揺れる金の髪の少女
使用人達は怯えていた。
「お嬢様が…そんなことを…」
カルヴァドス公国は、魔法を信じない異教徒との戦いがあった頃はさておき、今は公国といっても王国内のいち領地に近いものだった。
とはいえ、強大な敵を打ち破った英雄の血が流れていることに大公は矜持が強く、とにかく身分が低い者に酷薄すぎる所が使用人達は怖かった。
ジブレーに物心がつき、彼女に促されて領内へ目を向けるようになって以降、人間扱いされるようになった実感はあるものの、それ故にと言うべきか、使用人達はジブレーの機嫌を損ねることが、大公への粗相より許されないという共通認識を持っていた。
そんなジブレーが、初めて執事のヴィンに頼み事をした。失敗などあってはならなかったが、はじめてのお願いにしては難易度が高過ぎた。
(まさか、カルヴァドス家が駆逐した民族の言葉とは…分かる者などいるのだろうか…いたとしたらどんな目に遭うのだろう…)
ジブレーが使用人に無茶をしたことは無いが、そもそも誰も彼女に指示らしい指示をされたことが無かった。唯一あるとすれば、彼女がいる時は部屋に入るな、だ。
そのため、失敗に対してどのような反応をされるか未知数な部分があり、未知の恐怖に使用人達は大変怯えていた。
ただ、一部の若い使用人は、過去の大公をあまり知らないこともあり、ヴィンの「この言葉が分かる者は上司に名乗り出るように」という指示を素直に受け止めた。
(お、これ島の言葉だ。なつかしいなぁ~、こっちで話すとまぁ馬鹿にされるんで隠してたけど、ヴィンさんが探してるなら)
「あの…私、分かりますよ」
「!!!」
彼女の上司は驚きに目を見開くだけでは足りず、上体を後ろに退いた。
「あなた…! ちょっと、こっちにいらっしゃい」
「え?は、はい」
彼女は、先輩の使用人に連れられ、洗濯物のシミやシワを取る、誰もいない区画に移動した。
「ここなら聞こえないわね…あなた、本当なの?名乗り出て…大丈夫?」
先輩に両肩を掴まれ、深刻な面持ちで聞かれたため、彼女はやや尻込みしながらも答えた。
「え?あ、はい。それは、少し抵抗はありますけど、お嬢様がお困りのようでしたから」
「あなた…まだ日が浅いのに、そこまで大公家に尽くす覚悟があるなんて…」
先輩は胸に手を当て、目頭を押さえた。
正直この再確認で名乗り出る気が一気に失せていたが、他に名乗り出た者もなく、ガチガチに緊張した下っ端使用人はお嬢様の前に引き出された。
暑がりな大公が中庭に来ることはほぼ無いため、何となく彼の目を避けたかったジブレーはお茶の場所に中庭を選んだ。
縦にも横にも態度も大きい大公に似ず、まだ11歳とは思えない大人びた優雅な所作でティーカップを置き、ジブレーはヴィンと哀れなガチガチの子羊に身体を向けた。
「ヴィン。もしかして、その者が…?」
「はい。この者はその、たまたま近い地域にいたことがあり、お役に立てるかもしれないということで参りました」
ジブレーは救世主を見るような眼差しでヴィンと、そして彼女を見つめた。
「まぁ。短い時間で頑張ってくれたわね。嬉しいわ。名前を教えてくれる?」
「は、はい! テラシアです! お役に立てるよう頑張ります!」
テラシアは背筋を伸ばし、張り切って挨拶をした。
彼女の動きに合わせ、金の髪がさらりと揺れた。




