保護者たちの夜
(こういうところはまだ11歳ね)
朝から列車と馬車を乗り継ぎ、楽しくもない長話を聞いた11歳の少女は、お腹いっぱい食事をとったあと、浴室でゆっくり汗を流し、自室の椅子でリンゴジュースが入っていたグラスを持ったまま、とうとう寝てしまった。
サイティは見慣れた少女の寝顔を見つめた。前の人生から数えるともう25年以上経つが、未だに彼女は大人びているようで、不器用な子どものままに見えた。
(いつも見てるばかりだったのに、たまたま親子して私が見えたもんだから…珍しくてお節介してるうちに、すっかり親心わいちゃったわ)
ただ、彼女と関わり過ぎたのは失敗だった。学校で何の干渉もできないことが予想外だったため、サイティは後悔した。
普段の彼女が大人びているからといって、1人にしたら同い年の子に「ごめんね」も言えないくらい、臆病な子どもだった。
「ジブレー? パパだよ、入るよー?」
控えめなノックの後、カルヴァドス大公がそっと入ってきた。椅子に掛けたまま眠ってしまったジブレーを見つけると、珍しい光景に目を丸くした後、静かに彼女の手からグラスを離してテーブルに置き、小さな体を抱えてベッドに連れて行った。
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(ママに似てるなぁ)
幸い、起きる様子がない娘の寝顔を見ながら、大公は娘のいないこの数か月を思い返す。
本人が不要だからと最低限の使用人しか付けなかったし、パーティーの類も最低限より少なかったかもしれない。
その結果、人付き合いの希薄な公女になってしまった。
離れてみると冷静になれるもので、大公はこの大人びた娘が、10月の長期休暇を待たず帰省したことや、グラスも置かずに椅子で眠ってしまうなんて今まで無かったことから、学校生活が大変なんだろうと察する。
(やっぱり家から通えばいいのに…いや、そういう問題でもないか)
それに、彼女はあれで強情なので、寮に入ると言ったら止められなかったしなぁと思い出し、苦笑する。
(まぁ私がベッドに運べるうちは甘えてもらって大丈夫だし、末永く甘えてもらえるような頼れるパパになるからネ)
大公はジブレーの額をなでると、部屋の明かりを消して執務室に戻る。今日は随分と張り切ったので、急ぎの仕事は無いのだが、各領地からの報告書をもう一度見てみるかと考えながら歩く。
公国といっても、魔法を否定する人間達を追い出した頃の名残で、今はいち領主みたいなものだというのが大公の認識だ。
ジブレーがようやく歩けるようになったと思ったら、やたらと領内に興味をもつのであちこち連れて回るうちに、父から継いだだけの地が随分と大事になってしまった。
母親がしっかりしていたから、最初は彼女が乗り移ったのかと思いもしたが、ジブレーなりに寂しさを紛らわせたり、使命感があったりしたのかもしれない。
大公自身も自国民の生活や産業を知るにつれ、彼らを単なる数として見られなくなり、平民のように商売に精を出し、果ては王都の職を辞して領地に引っ込んでしまった。
その結果、以前よりも毎日が充実しているのだから自分も変わったものだ。王城へ泊り込んだり、王都へ馬車で通ったりしない分、良い意味で一日が長くなった。
(だから、明日はジブレーとどっかお出かけしたいナァ)
報告書を読みながらジブレーの興味を惹けそうな話題を探し、帰省初日の夜は更けていった。




