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雇われた花嫁  作者: 刀洞 やや
3/15

指令


「アナベル? 具合でも悪いの?」

 アナベルはぼんやりと、頭を振った。手に持ったクラフトテープを見て、自分がなにをしようとしていたかを思い出そうとする。だが、無理だった。思い出すのは、つい三時間前の、ウィリアムとのやりとりだ。わたしは冒瀆的なことをしている。お金の為に、愛してもいないひとと結婚しようと……。

 そう考えているのに、口からは、ウィリアムが決めたことがするりと出てきた。「実をいうと、気分が悪いの。思いがけないことがあったから」

「なあに?」

 アナベルに笑顔で続きを促すのは、同僚のミラだ。彼女はここで数年働いていて、アナベルと違って正社員である。ミラは五十代で、生まれたばかりの孫が居る。娘がアナベルと同年代らしく、アナベルのことを娘のように扱ってくれる。

 アナベルは気の優しいミラを騙すのに良心の呵責を覚えながら、もそもそと喋る。

「あの……わたし、いろんな職を転々としたっていったことあるでしょ? 去年の今頃から、今年の初めにかけて、ピザ屋で働いてたの」

 それは嘘ではない。ウィリアムはそういったことを調べ上げ、出会いをでっちあげたのだ。

「それで、何回かデリバリーに行ったのよ。わたし、あんまり運転が上手じゃないから、普段はやらなかったんだけど、クリスマス前後はどこもパーティをするから」

「そうね。ピザなんて食べなくてもいいと思うけど」

 ミラはちょっと顔をしかめてから、笑顔をつくる。「あなたが働いていたところを批判してるのじゃないのよ。パーティというとピザを食べたがるひと達が信じられないだけ。それで?」

「ええ、わたしも……いえ、それで、ピザを配達した先で、あの……そこに、ここの社長が居たらしいの。そこで彼は、わたしに一目惚れしたそうで、わたしをずっとさがしてたんですって。わたしはまったく、そんなこと知らなかったんだけど」

 ミラの口がぽかんと開いた。アナベルは笑いをこらえる。ミラが面白かったのではない。自分が白々しく嘘を吐いていることに呆れたのだ。あんなに完璧な男性が、わたしのような「優しそうな外見」だけしかない娘を好きになるなんて、無理がある。彼にはシナリオを書く才能はないわ。

 だが、ミラには無理なシナリオとは思えなかったらしい。彼女が騒ぎだし、同僚達が集まってきた。


「やあ、アナベル」

「ハイ、ミスタ・エスチュアリー」

「ウィリアムと」

 ウィリアムは倉庫のなかを見回して、ふうんといった。

「案外せまいんだね」

「そうかしら? わたしは棚の場所を覚えるのに、一週間以上かかったわ」

「そしてそれをもうすぐ忘れる」

 ウィリアムは腰をかがめ、これ見よがしにアナベルの巻き毛をすくった。「君は僕と結婚して家庭にはいるからね」

 アナベルはウィリアムを睨みつけたい衝動を抑えた。言動の端々に傲慢さが滲みだしている。

 そもそも、妻を雇うという選択は、尋常なことではない。彼は別に、社長の座を追われてもやっていけるだけの財産はある筈だ。また別の会社を興せばいい。それができる才能がないとはいわせない。エスチュアリー社は彼が規模を数倍にしたのだから。

 だが、一度座った大企業の社長の座というのは、意地でも降りたくないものらしい。それだけの地位にあるのが当たり前すぎて、彼は社長でない自分は想像できないのだろう。社長にしがみつく為になら、問題を抱えたぱっとしない女を、金で買ってくるくらいには。


 アナベルはふいと顔を背けた。ウィリアムが眉を寄せたのが少しだけ見えたが、特になにも思わない。

「そうね。でも、後任が見付かってからだわ」

 アナベルの視線の先には、ミラ達がかたまっていた。社長の登場に、怯えて離れていってしまったのだ。

 ウィリアムが、ひとつに束ねたアナベルの髪を、ひょいと掴んだ。ミラ達に聞こえない程度の低声(こごえ)でいう。「君は野暮ったいな。明日は休みにして、ちゃんとした美容室へ行くんだ。服も、それなりのものを着てもらわないと困る」

「わたしはきちんとした服を着ています」

 低声(こごえ)で返した。ウィリアムは憎たらしいことに、即座に切り返してくる。「僕の妻としては不適格だね。とにかくスタイリストは手配しておく。明日は休みだ」

「仕事が……」

「契約を忘れたのか? 仕事のうちだろう」

 そういわれると、アナベルは黙るしかない。ウィリアムへ顔を向け、じっと見詰めた。彼はなにを勘違いしたのか、アナベルの唇に軽くキスして、それじゃあまたと手を振っていなくなった。

 傲慢なやつ!


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