ぼっち令嬢の帰省
「それでこの後どうなるの?」
「…全部知りたい、よね?」
「できれば。教えたらいけない部分もあるなら…」
「あぁ、ないない。ただ、ジブレーが他の人に言うことはできないけど」
「お父様に色々と説明できないのと同じかしら」
「そうそう、あなたは例外ってだけね。メタはネタだけで勘弁よ、没入感が崩れちゃうから」
サイティは韻を踏むのが好きだから、めた、ねたという単語があるのだろう。ジブレーはひとり納得した。
カルヴァドス大公は、久々に帰省するや自室にこもってしまった娘がいつ出かける気になっても良いよう、仕事の予定を繰り上げて空き時間の確保に勤しんでいた。
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入学から約4ヵ月、ジブレーは授業にも、気ままに過ごせる自由時間にも満足していた。
ただ、サイティと急にやりとりできなくなった状況が気がかりだったため、試験後の休暇を利用して一度帰省することにした。
初日にシャロットとの会話を失敗して以来、同級生に話しかけることができず、また一方で、どの試験でも全教科満点を取った寡黙な公女様に話しかける猛者がいなかったことも、彼女が帰省を決めた理由ではあった。
帰省当日、学校前の駅から王都行きの列車に乗った瞬間、聞き慣れた声が響いた。
「ジブレーーーーーーーーー!!!」
急な大音量に、ジブレーはのけぞりそうになった。
他の乗客もいるため、ジブレーは気が急くのを感じながら空いている座席を探した。
(サイティよね?)
空いている車両を見つけ、適当なボックス席に腰を下ろすと、すぐそばに懐かしい姿が見えた。
「そう! やっぱり学校から出ると私が分かるようになるみたいね」
「え?」
(いなくなった訳じゃなかったの?)
サイティの話によると、駅舎を出たあたりでジブレーに話しかけたが返事はなく、ジブレーの呼びかけに答えた声も届かない様子で、それからは他の者と同様にジブレーにもサイティが分からなくなっていたそうだ。
お互いの認識が合ったところで、サイティは改めてジブレーに笑顔を向けた。
「急でびっくりしたわよね。でも学校生活、見てたわよ。お疲れ様」
久々に笑顔を向けられたジブリーは、自分が安堵しているのを感じた。
「えぇ、ありがとう。サイティ」
(その笑顔が同級生にも出せればいいんだけどねぇ、難儀だわぁ)
列車に揺られながら、久々に気心の知れた相手と何でもない会話をする内に、ジブレーに眠気がやってきた。聞きたいことは色々とあったが、彼女が気付いた時は、車窓から到着駅のホームが見えた。
王都から家へ向かう馬車では酔いのため会話が難しく、カルヴァドス大公によるジブレーお帰り晩餐会は主役の食欲不振により延期となったため、ジブレーは自室で一人ゆっくり過ごすことができた。
そこでジブレーは、話せる範囲で「ジブレー」の役割について教えてくれないかとサイティに頼んだところ、ほんの数年後にしてもう魔法でぶいぶいどころではない未来に少なからず衝撃を受けた。
甘やかされた傲慢なお嬢様が、今までの経験が通用しない魔法で挫折して、努力のしかたも人との付き合い方も学ばず孤独を深めていき、優しくされた男性に依存した果てに現実を見失い、騒ぎを起こし、結果、退学する。
(お父様が甘い認識はあるけど、傲慢、では…いえ、客観的にどうかは分からない…魔法の勉強が本格的に始まったら私も…?)
共通点を探したい訳ではないが、自分の未来を予言された気分で、ジブレーは鼓動が早まるのを感じた。
(そもそも、私だけ答えを見ながら試験を受けているようなものよね。 …私はこのまま、先を聞いてもいいのかしら?)
「ジブレーー!」
結構な音量だったため、ジブレーはハッと顔を上げてサイティを見た。
「人生は試験じゃないし、聞いちゃいけないことは教えてないわ。例えるならあれね、神のお告げを授かった僧侶が、お告げを活かしてよりよい人生を目指すってとこかしら?」
一人問答に沈むジブレーを現実に呼び戻し、サイティ様って呼んでも良いわよ! と、サイティがウィンクを飛ばした。
「ありがとう、サイティ。いえ、サイティ様、それでは私めにお告げの続きを授けてくださいますか?」
「うむ、いいだろう」
ジブレーは帰ってきてよかったとしみじみ思った。途端、空腹を訴える音が室内に響いた。二人は顔を見合わせ、サイティが楽しそうに言った。
「珍しいわね! でもそうね、良いことだわ! パパだってあなたとおしゃべりしたくてずっと待ってるし、顔見せてあげる?」
そして、ジブレーは仕事にも飽きて娘とのお出かけ用衣装を選ぶカルヴァドス大公の元へ向かい、晩餐よりは大人しく、夜食と言うには豪勢な食事をとった。




