はじめてのお呼ばれ
ようやく涼しくなってきた9月の末、ジブレーの手にすべての試験答案が返ってきた。
上位者は校内に掲示されるらしいが、全教科満点のジブレーは興味が無かった。
休みが明けてもジブレーの周囲に変化はなく、授業はひとり淡々と受け、時々はテラシアに会って他愛のない話をし、魔法のテキストを先取りして読み込む日々を過ごしていた。
10月は授業が無く、夏に帰省しなかった生徒もほとんどが実家へ帰る準備のため、寮内は朝からバタバタとしていた。
その空気が何となく落ち着かないジブレーは、朝食後も食堂でお茶を飲みながら本を読んでいた。
「お嬢様ー! お茶請けにドライフルーツはいかがですか?」
小さい声で器用に声を張りながら、テラシアはジブレーに完熟りんごの半生ドライフルーツを差し出した。
「ありがとう。テラシア、もうお嬢様呼びになっちゃったの?」
「へへ、今のうちから戻しておかないと、お屋敷でも呼んでしまいそうで」
「お父様がいいなら、私はいいんだけどね」
料理長が無言でテラシアのお茶を出してきたため、二人は並んで座って軽口を交わしながら、列車の時間を待った。
-----
列車にもすっかり慣れ、料理長がテラシアに持たせてくれたサンドイッチをいつ食べるか思案していたジブレーに、予想外の情報が入った。
「お嬢様、列車で開けてほしいってシャロットからお手紙を預かってます!」
「私に? ありがとう…それは、そうね、え、いつ読もうかしら…」
「列車か家だわねぇ、読んじゃえば?」
(サイティ! 久々ね。内容が気になるけど、読むのが怖いというか…)
悩んだ末、ジブレーはここで読むことに決めた。
「全て王国の共通語だわ…」
シャロットの飲み込みが早いことに感心しながら、ジブレーは手紙を広げた。
「テラシア!」
急な大声に、油断して窓の外をボーっと眺めていたテラシアが飛び上がった。
「はい! どうしました?」
「シャロットさんが…あの、故郷へ来ませんかって」
「え!!」
「テラシア、良かったら一緒にって言ってるけど、どうしよう、来てほしいのだけど、これは、どうしたら良いのかしら」
(あの子がお家にお呼ばれする日がくるなんて! これは手紙っつー飛び道具を使った甲斐があったかもだわ)
ジブレーが柄にもなく大声を出したことにも気付かず狼狽する様子を見ながら、サイティは強く深く頷いた。
(お嬢様の声が裏返ってる! かわいい!)
「大丈夫です! 一緒に行きましょう是非、楽しみですねぇ」
テラシアがジブレーを落ち着かせた後、島の秋は寒いから気を付けるよう講釈したり、サンドイッチの具について意見交換したりしていると、あっという間に乗り換えの駅に着いた。
-----
カルヴァドス大公家の自室にて、馬車酔いから自分を取り戻したジブレーはサイティと会議を始めた。
「はい。この流れは私サイティも予想外です」
「やっぱりそうなのね。手紙は嬉しかったけど、お家にご招待いただくなんて…」
「色々すっとばして距離つめてきたわね。よく分かんないけどさすがだわ」
色々と懸念はあるが、一番心配なことがあった。
「ジブレー。シャロットの田舎まで、馬車で3日はかかるわ」
「み… みっか?」
-----
『シャロットさんへ
お手紙ありがとう テラシアと〇日にお邪魔します 有意義な秋休みを ジブレー』
約束の日に向けて、ジブレーの大移動が始まった。
-----
【初日】馬を乗り換えてひたすら移動
「…」
「お嬢様…」
「返事がない。ただの屍のようね」
【2日目】休憩(観光)
「揺れないって素晴らしいわね」
「ジブレー、歴史的な建造物が目の前にあるのに感想それで良いの?」
【3日目】馬車移動からの舟→到着予定
「舟はいいですねぇ」
「いいわね…舟よりは…あぁ、馬車よりは…? 今…どっちだったかしら…」
-----
長い移動の末、ついに目的の島に上陸した。
ジブレーは人生でこんなにも長距離の移動をしたことが無く、王都とも、公国とも違う景色に目を奪われた。
「来た甲斐があったわ…」
「ついに着きましたね!」
続けて舟を降りたテラシアは、ぐるりと風景を見回した後、一言も発することが無かった。
ジブレーは彼女にハンカチを渡し、しばらく海岸をのんびりと歩く羊達を見つめていた。
-----
(あら?)
乗降客もまばらになった船着き場から道なりに進む先に、ジブレーは見知った顔を見つけた。
「シャロットさん?」
シャロットは遠くに二人の姿を見つけると、こちらに向かってきた。
「ジブレーさん! テラシア!」




