(蛇足)入学案内の様子
ジブレーが酔った入学ガイダンスの様子。
10時になり、入学案内が開始された。
「新入生の皆さん、ようこそわが学校へ。校長のテルモットです」
「教頭のカノーです」
講堂にはジブレーと同じく11歳の新入生が集まり、数百人の生徒が舞台の端にある司会者席に立つ校長と教頭を見た。
「校長:4月ですね。学生寮に前のりしてる子は、よく眠れましたか?」
「教頭:緊張して眠れなかった子もいそうですね」
「校長:ね、今日は学校の紹介くらいで授業はないから、ゆっくりしてほしいですね」
「教頭:そうですね、自宅から来た子も朝早くて大変だったでしょうし」
「校長:あーそうですよね! 駅前広場も朝から混んでましたね。お坊ちゃまお嬢様を送り出した従業員や家族の方々が、駅前広場のカフェやレストランでひと息つくのを楽しみにしてるみたいですよ」
「教頭:首都からも遠いですもんね。名産のコーヒーでも飲んで、ゆっくりして帰ってほしいですね」
「校長:そうね、みんなゆっくりしていってねってことで」
「教頭:早速ですが、学校の紹介に入ります。校長、お願いします」
司会者席からステージ中央に進み、校長が話し始めた。
声を張り上げている訳でもないのに、後ろの席にも声が通るのをジブレーは不思議に思った。
と、ステージ情報からスクリーンが下り、学校の地図と思われる画像が映し出された。
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大講堂 校舎
食堂 寮 森
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「この学校は魔法使いの育成という、国内唯一の学校です。といっても、魔法を実際に見たことがある人はほぼ、いないはずですし、1年生で習うことは結構よそと同じなので、ここでは軽く校内の案内だけします」
校長は右手に指示棒を持ち、【大講堂】と書かれた部分を指し示した。
「私たちが今いるここが、大講堂。講演や卒業式などをやります。講堂の向かいが食堂で、その隣は学生寮。学生寮は授業を受ける校舎とつながっています。寮の裏には森があって、演習や体育はそちらでやります」
指示棒を動かしながら、各施設について順に触れ、最後に【寮】を示しながら説明を続けた。
「学期中はみなさん学生寮に帰宅しますので、寮→校舎、寮→食堂、寮→森といった風に、寮を起点とした生活が中心になります。なので、寮の方でまた具体的な案内をしますね」
スクリーンの画像が切り替わった。
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4月 授業紹介 実力テスト
5月 カリキュラム調整期間 職業紹介
7月 夏テスト 2週休み
10月 秋テスト 休み
11月 学園祭
12月 冬テスト 2週休み
2月 進級試験
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「次は、年間予定ですね。4月は授業についての案内や、実力テストをして、それぞれの学習速度にあわせたクラス分けをします。5月は時間割を変えたいとか、とる授業を変えたいとか、そういう調整期間です」
校長は指示棒をしまい、続けた。
「1年生はほとんど必修授業で調整することも少ないけどね。そのかわり、卒業生が自分の仕事を紹介するイベントがあります。ここを卒業した後どんな暮らしをしているか、色々と教わって将来をイメージできるといいですね」
卒業後の進路。確かに、今までジブレーが過ごしてきた中に、魔法がかかわるものは無かった。
(魔法でぶいぶいいわせる、というのがどういうことか、やっとわかるかもしれないわね)
無意識にサイティへ話しかけたつもりで考えたものの、相変わらず何の反応もなかった。
「あとは学習の定着度を見るためにちょいちょいテストがあります。大体テストの後にお休みとか学園祭とかがあるので、頑張ってくださいね。3月までには最後のテストがあって、通過すると2年生です」
スクリーンが舞台の上に隠れていき、校長は司会席に戻った。
「校長先生、ありがとうございました。次は、皆さんの授業を担当する先生を紹介します。読み書き、計算、魔法、体育の先生です。よろしくお願いします」
教頭の声に促され、1人目の教員が壇上に立った。
【読み書き】
「読み書きに関する授業を担当するイトーと申します」
最初に壇上で話し始めたのは、小さな丸眼鏡の似合う細身の男性だった。教師というよりは学者に近そうな風貌は、少々厳しそうな印象を生徒たちに与えた。
「まず、なぜ読み書きが必要か、それは大まかにいうと、我々が人間だからです」
イトーは初手から概念の話を繰り出し、演説のように淀みない口調で続けた。
「人間は考える存在であり、考えるためには言葉を使います。上手か、そうでないかは関係なく、言葉の使い方を学ぶことは、それゆえ必須と考えます」
11歳の生徒たちに向けた内容なのか、イトーの挨拶について教員間でも意見は分かれるが、入学初日ということもあり、生徒たちは一応静かにイトーを見ていた。
「それに、我々が何を考えているか、言葉なくして分かり合うことはとても難しく、理解することにも、されることにもまた、言葉が必要です」
イトーは講堂に集まった数百人の生徒、一人ひとりと目を合わせるようにゆっくりと視線を巡らせながら話し、こう締めくくった。
「あなたたちが生きていく世界がどんなものであれ、一人ではありません。言葉を通じて、あなたたちは自分や他者と繋がっていってください。それが、私がこの授業をあなたたちに行う理由です。これからよろしくお願いします」
挨拶を終えたイトーは拍手を受けながら、早足で壇上を後にした。
【計算】
次に挨拶したのは、10代後半の学生と言っても信じられそうな、ラフな格好で登壇した青年だった。
「えー、計算の授業を受け持つレイです。よろしく」
レイは上着のポケットからキャンディを1つ取り出し、軽く手を挙げて生徒達に見せた。
「えー早速ですが、ここにみんな大好きイチゴ飴がひとつあります」
次に、反対のポケットから別の飴を取り出し、生徒たちに見せながら尋ねた。
「こっちには特濃ミルクキャンデーがひとつある。飴は合わせていくつでしょう?」
生徒たちの声がさわさわとする中、「はいはい!ふたつです!」という声がどこからかあがった。
「どうも、元気で助かるよ。そう、飴ふたつです」
レイはイチゴ飴の包みを開け、口に入れた。
「そんで、一つなめたら残りは一つです、と。これが、一緒になめたらイチゴミルクだとか、口の中に残ってるからまだ2つだとか、そういうのは国語の問題だから無視する」
そう言うと、口に入れたばかりの飴を噛み砕き、
「(ガリガリ…)あぁ、バラバラにすれば無限だとかもな、そういう言葉遊びはイトー先生が得意ですね」
と言いながらイトーを見た。生徒達の一部が笑い、イトーはフン、と鼻で答えた。
「とにかく、数字の世界では1と1を足したら2だ。飴じゃなくても、ペンでもなんでも、なんかが2つあったら数は2だろ。1本だとか何だとか、数え方が違っても関係ない」
残った飴をポケットにしまい、レイは笑った。
「数字はどの国に行っても使える言葉みたいなもんだ。だからお前たちはこれを使いこなせるようになると、生きてくのがもっと便利になる」
そこでイトーの咳払いが聞こえ、レイがあっと声を上げた後、締めくくった。
「えー。つまり、あー皆さんが、たくさんのことを数字という手段で考え、解決していけるように計算を学ぶわけです。それ以上に俺は楽しくてやってるから、そういうのも伝わったら嬉しいです、けどな。以上」
【魔法】
次に壇上へ上がったのは、黒いローブに身を包み、長い杖を持った白髪の老人だった。
ステージの中央に立つと、つばの広い真っ黒な帽子を傾けて顔を見せてくれたが、長い髪と髭に隠れて表情はほぼ見えなかった。
「ワシが魔法入門を教えるジュラじゃああ」
ほとんどの生徒が初めて見る「魔法使い」に、緊張した空気が漂った。ジュラはゆっくりと生徒達を見つめた後、がらりと口調を変えて続けた。
「と、皆さんが思うような魔法使いの恰好をしてみましたが、実際の魔法使いはもっと多様性に富んだものです」
そう言いながら床を杖でトンと突いた瞬間、講堂内の明かりが一斉に消えた。突然のことに生徒達が驚く間もなく、再び明るくなった壇上を見ると、先ほどまでの老人が消えていた。
途端、ざわめく会場をよそに、教員たちは平然とジュラのパフォーマンスを見守った。
「改めまして、魔法入門を教えるジュラです。よろしくお願いします」
消えた老人の代わりに壇上に立っていたのは、11歳の生徒達と同じくらいの背丈をした少女だった。
桃色の髪が揺れるツインテールと、黒を基調にリボンとフリルで飾られた独特な服装が目を引いた。
「魔法はまるで性格のように様々な種類があって、例えば私は、今のように姿を自由に変えるのが好きです」
ジュラは可憐な少女の姿で、今度は占い師のような手つきで両手を胸の前へ動かした。生徒達が食い入るように見る中、ジュラの手から小さな炎が生まれた。
炎はたちまちジュラの手を離れ、会場中の席から見える大きな火の輪となった。と思えば、今度は細かな水滴の集まりとなり、ジュラの周りを自由に舞った。
生徒達からは歓声が上がり、水の粒は紅葉した葉へと姿を変えて壇上に舞い落ち、次の瞬間には大地が隆起するように石の階段に変化してジュラを持ち上げ、曲線が美しい一脚の椅子になった。
ジュラは服装に合った世界観の椅子に座り、まだ落ち着かない生徒たちに話を続けた。
「魔法は人それぞれですが、基礎となる部分はだいぶ体系化されているので、まずは今見てもらった火、水、風、土に関する魔法を入門として学び、その後それぞれの魔法を伸ばしていく形になります」
ジブレーは初めて見る魔法に高揚は感じていたが、それが自分にも使えるのだろうか?と不安になった。
「とはいえ、みなさん魔法を見るのも初めてという方ばかりだと思うので、まずは魔法について知ることが1年生の目標だと思ってください。地味ですがいずれ楽しくなるので、ファイトです」
ジュラが壇上から降りた後、挨拶が終わったことに気づいた生徒達は遅れて今日一番の拍手をした。
【体育】
まだ落ち着かない会場に、最後の教員が挨拶を始めた。
「体育を担当するマッチョです!!!!!!!」
あまりの声量に、生徒達が一気に壇上を見た。
マッチョは鍛えられた肉体を黒のタンクトップで引き締め、タイトな黒のスパッツから覗く太ももが確かな存在感をたたえていた。
「我々は魔法使いである、だが前提として動物だ! 健康な成長に適切な運動は欠かせない! 一緒に身体を育て、健全な精神を養おう!」
今日一番の短い挨拶で、教員紹介が終わった。




