悪役令嬢15歳のパーティー
ようやく、卒業まであと1年。
生徒によっては必要な単位を修得し、就職へ向けて動く者もいる一方、ジブレーは進級するだけでも苦労が必要だった。
父であるカルヴァドス大公は、ジブレーが長期休暇で規制する度に「領地へ帰ってきてはどうか」と聞いてくれたが、彼女が頷くことは無かった。
今日はジブレーを憂鬱にさせる授業は無いものの、また別のイベントが控えていたため、昼過ぎからそれなりに忙しく過ごしていた。
入学5年目にして未だ底知れない大講堂の新しい様相に、生徒達は会場に入った途端、歓声を上げた。
パーティーを経験したことのない者も気兼ねなく楽しめるよう、自由に種類や量を選べる形式の食事やデザートと、人数や気分に合わせてくつろげるテーブルや椅子、ソファやクッションに軽快な音楽が会場に準備されていた。
一人で楽しめる静かなソファ席もあるのだが、ジブレーはぶらぶらと会場を歩いた。
(もし、ロウが来られたら…)
ほんの数日前に過ごした彼との時間を思い出し、胸が疼くような痛みを覚えた。
校外の者でも参加できると知ったジブレーは、勇気を出して彼をパートナーに誘ったが、どうしても仕事を抜けられないと困ったように答えた。
「本当に残念です。とても楽しそうですし、何より盛装した貴女の姿を私も是非見たかったです」
「まぁ、校内行事だから、そこまでじゃないわ。美容学校とか料理学校とか、他校との交流がメインよ。私もそこまで気合を入れて準備するつもりもないし」
早口気味に強がったものの、ジブレーは肩を丸めて下を向いた。
そんな彼女の隣に腰を下ろすと、彼はクッションを抱く彼女の手を包むように、彼の一回り大きな手を重ねた。
「本当に残念です。その代わり今夜は、二人でゆっくり過ごしましょうね」
ひと通り思い出してジブレーの顔が赤くなった。冷たい飲み物を取りに行こうとして、目立つ人物が目に入った。
質実剛健、王族特有の気品が漂う王太子タリス。
天真爛漫、王太子に次ぐ成績を誇る平民の星シャロット。
わが校の理念を体現したような、身分にとらわれない実力主義な評価制度と友人関係。
それは誰もが素晴らしいと称賛するが、何故か湧き上がる不快感に、ジブレーはいつも苛まれていた。
(でも、私には関係無い)
ジブレーは飲み物のカウンターへ移動し、他校の生徒が考えた特製ノンアルコールカクテルに目を向けた。
その先に見えた人物が予想外を極め、ジブレーは思わず声がこぼれた。
「ロウ?」
両手にグラスを持ち、カウンターに背を向けて歩き出す男性の横顔は間違いなくジブレーが知るロウだった。
様々な疑問が頭を巡って声をかけることはできず、ただ彼を目で追うことしかできないでいたジブレーは、彼が優しい笑顔でシャロットに飲み物を渡す姿を一部始終見ることになった。
そのままロウはシャロットと笑いあい、タリス王太子がロウに悪態をつきながらジブレーのいる方向へ歩いてきた。
タリスはジブレーに気づくと、先程までの打ち解けた表情と打って変わって硬い表情で尋ねた。
「またシャロットに何か用か? お前も懲りないな」
いつもいつも、言われたら言い返すのがジブレーの通常だった。ただ今はそれどころではなく、独り言のように呟いた。
「ロウが… どうして…?」
「ロウ? 去年から留学中じゃないか。政務があるとかであまり学校にいないし、お前もろくに授業を受けて無いのに知り合いなのか?」
タリスが話す内容は頭に入ってきた。ただ、依然として理解が追い付かないまま、ジブレーはロウの方へ歩み寄った。
四人掛けのテーブルに色とりどりのお菓子を並べ、シャロットと並んで談笑していたロウは、明らかに自分を目指して近づいてくるジブレーに気づいた。
「あぁ、えーと、ジブレーだよね? パーティーは楽しんでる?」
「どうして? 今日は仕事じゃなかったの?」
「仕事? あぁ、他校とも交流できる機会だから、参加したいと思って調整したんだよ。というか」
「どうして?」
ロウは質問に答えただけだが、ジブレーが知りたいのはそんなことではなかった。
「どうして私に教えてくれなかったの? なんで私じゃなくて、この女のところにいるの?」
(なんでよりによって)
自分に愛を囁いてくれた唯一の人が、自分を一番苦しめている人と睦まじく談笑し、自分だけが何も知らない、それはジブレーが一番見たくない光景だった。
「この女。なるほど。シャロットとは友人だから、別におかしくないんじゃないかな?」
ジブレーは自分の感情を抑えようと努めたが、無駄な努力に終わった。
「ふざけないで! じゃあ私は何なの? 一番に私に会いに来るんじゃないの?」
(いつものロウなら。どこにいても私を一番に見つけてくれた。どんな私でも優しく受け入れてくれたのに)
「何なのって、少なくとも一番に会いに行くような関係ではなかったと思うけど?」
この男と話せば話すほど、ジブレーは自分が傷付いていくのを感じた。
それでも、彼女は止まらなかった。早くいつもの笑顔で彼に受け止めてもらうまで、彼女は止まれなかった。
「そんなはずない…」
ついこの間、彼と触れ合った記憶にすがる思いで、ジブレーは身を屈めてロウの手を握った。
瞬間、ロウはジブレーの手を払い退け、嫌悪感を浮かべた表情でジブレーを睨んだ。その明確な拒絶にジブレーは言葉を失い、じんと痛む手を唖然とした表情でただ見つめた。
「ロウ、それはちょっとひどいんじゃないかな? それにジブレーも、もしよかったら皆で話さない?」
ロウの隣に座るシャロットが、努めて明るい声を出して提案した。
「黙って」
二の句を継がせないジブレーの低い声に、シャロットはびくりと肩を震わせた。
「いつもそうよね。あなたは」
「え…?」
(皆があなたを好きになる。皆が私を否定する。ロウだけは、違うと思っていたのに。結局シャロットの前では魔法にかかったみたいになる)
騒ぎに気付いた生徒達が集まり、遠巻きに見物を始めた。ロウはシャロットを守るように彼女の肩を抱き寄せた。
「どんな魔法を使ったの? 平民だけが使う、男をたぶらかす魔法でもあるの?」
ジブレーはひどく傷付けられた痛みを、同じだけ誰かに与えないと気が済まなかった。シャロットがおかしな魔法を使う悪魔に見え、初めて憎しみが沸いた。
(何でも持ってるくせに。なのにロウは、ロウだけは私のものだったのに)
そこへ、遠くから横やりが入った。
「たぶらかしているのはそっちじゃないか?」
一応ジブリーが声の主を確認すると、やはりタリスだった。
「何ですって?」
シャロットが言い返すならともかく、外野に言い返されるのがいつも嫌いだったジブレーは、声を荒げてタリスを睨んだ。
「いや、君は魔法なんて使えないでしょ。だからそんな恰好してるのに誰もたぶらかされないんじゃない?」
ロウがシャロットの肩に手を置いたまま、ジブレーを馬鹿にするような笑みを浮かべた。先程から見せられる笑顔は、全てがジブレーへの侮蔑に満ちていた。彼女は指先が白くなるほど握り、苦しさを堪えた。
「そんな恰好ですって…」
言われっ放しで黙って泣くようなことはしたくなかった。シャロットとは違い、そんなことをしても彼女の代わりに戦ってくれる人は誰もいなかった。やっとのことで言い返したジブレーに、ロウが笑みを深めた。
「え? 誘ってるからそういう恰好してるんじゃないの?」
え?
「は?」
ジブレーは虚を突かれた表情で、ロウを見つめ、それから自分の恰好を見下ろした。
大きく開いた胸元、真っ赤なドレス、薄い生地を重ねた透け感のある袖、大胆に入れたスリット。
笑顔の彼と、手を取り合ってパーティー会場に入る姿を想像はした。この姿を見せたら、どんな反応するだろうとも考えた。
(でも、違う。絶対に)
知らない振りをされたり、シャロットをかばわれたり、どの瞬間よりも強い怒りが沸き上がった。
(誰なの? なんでこいつはロウの姿でこんなことばかりするの?)
目の前の男を、ジブレーは許すことができなかった。
「ふざけるな!」
怒りのままにジブレーは怒鳴り声をあげ、目の前にあるテーブルから、手当たり次第の物を払い落した。様々な食器が割れる音が会場に響いた。シャロットや、見物人達の悲鳴が上がった。
勢いが止まらないジブレーはロウに平手打ちをする直前で、近くに控えていたタリスの護衛に拘束された。




