悪役令嬢の出会い
【14歳】
「シャロット、ほんとにすごいわよねー」
「もう才能の塊っていうの?かなわないもん」
名前も知らない女たちの声が聞こえた。
「そんなことないよ! 本当の天才って私とは全然違うと思う。頑張って、何とかついていけてるだけだよ」
シャロットの声だ。顔は見えないけど想像がついた。
(それ、頑張ってもついていけない人は努力が足りないってこと?)
低学年の頃はあのいい子ちゃんな言い分にいちいち突っかかっては面白くないことになっての繰り返しだった。
何を聞いても彼女の話はイライラして、なら無視すればいいのに、気になって、もううんざり。
しかも4学年になって、転入や留学とかで知らない奴がたくさん入ってきた。転入生のくせに、ずっとここで勉強してた私より成績が良い奴ばかり。
それは別にどうでも良いけど、どいつもこいつもシャロット、シャロット。
もう勉強だってやりたくない。
どこが分からないのかも分からなくなってきた。
留学生なんか皇族とかもいるみたいだし、見下されてる気がする。
こんなはずじゃないのに…
「失礼、お嬢様」
「え?」
ジブレーが俯きながら早足で廊下を歩いていると、聞きなれない声に呼び止められた。
声をかけられることも、お嬢様と呼ばれることも校内では珍しく、驚きと共に振り返って声の主を見た。
「あ… 失礼、私の勘違いでした」
「は? どういうこと?」
くだらない悪戯かと、ジブレーの声が一段低くなったのに対し、声の主が慌てた声で弁明した。
「あぁ、申し訳ありません、違うんです。ただ、泣いていらっしゃるのかと思ってハンカチを」
そう言って白いハンカチを差し出した。
「いや、それもどういうこと? 泣く理由なんて無いし、そもそもこんな往来で泣く訳がないでしょう」
あの女と違って。ジブレーはいつかの不快な記憶が蘇ったが、思い出していない振りをした。
しかし、よくよく見てもハンカチの主に、ジブレーは全く見覚えがなく、見知らぬ男から一歩分、距離をとった。
「そうでしょうか? あなたはとても孤独に見えて、私は胸が苦しいのです」
「は?」
もう一歩、ジブレーが後退しようとしたところに、男は丁寧な礼とともに自己紹介を始めた。
「申し遅れました。この学校に家族が通っており、迎えに来たのですよ。名はロウ・カスクと申します」
(カスク、カスク… そういえばそんな名前の留学生がいたような…)
「私は…ジブレー・カルヴァドス。迎えに来たって、どういうこと?」
「ええ、今年からこちらに留学中なのですが、その手続きに不備があったようで。その対応がてら彼と食事でもと思って迎えに来たんですよ」
「なるほど…なら、早く行ったらどうかしら」
いくらか警戒は薄まったものの、ジブレーには依然として関係の無い話だった。
「そうですね、しかし私は彼から貴女の話を聞き、理解のない学生の中で苦労されているのではと勝手に思っていたのです」
(理解のない学生…)
話したこともない生徒にまで悪し様に言われることが多かったジブレーは、うさんくさいと思いながらも彼の言葉を無視できずにいた。
「こんなにも美しく、気高い方が有象無象のせいで不快な思いをされているなんて、あんまりだ! と、思っているところに俯いて歩くお姿が見えたものですから、つい早合点してご無礼を致しました」
男はジブレーに恭しく謝罪し、申し訳なさそうに眉を下げた表情で笑いかけた。誰かに笑顔を向けられることも久々だったジブレーは、その笑顔に思わずはっとした。
「おっと…このような場所で長々と、これまた失礼しました。もしお嬢様がよろしければ、場所を移してゆっくりお話させていただけませんか?」
「あ… でも、そんな時間なんて…」
用事なんて無い。そうは言えないジブレーは断る理由を探して口ごもった。
「そうですよね。お忙しいですよね。では次の授業終了の鐘が鳴るまでの間だけ、駅前のカフェで季節限定メニューをご一緒にいかがでしょうか? 私、実は早く来すぎてしまって」
(((駅前カフェの限定メニュー)))
ジブレーは人知れず気になっていた、駅前広場にあるカフェの季節限定デザートセットを思い浮かべた。
一人で行く勇気が出ずに諦めていた希少りんごの贅沢尽くし。夏から冬にかけて、様々なりんごを最適な貯蔵期間で保存することに成功した、りんご特化型魔法使いによって実現した奇跡のメニュー、ご自宅でも楽しめるりんご紅茶のお土産付き。
「まぁ、次の授業までなら、暇つぶしに付き合ってあげても良いわ」
りんごは本当に強い。そりゃアダムとイヴも勝てない。




