ジュラ先生との世間話
「あんまりウロチョロされると、殿下が困ってしまいますよ」
ジュラは手にしていた教材を机に下ろし、告げた。
彼は改善するつもりがあるのか無いのか、笑顔で応えた。
魔法の授業をおこなう傍ら、ある程度自由に研究ができる今の職場が、ジュラは気に入っていた。
生徒達の魔法に対する素直な反応は研究の刺激になるし、授業と研究をそれぞれ気分転換にできる点が良かった。
その代わり、今回のように面倒な話を持ち込まれることが多い点には目を瞑る必要があった。
ジュラは桃色の髪を低いところで二つ結びにした、落ち着いた格好で彼と相対していた。
「まぁ、私には関係ないのですが、一応ね」
立場上ジュラも小言は言うが、実のところ彼がどう過ごそうと興味が無いようだった。
彼の過ごし方には興味が無いが、部屋の掃除を手伝ってくれる彼とジュラは今回のように世間話をして過ごすことがあった。
それに、いつも通りに見える彼だが、少し様子が違うように感じ、ジュラは思わず声をかけた。予想通りと言うべきか、彼にしては珍しい質問が出てきた。
本当に私が消えたら、どうなるんですか?
「その場合は…そうですね、あなたがいない前提で殿下の王太子指名があると思われます、おそらく」
あぁ、最初から私がいない世界になるんですね。
「おそらく、そうです。まぁ専門じゃないので、どうなるか分かりませんが」
(まぁ、今と同じか)
研究熱心な魔術師による禁忌の理論。敗戦国の奴隷を使った非道な人体実験。先住民を虐殺して手に入れた大帝国。
過去の人間が犯した所業をいくら暗愚と侮蔑して、我々と切り離しても、そうして得た結果の上に我々が生きていることは間違いない事実だった。
彼の国がどのようにしてその技術を手にし、用いるのかジュラは知る由も無かったし、これ以上よくわからない機密を知らされるのも御免だった。
正直、私には想像もできないんですが、本当にそんなことってあるんでしょうかね。
「過去の…実験記録が、残ってはいます。ただ、殆ど失われてしまっていて再現は不可能とされていますね。国際条約でも当然、禁止されています」
ふむ、先生はどう思われますか? 正直。
「実験がですか? 研究者としてはまぁ、正直、結果については興味深いですが…それだけですね。実験の過程を想像するだけでも気分が沈みます」
まあ、実験に携わるのは御免ですが、データは興味深いし、信用できますよね。
「そういうことです。それっぽいことを言っても私は経過を観察して、結果をまとめて、研究を続けるだけですから」
先生に役立てていただけるなら光栄です。後世に役立てていただけるなら私のデータもぜひ使ってほしいですね。
ただ消えるよりマシですから。
彼は心の中で呟いた。




