなんてしたくない)


したくないのに。

ため息が出た。


テラスの椅子に腰掛けて森の方を眺めながら、ジブレーは気分が落ち着くのを待った。


「…?」


風に乗って、何か香ってきた。

(誰か来た…?)


日当たりが良すぎるこのテラスは生徒にあまり人気が無く、ジブレーは一人になりたい時によく来る場所だった。かといって、誰も来ない訳でもなかった。

香りを辿って視線を移すと、その先には見知った顔があった。


「あなた…」


そこにはロウの姿をした男がうつらうつらと、炭酸水が入ったビンと、それより小さいビンをテーブルに広げている所だった。


ジブレーが見たところ、手にしたコップに炭酸水と、小さなビンに入った何かを混ぜて飲もうとしている様子だった。


「あぶない!」


おぼつかない手つきでコップに水を注ぐ姿に、ジブレーはつい声が出た。はっと目を開けた彼はコップが溢れる直前で、傾けていた炭酸水のビンを戻した。


「あぁ、おはよう?ごめん、ぼーっとしてた」

「おはよう。今日は何の用で来ているの?」

「ん?あ、おはようございます、今日ですか? えー、今日はロウに国内の報告をして、ジュラの汚部屋を片付けてるうちに帰るのが面倒になった翌日の朝ですね。ふぁ…」


(眠いのは本当っぽいわね)

ジブレーの目には彼が、いつもより心持ちヨレて見えた。


「はぁ、大変なのね。あの…そのビンは?」

そっとしておくか迷ったものの、彼女は先程からりんごの香りを漂わせているビンの中身が気になっていた。


「あぁ、ふふ、りんごのコン、何か、煮込んだやつで、料理長さんが沢山作ったそうなので頂きました」

「コンフィチュールね。なるほど、それを炭酸水で割って飲もうとしてたのね」

ジブレーはこのあと食堂へ寄ろうと心に決めた。


「よかったら飲んでみます?」

「え?」

(顔に出てたかしら)と、ジブレーは思わず両手を頬に当てた。


彼は椅子に座り直してジブレーにコップを差し出し、自分は煮込んだりんごが入っていたビンに炭酸水を注いだ。

スプーンを渡されたジブレーは、せっかくなので「ありがとう」と厚意を受け取ることにした。


「!」

「さらっとしていて、さわやかな甘さですね。食欲が無くても飲みやすくて助かります」

ひと口飲んだ途端、目を輝かせて彼の方を見たジブレーを見て、あらかた感想は伝わったようだった。彼は笑顔で感想を返した。


「あなたは、感想とか、誉め言葉がすごく上手よね」

感心しながら、ジブレーはカップを置いた。彼なら自分のように誰かを不快にさせるようなことは言わないような気がした。


「そうですか?照れてしまって無口になりそうです」

「…」

(返答に迷う発言が多いところは苦手だわ)


「あ、そうだすみません、スプーンちょっと戻してもらってもいいですか?」

「あ、ごめんなさい、ありがとう。食堂に返しておきましょうか?(絶対に食堂に行くので)」


「いやいや、今日はもう帰るだけですから任せてください。では、おかげ様で目も覚めましたし、失礼しますね」

彼はビンに残ったりんごを食べ終えるとさっさと立ち上がり、料理長がジブレー用にりんごを煮込んだやつをよけてあることを伝え、テラスを去った。


(料理長、りんごが好きって知ってくれてるから…優しい…それなら急いで向かう必要も無いか…)


あまりに自然だったため気付くのが遅れたが、ジブレーは彼の行動に引っ掛かりを覚えた。

(ん?さっき私が使ったスプーンを使ってなかったかしら?)


ジブレーは記憶を辿ってみたところ、確かにスプーンは1つしか無かった。


「わあああ」

思わず声を上げた後で周囲に誰もいないことを確かめ、ため息をついた。


先程までの落ち込んだ気分が吹っ飛んだ彼女は、改めて落ち着くのを待ってから食堂に向かい、りんごの煮込みを両手で抱えて自室に戻った。


-----


「あなたっ、あなた、行儀がよくないことしちゃいけないのよ」

校内で彼にまた出会った日、ジブレーは苦労してまとめておいた注意事項を伝えた。


「その、私が急におすそわけをいただいたから前回のは仕方ないというか、私もうっかりしてたので問題ないのだけど、食器は共用しない方が衛生的にも良いのではないかと思う」

急な意思表明めいた発言になったが、彼は先日の話だと分かったようで、笑いをかみ殺そうとして殺せていなかった。


「なっ、どうして笑ってるの?」

「ふ、すみません、いや、ごめんなさい、嫌でした?」


「え?違うの、嫌とかじゃなくて、その、行儀と衛生面の話をしてるだけで…」


いけないよ?はい!程度のやり取りで終わると思っていたものが、想定外の反応で返されたため、ジブレーは調子を乱された。


「あなたが嫌じゃなかったなら、私も問題ないので良いのではないですか?」

「えぇ…」


(そうなの?あれ、これは、私が間違っているのかも…?)


ジブレーは直近の失言もあって自信を失うのが早かった。最初の勢いは影に潜み、肩を落とした。

「ごめんなさい、私が気にし過ぎだったのかもしれないわ、良くないわね…」


「あ、ちょっと待ってください、私も普通しないので大丈夫ですよ?間違ってないです」

彼は笑いを引っ込め、落ち込んでしまったジブレーの肩を持った。


「本当?」

「はい、気にしない人もいますが、私は共用しませんね」

「しないんじゃないの!もう、またやってしまったかと思ったのに…」


ジブレーは回りくどい彼の言い回しのために無駄に落ち込んだことで腹を立てた。


「すみません。またって、何かあったんですか?」

ジブレーは話すほどのことじゃない、と断ったが、お詫びに話くらい聞きますから、という説得に流され、いつものテラスに座った。


-----


「まぁ、いいんじゃないですかね?」

「え?」


ひと通り先日の失敗を話したところで、彼のあっさりとした反応にジブレーは戸惑った。


「お友達にしても、あぁジブレー白は嫌なんだ、くらいじゃないですかね」

「でも…」


そう単純に思いきれないジブレーに、彼は続けた。

「まぁ誰かしら気分を害したかもしれませんが、どうしたって傷付く人は勝手に傷付くんですから、気にするだけ損ですよ」


彼の言い回しは苦手な部分もあるが、今回は彼の言葉によって気が軽くなったことにジブレーは気付いた。


「ありがとう。気にしすぎないようにしてみるわね」


「そうです。あなたの言葉が足りないことなんて、周りの人も分かっているし、すぐ直らないと思いますよ?気にするのは勿体ないですよ」


にっこり笑って放たれた言葉にしては毒が多かったが、ジブレーは彼なりの優しさなのだろうと思うことにした。


「まぁ、事実ね」

「あはは、はぁすみません怒らないでください。しかし好きな色とか無いんですか?」


(はぐらかしたわね…)

とはいえ、白いドレスは別として、ジブレーは嫌いなものが無いかわりに、好きなものがないことが悩みだった。


だからこそ、自分が珍しく好きだと感じるりんごに固執しがちな部分があることも自覚していた。


「無い…白以外は全部同じくらいね…」

「いいじゃないですか。色々と試せるので、選ぶのが楽しいですね。…どうしました?」


「え?いえ。そうね。ありがとう」

ジブレーはつい彼を見つめていたことに気付いた。


「まぁ、もし感想が必要ならどんな装いで来ていただいても大丈夫ですよ」

「そうね、あなたは言葉が足りすぎるくらいだから安心だわ」


大規模な食事の場が得意ではないため晩餐会を欠席する予定のジブレーには、ドレスを着る予定が無かった。

(でも、もし着る機会があったら…どんな感想が出るかは興味あるわね)


例えばいつも強く見えすぎるからと避けていた赤でも、彼はけばけばしいだなんて言わずに誉めてくれるだろうか。


-----


「行っちゃいました…私、良くないこと言っちゃいましたかね?」

ラウンジを出たジブレーの気分を害したのではないかとユーリアが怯えた。


「いや、白きらいなんじゃない?強く言い過ぎちゃったから、びっくりして引っ込んじゃったんだと思うよ」

(そんな?飼い主を引っかいた後でびっくりして逃げる猫みたい…)


テラシアはいつもの事なので気にした様子は無く、色見本をぺらぺらとめくりながら答えた。


「白は花嫁衣裳とかなら良いかなぁ。晩餐会だとシミついちゃわないか気になって、ご飯食べられないなぁ」

「テラシアらしいですね。でも確かに、せっかくなら手入れが楽なドレスがいいですよね」

「そう!汚れが落ちやすいとか、パーツを外して洗いやすいとか、あっ、花束みたいに生花とかで飾るドレスも素敵かも」


そして二人の会話は盛り上がり、今日もドレスのデザインは決まらなかった。


更新してすぐ見てくださった激レアな方には申し訳ありません、相変わらず時系列がきしょすぎるので修正のため、話の順番を変えました。

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