3月の君はいつも冷たい
死体というには美しく、彼女というには冷たく、彼はまだ事実を受け止められなかった。
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先程まで卒業式を行っていた大講堂が、夜には絢爛な晩餐会場になる、今はちょうどそれを待っている時間だった。
卒業生達はお色直しに励んだり、在校生や教員との別れを惜しんだりと思い思いに過ごした。
「何だこれ。卒業記念カップ?」
「記念に買うのもいいかもね。あ、制服をモチーフにした上着があるけど…」
「うーわ。もういい、もういい、6年も着たんだから」
タリスとロウは大講堂の前に並んだ土産品を冷やかしながら、シャロットを待った。
二人とも、卒業後は王太子としてそれぞれの立場で、それぞれの仕事が待っており、二人とも大切な人を城に連れて帰りたいと願っていた。
学内でもかなり多数の者が、平民の少女が二人の王太子に愛される、夢のような物語の結末に注目していた。
定刻通り、大講堂への入場が開始した。
開始まではまだ時間があるものの、講堂前にも、シャロットが向かうと言っていた支度室にも姿が無いことに、二人は落ち着かない様子を見せ始めた。
「あ、ふたりとも!」
そこへ、一人の女生徒が声をかけてきた。名前は分からないが、見覚えがあるような気がして、二人はその声に応えた。
「あぁ。どうしたの?」
「シャロットから伝言があって。先に入ってて欲しいんだって」
二人は顔を見合わせた。
「先に? シャロットはどうしたの? 支度室にもいなかったみたいだけど」
「ふふ、二人をびっくりさせたいんだって。最高の晴れ舞台だから、楽しみにしててって」
(シャロットがそんなこと言うなんて珍しいな)
タリスは意外に思いながらも、その理由を自身で補完し、赤くなる顔を手で押さえた。
(もしかして彼女は、身にまとう色で私かロウ、どちらを選ぶか伝えようとしているのか…?)
ロウも大体同じようなことを考え、落ち着かない様子ながらも先に会場入りすることにした。
先程まで静かな卒業式会場だったとは思えない、豪華な装飾に彩られた会場に、誰もが目を輝かせた。
「まさに晩餐会! って感じだな」
ロウが会場を見回しながら、感心した様子でつぶやいた。
「実際、卒業生がこういう場で堂々と振る舞えるように、度胸付けみたいな意図があるらしいぞ」
タリスが席次表を確認しながら答えた。
「なるほどね。俺は後席? の方が気楽に過ごせそうでいいな」
「二次会みたいな感じだったか? ダンスが無いのが独特だなぁ」
魔法学校の卒業式後は、夕食を音楽と共に楽しんだ後、自由な席次で食後のお茶と歓談を楽しむ。
ダンスパーティーがある学校もあるが、ここではそれが無いかわりに去年、ダンスパーティーがあった。
「……」
「……」
そのパーティーではある生徒が起こした騒ぎにより、二人ともシャロットと踊ることが叶わなかった。
悪者を退治した、と言うには後味の悪い結末を思い出し、自然と二人は無口になった。
そこに、会場の照明がゆっくりと落ち、会場奥のステージに照明が集まった。
場内の目はステージに向かい、ライトの中心で校長が朗らかに挨拶を始めた。
(もう始まったけど、シャロットは…?)
タリスは照明が落ちて様子が分からないながら、場内を見回した。
「それでは皆様、このよき日に、皆様の活躍を祈って」
皆が手にしたグラスを掲げ、準備した。
「乾杯!」
その瞬間、会場には乾杯の声が響き、音楽が奏でられ、晩餐会の開始を彩った。
会場は再び明るく灯り、天井には満点の星空が魔法で映し出された。
同時に、各テーブルにドレスアップした小さな妖精が、銀の皿に盛られた料理を運んで来た。
妖精たちは各教員をデフォルメした容姿をしており、生徒達は料理だけでなく、妖精達の愛らしさにも目を奪われた。
だが、何よりも会場の視線を集めたのは、突如ステージ上部から現れたシャロットの姿だった。
「シャロット…?」
タリスが呟いて見つめた先は、先程まで校長が立っていたステージだった。
彼が気付いた時、まるで空から舞い降りるように、ゆっくりとステージに降り立つ女性がいた。
俯いた状態で顔は見えないが、タリスには間違いなくシャロットだと分かった。
(こんな魔法が使えたのか? 確かに驚いた…)
つま先からステージに着き、ドレスを優雅に揺らしながらステージに立ったシャロットが顔を上げた。
純白のドレスは余すところなく繊細なレースによって装飾され、手首そして襟まで彼女を美しく覆っていた。
宝石の輝きを見せる胸元の刺繍、白い花が飾る金の髪、そしてレースに透ける肌は彼女の華奢な身体を際立たせ、幻想的な美しさに誰もが目を離せなかった。
だが、すぐ後に場内はその美しさではなく異質さに気付くこととなった。
彼女に、最初に駆け寄ったのはタリスだった。
ステージに上がり、笑顔で彼女をエスコートしようとした。
しかし、永遠に動かない彼女の様子に、彼は驚愕した。
瞳は開いたままどこも見ておらず、身体は石のように冷たく、彼女からは生きている音がしなかった。
その異常が場内に伝わるにつれ、悲鳴が、恐怖が広がった。
タリスは思考が追い付かないまま、彼女に手を伸ばした。
その瞬間、彼女の身体は糸が切れた人形のように、彼の胸に崩れ落ちた。
彼女の頭を支え、頬が触れ合う距離にきても、何の熱も感じられなかった。
(わからない。わからない)
彼女が生きていないことに気付いてはいた。
だが彼の中で、それはまだ事実にならないまま、ただ呟いた。
「どうして…?」




