はじめてのおつかい
魔法の学校が本当にあるとは思わなかったが、自分が働いてるんだから確かに実在するようだ。
といっても、自分は学生ではなく、学校内にある食堂の雇われ責任者だ。
責任者といっても、大体は料理人と混じって料理をして、片づけをして、掃除して。
金のやりとりも無いし、気にする売上もないし、自分としては気楽なものだ。
たまに面倒なことはあるが、料理人達とメニューを考えるのも楽しい。
そこに、混雑時の料理運びや洗い物の手伝いとして新入りが入った。
来年から2年生に編入するために、食堂を手伝いながら勉強するそうだ。
まだ小さいのに働き者で、明るい性格や愛嬌のある新入りは、早くも人気者だ。
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「テラシア、午後からシャロットって子と会うんだろ? これ一緒に食ったらどうだ」
「ボス! ありがとうございます、おいしそうですね!」
テラシアは彼から渡された焼き菓子を両手で嬉しそうに見つめ、エプロンのポケットに入れた。
そこへちょうど、授業終わりのシャロットが現れた。
「こんにちは! 早速来ちゃったけど、忙しくなかった?」
「ほれ、迎えが来たな。行ってこい。手紙も忘れんなよ」
彼はテラシアのお使いが無事に終わるよう、自分なりの後押しを続けた。
「さて。すみませんね、王太子サマにこんなことお願いして」
「あぁ、構わないが…ここしか時間は無かったのか?」
「すみませんねぇ。この後は夕食の仕込みがあって、たまたま王太子サマが空いてるって聞いたもんだから甘えちまいまして」
「いや、責めているわけではない。それで、新メニューの件で意見を聞きたいんだったな…」
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大講堂の裏に、天井と柱だけの開けた空間にベンチが置かれた、ちょっとした休憩所があった。
寮や校舎から遠いため利用者もほぼなく、シャロットはここから見える、遠い故郷を思い出させる風景が好きだった。
二人は並んでベンチに腰掛けると、空いたところに教科書を広げ、シャロットはテラシアに授業の内容を紹介した。
料理長が作った焼き菓子を食べながら休憩を取ったとき、テラシアはついに手紙のことを切り出した。
「実はね…シャロットの同級生に、とも、友達がいて、お手紙を預かってるの」
「え?」
「その子、シャロットに謝りたいけど、うまく話せなかったから手紙にしたんだって」
そこでテラシアはいったん区切り、シャロットの反応を待った。
「そうなの…お手紙なんて初めてもらったわ。でも、私、まだ読めない字が多くて…」
幸い、気分を害した様子は無かったが、シャロットは渡された封筒を持ったまま眉を下げた。
「それはね、えっと、シャロットが私と同じ故郷だって聞いたから、私が島の言葉を教えながら書いたの。神父様がいるし、みんな字が読めるんじゃないかなって」
「そうなの? 私、11歳までずっと島にいたけど、会ったことあったかしら?」
入学以来、初めて同郷の人に会ったシャロットは、テラシアにぐっと顔を近づけた。
「どうなんだろ。私、すぐ引っ越しちゃったから。でも、島の言葉でしゃべると笑われたり怒られたりで、この手紙を書くって聞いたから久しぶりに使ったよ」
「たしかに、すごく自然だし、王国の人なんだと思ってた」
「へへ、引っ越してからお世話になってるヴィンさんって人が色々教えてくれたから。お父さんみたいな、おじいちゃんみたいな人なの」
しばし、テラシアの身の上話を聞いてしみじみとしていたシャロットは、改めて封筒を見た。
「そしたら、読んでみていい? 後で読んだほうがいい?」
「え、うーーん、どっちでもいいけど、そしたら、読む?」
シャロットは封筒を開き、きっちりと折り畳まれた紙を広げた。
テラシアは邪魔しないよう、シャロットが持ってきた読み書きの教科書を読んで過ごした。
8月半ばの王国は暑かったが、この休憩場所は風が抜けて、過ごしやすかった。
(島とは全然ちがうなぁ。とにかく寒かった気がするけど、ここはあったかいや)
「…? …シア?」
「ん」
うっかり寝てしまっていたテラシアを、シャロットがそっと起こした。
「あ、ごめん、静かにしようって思ってたら、あったかいのと風が涼しいので…」
「うたた寝しちゃったの? 猫みたいね」
シャロットは笑いながら手紙を畳み、封筒にしまった。
「この手紙、名前がなかったんだけど…多分ジブレーさんよね」
「名前? えっ、清書したときに忘れちゃったかも! ごめんなさい! でも、そう!合ってます!」
テラシアは思わぬミスに取り乱したが、シャロットは差出人を確信していた。
「ジブレーさん、私のこと何か言ってた?」
「シャロットのこと? うーん、何も聞いてないけど、何かシャロットに失礼なこと言っちゃったってのは言ってたね」
「そう…」
テラシアはシャロットが何を考えているか分からなかったし、ジブレーと話すようになってまだ10日ほどしか経っていなかった。
それでも、この二人が仲良くなれますようにと、そっと祈った。
「よし! 読んでくれてありがとう! それでさ、読み書きなんだけど、この章を飛ばして進んだんだっけ?」
シャロットは、これ以上手紙について後押しするつもりが無いテラシアの様子に好感を持った。
その後、夕食の準備が始まることを知らせに料理長がやってくるまで、二人は島のことや授業のことなど話しながら過ごした。
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「焼き菓子、どれが好きそうだった?」
料理長は厨房そばにあるカウンターで、来月のメニュー表を調整しながら厨房に声をかけた。
「そうですね、果物が混ざった丸いのが好きみたいでした、でも全部おいしかったです!」
テラシアが夕食のスープに野菜を足しながら答えた。
「そうか。お前と一緒だな。混ぜて焼くだけだから、気が向いたらまた作る」
「ありがとうございます!」
彼なりに、新しい環境でやっていけるよう気遣ってくれているのを感じ、テラシアは温かい気持ちで料理の準備をする手に力を込めた。




