14歳の出会い
魔法学校も4年生からは高学年だ。
今日から学生寮に新入生と編入生が来るらしい。
「お前は別にいいんだぞ、生徒なんだから」
「何言ってるんですボス! 今日は入学生の対応で授業も無いし、歓迎会の準備くらいさせてください」
食堂は朝からもてなしの準備で忙しくしていた。
特に仕事が無いジブレーとシャロットは、他の友人と寮を飾り付けて過ごすことにした。
「タリスさんは寮にいないし、今日は来ないのかしら?」
「あ、編入生の歓迎会には来るらしいよ」
「ふぅん、そうなのね…」
「ジブレー、タリスと喧嘩ばっかするんだから」
「シャロット、それは正確じゃないわ。向こうが私に何か指摘しないと気が済まなくて、私は返事をしているだけなの」
二人の会話を聞いた生徒から笑いがこぼれた。
「はたから見たら喧嘩でしょ。見てて面白いからいいけど」
相変わらず表情の変化が乏しいジブレーは、近付きがたい美貌と相まって他学年からは恐れられているものの、シャロットやテラシア、タリスといる姿を知る同級生からは気さくに話しかけられることも増えた。
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「こんなものかなぁ」
花や照明、カーペットやタペストリーによって飾られた、入寮生が歓迎会までの時間を過ごすラウンジが完成した。
ほどなくして入り口がにぎやかになり、寮長が入寮生を連れてラウンジへやってきた。
「ここがラウンジだ。それぞれ、鍵に書かれた部屋に荷物を置いたら、ラウンジか自室で待っててくれ」
「ありがとうございます」
ジブレーは自室に引っ込んでしまったが、何人かの寮生はラウンジに残り、入寮生と挨拶を交わした。
寮長に続いてやってきたのは2人の男性だった。
「ヒーラックから来たロウです。よろしく」
「サガルド出身のアリスタだ。よろしく」
たれ目で線の細いロウと、体格が良く野生味のあるアリスタは対照的で、並ぶと互いの違いがより目立った。
「よろしくね。私はシャロッ」
「し、失礼します! ラウンジはこちらで合ってますか?」
シャロットの自己紹介は後から入ってきた生徒によって立ち消えた。
「あぁ君、はぐれちゃってたのか? 彼女も入寮生だ」
「あの、私、ユーリア・シュガールです。よろしくお願いします!」
寮長に促され、彼女も自己紹介を始めた。
「ユーリアちゃんね。私はシャロット・クライヌです。シャロットって呼んでね」
「は、はい! シャロットちゃん! な、仲良くしてください!」
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シャロット達に連れられ、入寮生の3人が食堂へ到着した。
他の生徒達は既に着席しており、テーブルには大皿に盛られた料理の数々が並んでいた。
「え? かわいい! 妖精?」
それぞれの料理にはトングを持った妖精が、自分が担当する料理を薦めていた。
普段は料理を受け取るカウンターに、タリスと食堂の責任者が立っていた。
「ようこそ。皆に紹介するから、こちらへ来てくれるか」
改めて、3人の入寮生が4年生の生徒達に自己紹介をおこない、歓迎会が始まった。
生徒からの質問にはにかみながら答えるロウと、料理に夢中なアリスタ、妖精に感激するユーリアは、思い思いに歓迎会を満喫した。
「失礼します! お口に合う料理はありましたか?」
新たな料理を持ったテラシアが、入寮生の集まるテーブルに現れた。
彼女は手際よく空いた皿を回収して新たな皿を置いた。その場にいた妖精は持っていたトングをテラシアに渡し、新しく来たスプーンを掲げて生徒を見回した。
「かわいいな。ここにこれくらいもらえる? どの料理もすばらしいですね、妖精も初めて見ました」
ロウは妖精に愛着が湧いた様子で、上機嫌だった。アリスタは口の中が一杯だったため、うんうんと頷きながら、テラシアに親指を上げて答えた。
ユーリアは急に話しかけられて緊張しているのか、両手で口を押さえて顔を赤らめながら答えた。
「え!? あの、お、おかげ様で、どれもおいしいです! あの、あのあなたは、食堂で働いてるんですか…?」
テラシアは、私服にエプロン姿の自分を見下ろしてから、心得たように答えた。
「ああ! いえいえ、今日は準備を手伝っててこの格好だけど、私も同じ4年生だよ! テラシアって言います。おいおい覚えてね!」
「へ? え? あ、すみません! ゆ、ユーリアです。よろしくお願いします!」
恐縮しながらユーリアは答え、改めてロウとアリスタもテラシアに挨拶した。
「あれ?」
ロウはあちこちで自分の担当料理をすすめる妖精達を、目を輝かせて見回していたところ、知った顔を見つけて、思わず声をかけた。
「カルヴァドス大公殿下のプリンセスではありませんか。ご挨拶が遅れて失礼いたしました」
目が合ってから一瞬の間があって、ジブレーははっとして答えた。
「恐れ入ります殿下、学び舎ではどうぞジブレーとお呼びください。それに級友の会話に敬語も不要ですわ」
(大丈夫だったかしら…学校にいると、貴族の話し方を忘れてしまうわ)
ロウが虚を突かれた顔をしていたためジブレーを不安にさせたが、すぐに笑顔へ変わった。
「そうだね。僕はロウって呼んで。よろしく、ジブレー」
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(あの妖精達って普段はどこにいるのかしら)
ジブレーは食堂から自室へ向かいながら、妖精のプライベートを想像していた。
(機械仕掛けとは思えないけど、召喚…? どんなルールで動いているのか、勉強すれば私にも分かるかも)
あの技術を突き詰めていけば、サイティも学内に呼べるかもしれない。彼女は期待感から、考え事にやや没入していた。
「いたっ」
廊下に置かれた荷物の角に足をぶつけてしまった。
荷物は無事だったが勢いよく出した足の方が負けてしまい、思わずジブレーはその場に屈んだ。
「失礼、お嬢様」
頭上から降ってきた声に顔を上げると、先ほど見た顔があった。
「どうされました? こんな所でうずくまって…あぁ、もしかして痛めてしまわれたのですか?」
(これは、な、なんと言ったら良いかしら)
シャロットなら「えへへ、そうなんです」と笑って返しただろうが、ジブレーはこうしたミスも急に声をかけられたこともほとんど無く、いつになく狼狽えた。
「いえ、特に… 問題ありません」
ひょこひょこと片足をかばいながら後退したジブレーを見て、彼は片手で口元を隠しながら笑った。
「そうでしょうか? では、私の心配症に付き合うと思って、目的地までご一緒させていただけませんか?」
そう言いながら出された手に、戸惑いながらも断る言い回しが浮かばなかったジブレーは、多少会話をしながら女生徒の居住エリアへ逃げ込むことにした。
(この人、苦手かも知れないわ。放っておいてほしいのに…)
「いえ、すぐそこなので、大丈夫です。さっきロウ殿下に会ったのだけど、あなたは…?」
ヒーラックの王太子はロウ。他の王子は不在、それは国民はおろか他の生徒でも知っていることだった。
だが、サイティにジブレーの結末を聞いた時に感じた違和感が、今、目の前にいる彼がロウではないとしたらしっくりくる気がした。
「えぇ、そのロウの身内の者です。入寮手続きに不備があったそうで、寮長様を探しておりました」
単なる身内で済ませるには、彼はロウに似過ぎていた。
ここまで王子に似た者の存在が公表されていないのは尋常ではなかった。加えて、こんな場所へ無防備に現れた点も不審だった。
「なるほど、なら寮長は先程までラウンジに居ましたが、じきに帰る様子でしたので急いだ方が良いと思います。私は、この通り、歩けますので、失礼します」
ジブレーはそこまで一息で言うと、彼女の中では不自然にならない動きで女子生徒の部屋が並ぶ一角へ引っ込んだ。




