宴のあと
別室で教員から話を聞かれても、ジブレーは何も話さなかった。今日あったことを、思い出すのも嫌だった。
「面識もないのに急に話しかけてきて、シャロットを侮辱するから言い返したら逆ギレして襲い掛かってきた」
ロウは確かにそう思っていたし、そう証言した。パーティー会場にいた生徒達の証言とも一致した。
数日後、差別発言や暴行未遂、平等を脅かす罪で、彼女は停学を言い渡された。
だが、ジブレーは停学を告げられたその日に領地に帰ったまま、学校に戻ることは無かった。
「それは予想してなかったなぁ!」
ロウから留学先の様子を聞いた兄は、前期に起きた騒動と公女の退学という出来事に驚いた声を上げた。
「あぁ。売り言葉に買い言葉とはいえ、さすがに辞めるなんて思ってなかったから後味が悪いけどね」
ロウは久々に自国の料理屋で、馴染みの料理を前にリラックスした様子で兄との食事を楽しんでいたが、パーティーのことを思い出すと表情を曇らせた。
兄は困ったように眉を下げて笑い、そんな弟を慰めた。
「まぁ好きな子を悪く言われてカッとなっちゃったんでしょ。青春っぽくて良いじゃない」
「うん…いや、別に好きってわけじゃなくて、友人だから」
兄は微笑ましい弟の様子に心が和むのを感じた。
「まぁ、ロウ自身は楽しく過ごしてるみたいで何よりです。また学校の話、聞かせてくださいね」
もうすぐ食事を終えるロウをよそに、兄は紅茶を飲み干すと席を立った。
「相変わらずお前は家で食べないんだな。慌ただしい」
「食事は女性と食べたほうが美味しいですから。誘う際に都合が良いですし」
「気持ち悪い…俺の顔でそんなこと言わないで欲しい…」
ロウは兄の相変わらず受け入れ難い性格に、若干食欲が落ちた。
「私はあなたみたいに酷いことを言ったことなんて無いですよ? かわいそうに、せっかくのおめかしをそんな風に言うなんて…」
大げさな仕草でため息をついて見せると、ロウは黙ってしまった。
(しばらくはこれで小言を防げそうですね)
満足げな表情で、兄は簡単な挨拶をして食事の席を退出した。
ロウはその背中を見送ると、気晴らしのために食後の一服は行きつけの店で楽しむことを決めて席を立った。
彼は、不器用な弟の顔を微笑ましい気持ちで思い出しながら、城下町を歩いた。
最近まで時間を見つけては会いに通った人がいたが、領地に帰ったならもう会えないだろうと思うと、知らずため息が漏れた。
(まぁ、小公国の一人娘と現実的にどうこう考えてた訳でもないですが)
それでも、もしロウを見て、私じゃないと気付いてくれたら。
「会話までしたのに、やはり分からないものですかね…」
ふと、足が止まった。
人通りが多い訳ではないが、往来で急に止まった男に、すれ違う者が訝しむ目を向けた。
彼は意識して口角を上げ、すぐに歩き出した。
(どうかしてる、被害者じみたことを)
誰かに会うつもりにもなれなかったため、彼は夕方からの公務を前倒すことに決め、来た道を引き返した。




