ウィンターフェスティバル
翌日、アナベルはいつも通り、家を出た。ウィリアムは居ないが、彼の何番目かの秘書が車をまわしてくれた。大企業の社長には、信じられないくらい有能な秘書が信じられないくらい沢山居る。
アナベルは沈んだ気分で出社し、仕事をこなした。ニコラが嫌味をいってきたが、無視していた。ミラが心配そうなのが申し訳なかった。
その晩、パーティがあり、ウィリアムがアナベルを迎えに来た。
パーティ会場はエスチュアリー社所有のホールだった。クリスマスパーティ、正確には冬祭りは。
会社のパーティで、出席者は幹部から、本社の平社員までだ。一度では全員がはいれないので、二度に分けて行う。
アナベルはウィリアムと一緒に居るのが気まずくて、社員達の間を、飲みものを持ってまわっていた。誰も、アナベルがそういうことをするのに、疑問を持たない。社長夫人だと気付いていない者もあった。
会場には大きなクリスマスツリーが飾られ、その下にウィリアムが居るのが見えた。やどりぎがある。
そこへ、メラニーが近付いていった。いったいどうやってはいりこんだのか、彼女はドレスアップして、ますます女神じみている。
アナベルはそれをぼんやり見ていたが、声をかけられて我に返った。「アナベル?」
「ミラ……」
ミラと、倉庫整理の同僚達がやってきた。みんな着飾って、楽しそうだったが、アナベルの顔を見ると表情が曇った。
「アナベル、どうしたの?」
「どうもしないわ。元気よ」
「元気な顔じゃないわ」
ミラは心配そうにアナベルの腕を軽く叩き、先程までアナベルが見ていたほうへ目を向けた。
そこではメラニーがウィリアムの腕を掴み、なにかを訴えかけている。アナベルは自分がどうしたいのか、よくわからない。メラニーがウィリアムと復縁したいというのならそうするべきなのだろう。けれど、ウィリアムみたいに、傲慢なところはあっても傷付きやすいひとを、放っておけないという気持ちもある。メラニーが彼を傷付けないのなら……いえ、彼はメラニーを傷付けたんだわ……。
ミラの表情がこわばった。
そのまま、アナベルの腕をひっぱって、クリスマスツリーのほうへとひきずっていく。「ミラ?」
「あの女が来たからなのね? あなたの様子がおかしいのは?」
あの女?
ミラが突然、立ち停まった。ニコラが立ち塞がったのだ。「ひっこんでなさいよ、ばあさん」
「ミス・ホプキンス、そんな言葉遣いをしていると、親御さんが哀しむわよ」
真っ正面から言葉遣いを指摘され、ニコラは一瞬反応できなかった。その間に、ミラはアナベルをひっぱって、ツリーへと歩く。ニコラが追い縋ってきた。「ちょっと!」
アナベルはひきずられるだけだ。ミラがニコラを無視しているのを奇妙に感じる。
「だから、ウィリアム、わたし達……」
「無理だ、メラニー」
アナベルは叫びだした気持ちにかられた。どうして? どうして彼女を突き放すの、ウィリアム? あなたはそんなに冷たいひとじゃないでしょう? あなたは傲慢なふうをしているけれど、本当は傷付きやすい、優しいひとだわ。
それとも単に、流産はウィリアムにとっても重すぎて、直視できないのだろうか。だから、メラニーを拒絶するのだろうか。
ニコラがミラの腕を掴み、ミラがアナベルを、ウィリアムのほうへ突き飛ばした。メラニーが口をぽかんと開けている。
アナベルはウィリアムに抱きとめられ、はなれようとしたが、彼は片腕でアナベルをしっかりと抱いた。その目はメラニーを見詰めている。「僕にはもう、アナベルという最愛のひとが居る」
「ウィリアム、それは便宜上のことでしょう?」
「便宜上?」
「聴いてるのよ」
メラニーは、わたしはわかっているわ、とでもいうように、数回頷く。「遺言書のこと。あなたは早急に、結婚する必要があったのよね?」
ウィリアムが不快げに顔をしかめ、周囲からざわめきが聴こえてきた。