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りんごの旬は夏から

何年やってると思ってるんですか、全然余裕ですよ。


彼は自信満々だったが、ジブレーの疑問はもっともだった。こいつ、ロウに似せる気あるのかと。


「似せようと思えばちゃんとやれると思うよ。俺だって備えてないわけじゃないんだからさ」

試しに他の生徒と会った時のように話してみたが、ジブレーの反応は彼の予想と異なった。


「…」

「自信喪失してしまいました。どこがおかしいんでしょう」

「いえ、似ていると思うわ。それがまた違和感というか、何と言うか… とにかく、全然余裕という理由はよく分かったから、前のままにしてもらえるかしら」


結局、何がどうおかしいのかは分からなかったが、彼は先程までと同様の笑顔に戻った。


(やっぱり、貴女の前では意味が無かったみたいですね)

「はい、そうしますね」


「それで… 今日はどうしてここにいるのかしら」

ジブレーは、校内の廊下を制服でうろうろしていた、部外者であるはずの彼に尋ねた。


「今日はちょっとジュラ先生に用がありまして。我が国の研究にもお力添えいただいているんですよ。制服ですか? これだけ似ているとややこしいので、いっそ着ておけ、という理由ですね」

嘘をついているようには見えなかったため、ジブレーはなるほど、と相槌を打った。


「なるほど… それなら、早く行ったらどうかしら」

「いえ、それが、授業中なのかお留守でした。間違えて早く来すぎてしまったのかも知れません」

「あら… ならラウンジで待っていたら?」

ジブレーとしては至極まっとうな提案をしたつもりだったが、彼は大げさに驚いたような反応を見せた。


「ええ? ロウの知り合いが来たらどうしましょう。さすがに長時間の会話は私も不安です…」

「全然余裕って言ったじゃないの」


聞く耳を持たないつもりだったジブレーだが、続けて示された情報につい意識が向いてしまった。


「ジブレー嬢、ご存じですか?」

「え?」

「りんごの旬は、夏からなんですって」

「なんですって?」


-----


「これが、夏が旬のりんご…」

「さわやかな色ですね。早生まれの中では甘みが強いので、こうして生で食べるのがおすすめなんですって」


ジブレーは、彼に言われるがまま駅前広場にあるカフェにて限定メニュー「希少りんごの贅沢尽くし」を鑑賞していた。


「こちら、11月が旬の古き良き調理用りんごね。旬が違う種類のりんごを一度に楽しめるなんて奇跡だわ」

「魔法学校の卒業生が苦心して実現した、独自の貯蔵方法があるそうです。まさに奇跡のメニューですね」


-----


駅前のカフェから帰る道中、ジブレーは見るからに不機嫌だったが、内実すこぶる上機嫌だった。

「部屋に戻ってからの楽しみができたわ」


そう、彼女はお店だけでなく、帰宅後も続くりんご祭りに気合十分だったため、迫力が増してしまっていた。


「紅茶は赤いけど、使うりんごは黄色が合うって言ってましたね」

彼も彼女が上機嫌であることを悟り、楽しそうに隣で合いの手を入れながら寮への道を歩いた。


二人はしばらく「ご自宅でも楽しめるアップルティー満喫キット」の話に花を咲かせていたが、ジブレーは気になっていたことを尋ねた。


「あなたは、りんごの皮を使った紅茶にしたけど、良かったの?」

「あぁ、私にはせっかく高品質なりんごを加工する甲斐性がないもので。皮は入れるだけだから互いに幸せかな、と」


ジブレーは、家でりんごを切ってしばらく蒸らす、という工程が面倒なのであろうと察した。


「大事に育てられたりんごにとっても、あなたは皮で楽しんでおくのが良いということね。とはいえ、どんな味になるのか楽しみよね」

「あまり蒸らさない分ほのかな甘さになるそうなので、ジュラと飲んでみますかねぇ」


そういえば。彼はジュラと会う予定だったことを思い出して懐の時計を見たジブレーは、ほんの時間つぶし以上の時間が経っていたことに気が付いた。


「あら、もしかして遅くなってしまっていない? 私が話し過ぎてしまったようね」

(しかも店員の方に色々と伺ってメモまで取ってしまったわ…)


ジブレーは申し訳ない思いから眉をひそめたが、彼はとんでもない、と笑って答えた。

「今日は研究の進捗を聞くだけでしたから。それに、夜型だからジュラも今の方が良いでしょう、お土産もできましたし」

「そう言ってもらえたら気が楽だけど…」


「ジブレー嬢、ありがとうございました。おかげでとても楽しい時間を過ごせました」

「こちらこそ、今日は」


楽しかった。と言いかけて彼の方を向いたジブレーは、彼と目が合った瞬間、その続きを言えなくなった。

「有意義な時間を過ごせたので感謝しているわ。それじゃあ」

つとめて平坦に伝え、ジブレーは寮へ足早に歩いて行った。


こうして、一応人目を避けたい彼の意向をふまえ、寮の手前にある食堂の横で二人は別れた。



「ジュラ、お湯わかしてください! 紳士なんですからティーポットくらいありますよね?」

「元気だね… 紳士じゃないよ別に…」


元気よく研究室に入ってきた彼に、ジュラは古めかしい銀のケトルとティーポットを渡した。

「わぁ。いつのかな? 重くてエモくて素敵ですね」

「わかんないな、もらい物だから。重い方がいいって言ってた気がするけど、磁器のやつとか募集してるよ」


ジュラのリクエストは無視し、彼はお茶の準備を始めた。その間にキリの良いところまで手元の作業を進めたジュラが、テーブルにカップを用意し始めた。


「いつも部屋の前で待ってるのに、珍しいね。というか鍵を作っていいって言ってるのに」

「やだ、ジュラ、私達、まだ早いですよ… 今日はたまたま用事ができまして」


彼の発言は無視し、ジュラは茶葉とりんごの皮という見慣れない組み合わせに触れた。

「あぁ、駅前のカフェで売っていたんですよ。時間つぶしを兼ねて買ってみました」

「へぇー珍しいね。いい香りがする」


ひととき紅茶を楽しんだ後、ジュラが執務机から紙の束を持ち上げた。

「進捗、って程のものは無いんだけど、聞く?」

「それなら先生、ぼく相談があるんです」


彼はテーブルに両手で頬杖をついてジュラを見上げた。ジュラは彼のノリを無視し、書類を置いてテーブルに戻った。

「へぇ。どうしたの」

「期待しても仕方ないのに、期待しては空回ってしまうんですよ」


「…それは、抽象的だね」

ジュラは面倒臭いな、という表情を隠さずに先生ごっこの体裁を保って相槌を打った。


「痩せる気が無いときはチョコを食べても平気なのに、いざ痩せようと思うとチョコが食べたくて、でも食べたら太るのが気になってやきもきするようなものかも知れません」


ジュラは彼の相談がどこまで本気なのか掴みかねたが、ため息は出た。

「君は最近、よく分からない例えが好きだよね。それは、気にしないようにするとか、チョコを手の届くところに置かないのが良いんじゃないかな」


「うん。そうですよね」

彼は微笑んだが、望んでいる答えではないことはジュラにも伝わった。


「それか、痩せようなんて思わなきゃいいんじゃない? そんなにチョコが好きなら、それで太ろうが虫歯になろうが、悔いは無いでしょ」

続けて答えたジュラの言葉を聞き、彼は顔を上げてジュラを見た。


「確かに。太ったって虫歯を引っこ抜く羽目になったって、殉教と思えば悔いは無いかもしれませんね」

「(そんなに激しい甘党だったかな…)あぁ、そうかも? ね。これ相談になってる? 心理テストみたいなやつ?」

「何ですかそれ? 十分に青春のお悩み相談になっていますよ。付き合っていただいてありがとうございました」


お互いに紅茶を飲み終えたところで、彼は片付けに入った。


ジュラはりんごの皮を捨てるのが面倒になり、食べるか考えつつ、ふと思いついて言った。

「というか、運動して歯磨きしながらチョコ食べたら良いんじゃないの?」


彼は食器を拭きながら、感心した声で答えた。

「それができれば良いんですが… 大人ですね、先生は」


色々悩んだものの、やはり相談に乗るというのは難しいなと感じつつ、ジュラなりに彼を励ました。

「うん、まぁ。チョコが好きなこと自体は別に悪いことじゃないしね。あまり我慢すると人生の質が下がるよ」


「人生の質か。本当に、そうですね…」

使用した食器をもとの場所に戻しながら、彼はしみじみと答えた。


「結局なんのことか分かんないけど、悔いなく生きようよ。お互い。今日は楽しかったんでしょ、買い物。また行ったらいいじゃない」

そう言って、ジュラは椅子に掛けて俯いた彼の肩を叩いた。


「…ふふ」

(え?)


「そうですね、そうなんです。またお土産があったらお持ちしますね! じゃ、私は部屋に戻ります! おやすみなさい」


彼は颯爽と部屋を去っていき、ジュラは何の手ごたえもないままりんごの皮を食べ、仕事に戻った。


「楽しそうでいいね…」

関係ないけどりんご紅茶のイメージはメルシーという品種です。メルシー!ジブレーも分かる人は分かるかもですがフランス発進なので、あらすてき、ということでメルシーボクしました。

そうやって脱線ばっかでGoogle検索して世界を見てるから目標に届かず次の更新が遅れるのでしょう。りんご農家さんのブログめっちゃ読んでました。アツい。

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