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雇われた花嫁  作者: 刀洞 やや
10/15

前任者、登場


「ミセス・エスチュアリー?」

 そう呼ばれるのに慣れていたアナベルは、声をかけられて振り向いた。

 そこには、まるで春の女神のような女性が立っていた。淡い茶色の髪はふわふわと波打って、優雅に垂れている。紺碧の瞳がきらきらしていて、肌はつやつやだ。それも、何年も丁寧に手入れしてきたものだろう。アナベルのような速成の美肌ではない。着ているのは白い、丈の短いワンピースで、長くて形のいい脚がそこから伸びていた。きらきらした白のパンプスを履いている。瞳と近い色のジャケットは、女性のプロポーションのよさを引き立たせている。

 女性は完璧な眉を少しだけ動かした。それがどういう感情の発露か、アナベルにはわからない。

 アナベルは昼食にと買ってきたサンドウィッチがはいった紙袋を、両手で握った。道端でこんな美女に話しかけられる理由は、思いあたらない。「あの……どこかでお会いしましたっけ……ミス……?」

「ミス・バンクス。もと、ミセス・エスチュアリーよ」

 その言葉が頭にしみこむまでに、五秒必要だった。アナベルは承知すると、成程、と心のなかで頷いた。ニコラはここまで美人ではないが、彼女はニコラと系統が似ている。自分に似たタイプの友人を求めたのだろう。

 アナベルは精々、愛想よく微笑んでみせた。どことなくいやな感じがして、握手はしたくなかったから、サンドウィッチの袋を両手で持っていないと逃げられてしまうとでもいうように、しっかり握りしめてはなさない。

「こんにちは、ミス・バンクス。なにかご用ですかしら」

「ええ……少し話したいの。ウィリアムのことで」

 ふたりの間の空気がぴりついた。アナベルは頷いて、顎をしゃくる。「公園があります。そこはどうでしょう」


 メラニーでいいわ、といったもとミセス・エスチュアリーの話は、まわりくどいが単純だった。

「お父さま……ウィリアムのお父さまの遺言について、聴いたわ。既婚者でないと社長を解任するっていう……」

「ええ、そうみたいですね」

 アナベルは目の前の女性に対して、反発のようなものを覚えていた。それは自分が彼女よりも背が低いとか、美人ではないとか、相対的に見ればふとっているだろうとか、そういった部分に起因する嫉妬や、羨望ではない。なにかいやな感じがする。毒や棘を持っている虫を見ているような気分になる。

 ふたりは公園のベンチに腰掛けていた。アナベルは膝の上で、サンドウィッチの袋の口を開けている。ライパンにトマトとツナ、レタス、タマネギ、チーズをはさんでいるものだ。

「それで、あなたが選ばれたのね?」

「はい?」

「随分いい条件を提示してもらったのでしょう?」

 アナベルはメラニーを見る。視線を動かさずに、サンドウィッチをとりだした。両手でしっかり掴む。

 メラニーに、アナベルはやわらかく微笑み、サンドウィッチをかじった。味がしっかり感じられる。とてもおいしい。

「なんの話か、わからないのですけれど」

「隠さなくっていいわ。彼はあなたみたいな優しいだけってタイプは好きじゃないし、結婚を申し込むっていうのは違和感しかないもの」

 成程ね。こういうタイプの女性と結婚していたのに、二番目の妻が愚鈍そうな小太り女じゃ、不審がられて当然だと。

 アナベルは鼻で笑いたいのをこらえ、小首を傾げた。

「おっしゃる意味がわからないわ。わたしはたしかに、彼に求婚された筈だけれど」

「でもそれは、本当の結婚ではないでしょう」

 質問ではない。断定だ。アナベルはメラニーを「いやなやつ」リストに追加した。


 メラニーは酔ったような口調で続ける。酒に酔うなら救いようはあるが、彼女は自分に酔っているらしかった。

「ウィリアムは負けず嫌いなのよ。お父さまの遺言書に裏をかかれた気分になったのね。そして、あなたを選んだ。あなた、身寄りが少ないんでしょ。問題が起こりそうにない相手を、自分の会社から見付けだすというのは、彼らしくない安易な手段だけど……それだけ追い込まれていたってことでしょう」

 アナベルはサンドウィッチを咀嚼している。これだけウィリアムを理解しているのなら、どうして別れたのだろう。

 メラニーは余裕たっぷりの笑みをうかべた。

「身よりはほとんどなし、おとなしくて従順、家庭的なタイプ……恋人にしたいとは思わないけれど、妻にするには都合がいい。彼のいうことも素直にきくだろうし」

 なにもかもお見通しみたいな顔をしてるけれど、あなたにはわからないこともあるわよ。わたしは従順じゃないし、彼には反抗してる。

 アナベルはなにもいわない。メラニーはすっと笑みを消し、唐突に涙をこぼした。それにはさすがに、アナベルも度肝をぬかれ、サンドウィッチをのどに詰まらせそうになった。

「ねえお願い、ウィリアムを返して。わたし達がどうして離婚したか、彼からどう聴いているのか知らないけれど、本当のことを話すわ」


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