サイティ様のお告げ
サイティは目の前にいるジブレーが、傍目には分からないものの、ひどく落ち込んでいるような気がした。
急いで用事を終わらせ、愛娘とのデートに意気込んでいたカルヴァドス大公は、浮かれているためか気付かないようだった。
「どうしたの? 疲れちゃった?」
(サイティ。あの…シャロットさんがいたので話しかけてみた…けれど、また失敗してしまったみたい)
ジブレーは大公と並んで広間の出口へ歩きながら答えた。
「えっ、シャロットがお城の広間に? なんでいたの?」
「やっぱり気になるわよね?」
ジブレーは思わず顔を上げ、声を出してしまった。当然、大公がジブレーを見た。
「あの…やっぱり、その、遠くからだとよく見えなくて気になるわよね? ドリュ、近くへ来てくれる?」
ジブレーは目が泳ぐ過程で見つけた護衛のドリュを呼び寄せた。
何とか誤魔化せたことにほっとしたジブレーは、大笑いしているサイティを複雑な表情で見つめつつ、続けた。
(そうなの。私も何故いるのか聞いたら、タリスが招待したらしくて、それで4月のことを謝ろうと思ったんだけど…)
「あー、タリスが怒っちゃって謝れなかったみたいな?」
(そうなの。また失敗してしまったみたい)
サイティは少々考えた。
(どうもタリスとの相性が悪過ぎるような…)
学校での様子を見る限り、タリスは多少偏った思想はあるものの、人の話も聞かずに決めつけで動くような生徒では無かった。
それに加え、シャロットがジブレーに対して、やや過剰に怯えているようにも感じていた。
「まぁ、見てないんで分かんないけど、大丈夫よ。それより、一人で話しかけに行くなんてすごいじゃない」
(うん… 今日のことは分からないけど、4月のはやっぱり無神経だった気がするから、謝りたくて)
「ジブレー?」
カルヴァドス大公との会話がおざなりになっていたことに気付き、ジブレーははっとした。
「すみません、お父様。私は特段行きたい場所があるわけではないから、もし気になる場所などあればそちらにご一緒したいです」
「そうかぁ。パパもどこに行くか、より、ジブレーと行く、ことが大事だからナァ~」
「パパみたいに何言ってもいいように捉える人もいるんだから、ほんと気にしなくていいと思うわよ。それに」
まだ引きずっている様子のジブレーに、サイティが自信に満ちた笑顔を浮かべた。
「いい案があるから帰ったら教えるわ。だから今は、パパとおいしいものでも食べて忘れなさい!」
「ふふ、ありがとうございます」
(ありがとう、サイティ)
悲しかった記憶はまだ新しいものの、いつもと変わらない様子の二人に心強さを感じ、ジブレーは珍しく笑い声をあげた。
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「手紙?」
大公とのデートを終え、馬車酔いから立ち直ったジブレーは、自室でサイティ様の教えを復唱した。
「そう、あなたは口で伝えるのが得意ではありません、横やりが入るおそれもありますので、お手紙を書くのです」
「なるほど、でも直接会えるのに手紙を送るの?」
ジブレーの中では、手紙は遠くにいる人に渡すものだったため、毎日のように会える人に手紙を送る発想は無かった。
「送るのです! あなたが思うみたいに、この世界では大人でも手紙を送る機会が少ないから、今回はそこを突いてみたいと思います」
サイティは、正攻法でシャロットとジブレーが仲良くなるのは難しいのではないかと仮定していた。そのため、この世界から外れる行動を取ることで、ジブレーの役割に変化が生じるかを検証したかった。
「わかったわ、書いてみる。あら? でもシャロットさんはまだ読めない文字も多いのではないかしら」
苦い初対面の記憶を辿り、シャロットが字を読めないと言っていたことをジブレーは思い出した。
「王都の文字はね。シャロットが育った島では王国と違う言葉が使われていて、そっちなら普通に読み書きできるのよ」
「知らなかったわ…」
「でしょー。私のお告げを信じなさい!」
得意気な笑顔を見せながら、サイティは胸を張った。
「それで今日は辞書を買うように言っていたのね。ただ、単語も文法も違うみたいだし、変な文章になってしまわないか心配だわ」
そう言ってジブレーは先ほど買った分厚い辞書を撫でた。
「そうよね、でも心配無用よ! この屋敷に、島の言葉が分かる人がいるはずよ」
「本当に! それは心強いわね、誰なのかしら」
ジブレーはいつになく意気が上がり尋ねたが、サイティの答えは彼女が期待したものとは異なった。
「内緒よ」
「え?」
「残念だけど、それは教えられないことなの。中途半端でごめんね」
「そういうことね」
サイティは窺うようにジブレーの方を見上げたが、ジブレーはすんなりと納得した。
「ありがとう。お告げの内容に不満なんてあるはずが無いわ。その代わりという訳じゃないけど、手紙の内容は相談しても大丈夫かしら?」
(あぁ、そうね、やっぱり私はあなたが好きだわ)
「もちろん、任せてちょうだい! 一緒に考えましょう!」
二人は夕食に呼ばれるまで、ああでもない、こうでもないと慣れない手紙や言葉と格闘した。
そして試験後の2週間休暇が半分ほど過ぎた頃、ついに手紙の下書きが完了した。




