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雇われた花嫁  作者: 刀洞 やや
6/15

横槍


 倉庫のなかにあるのは、これまでのエスチュアリー社に関する資料と、これまでにつかっていた備品、これからもつかうであろう備品、そして廃棄を待つだけのもの達だ。廃棄を待っているのは物品だけではなくて、人員も含まれる。アナベルは短期のパートだから関わりはないが、正社員がここに来た場合は、多くが左遷だそうだ。ここに送られたら最後、出世はできない。

 ミラだけは、勤務時間を短くしたくて、ここに勤務することを願いでたそうだ。孫と会う時間を確保したい、とのことだった。

「まあ、変わり種はわたしだけよ」

 ミラはくいっと肩をすくめた。「彼女はそうじゃない」

 ミラがそっと示しているのは、椅子に座って脚を組み、お茶を飲んでいる女性だ。倉庫担当者は皆、ラフな格好にエプロンを着けているのだが、彼女だけはきちんとした仕立てのスーツで、エプロンも着けていなかった。ほんの数週間前に倉庫に配置換えされ、つい昨日から出勤しているという、ニコラ・ホプキンスという女性だ。これまでの休みは有休をつかったもので、噂によるとその間に、もとの部署へ戻ろうと動いたそうだが、だめだったらしい。ずいぶん上層部に居たそうだが、ウィリアムにたてついて左遷されたという噂もあった。

 ニコラは不機嫌そうで、出勤してきても仕事をせず、お茶かコーヒーを買ってきて、それを飲みながら新聞を読んでいた。その新聞も読み終えたようで、今はただ、お茶を飲んでいる。


 正直関わり合いになりたくないのだが、ニコラの怒りの矛先はアナベルへ向いた。お昼を過ぎた頃、ミラと一緒に棚の整理をするアナベルのもとへ、彼女がやってきたのだ。

「ミセス・エスチュアリー」

 最初は自分のことだと思わず、アナベルは無視してしまった。すると、ニコラはアナベルの肩を乱暴に掴んで振り向かせ、険しい表情でいった。「わたしとは話もできないってことかしら、ミセス・エスチュアリー」

「え? あ、失礼、わたしのことだと思わなくって」

 それは本音だったのだが、ニコラは冗談もしくはからかいだと思ったようで、はっと笑った。

「そう。まだ独身のつもりってことかしら。凄いわよねあなた、あのウィリアム・エスチュアリーと結婚したんだもの。彼は一度の結婚でこりごりしてると思ってたわ。一体どんな手段をつかったのかしら?」

 ウィリアムに離婚歴があることは知っている。くわしくきいてはいないが、性格があわなくて別れたらしい。その相手はかなりの美人だそうで、パーティで、趣味がかわったのかとウィリアムがいわれていた。妻に失礼だから辞めてほしいと、ウィリアムが毅然とした態度でいいかえしていたが、それをいった相手に反省している様子はなかった。

 どうやら、ニコラはアナベルに、なにか不正な手段でもってウィリアムと結婚したのだろう、といいたいらしい。アナベルにしてみればまったく噴飯ものだ。

 遺言書に書いてある条件に合致するように慌てて花嫁を見繕い、不正に近いやりかたで条件を満たしたのは、ウィリアムのほうだ。アナベルはまきこまれたにすぎない。承知しなければくびになっていたし、なにかもっとひどいことが起こっていたかもしれない。ウィリアムは傲慢で、何でも自分の思いどおりになることに慣れすぎている。

「あなたがなにをいいたいのか、よくわからないけれど」アナベルはそういって、ふんと鼻で笑った。「わたしはなにもしていないわ。強いていえば、ピザ屋で働いていたくらいよ。彼とはそれがきっかけで出会ったの」

「ばかなこといわないで。彼はそういうものは口にしない」

 ニコラのばかにしたような口調に、かちんときた。アナベルは微笑んで首を傾げる。

「あらそうお? あなたが彼のなにを知っているっていうのかしら。わたし、彼に浮気をしていないか確認する必要があるみたいね」

 アナベルはエプロンのポケットからケータイをとりだすと、画面をタップした。「それにしても、浮気相手を妻の職場へ送り込むなんて、そんなばかを彼がする筈はないと思うけれど」

「ちょっと、辞めなさい、クソ女」

 ニコラが喚いて、ケータイをはたきおとした。アナベルはニコラを睨みながらかがみこみ、ケータイを拾う。ニコラから目を離すことはない。ニコラがひるむ。

「な、なによ」

「別になんでもないわ」アナベルは低く返した。「あなたみたいな暴力的な女性は、幾ら美人でも彼は相手にしないだろうと思っただけ」

「ふん、自分はどうなのよ。ずいぶん高い値段がついてるんでしょ、娼婦さん」

 ニコラは捨て台詞のように吐き捨て、倉庫を出て行った。アナベルはケータイを握りしめる。「アナベル、大丈夫なの……」

「ええ、気にしないで、ミラ」

 ミラに対して、アナベルはにっこり笑いかけた。「素敵な夫を持つのというのは大変なことみたい。これくらいは我慢しなくちゃね」


 ミラにはああいったものの、アナベルは不快感ではち切れそうになっていた。それもこれも、くびをちらつかせてアナベルを拘束した夫の所為だ。

 仕事が終わり、アナベルは彼の秘書に呼び出されて、タクシーでパーティ会場へ行った。「ミセス・エスチュアリー、こちらできがえを」

「ええ」

 アナベルは怒りのままに素っ気なく返し、秘書を面喰らわせた。

 用意されていた部屋できがえ、数万ドル分のジュエリーを身につけたアナベルは、スタイリストに無遠慮に見詰められていた。「あらアナベル、この間より素敵じゃない。なにかあった?」

「なんにも」

 アナベルはそう返して、ハンドバッグを手にとった。なかにはいっているのはケータイと、ハンカチ、それに痛み止めだけだ。

 秘書が先に立って、アナベルは部屋から出る。「ねえ、少し訊いてもいいかしら」

「はい、奥さま」

「ニコラ・ホプキンスって、ウィリアムとなにか関係ある?」

 振り返った秘書が困った顔をしていた。


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