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 アルバートが離れた、その途端。


「シャーロット・コックス嬢。もう一度私と踊っていただけますか」


 どこから見ていたのか、ルパート・ブランストンがシャーロットの真横から声をかけた。ちょうどアルバートから死角になる場所だ。

 動揺しながらも、シャーロットはしかし、毅然として言った。


「大変申し訳ございませんが、私は体調が優れず休んでおります。どうか別の方と……」


 言い終わる前に、ルパートはぐいぐいと距離を詰めてきた。後ろは壁。逃げ出せない。


「俺は侯爵家だぞ。大人しく従うのが身のためだ」


 大の男に至近距離で脅され、体が震える。慌てて目で兄を探すと、様子がおかしいのに気がついてくれたようだ。こちらに向かって来るのが見えた。

 直接触れられているわけではない。ただ、隙間がなくなるほど身体を寄せられ、にやにやと不快な目を向けてくるルパートに、シャーロットは蒼白になり、身を縮こまらせる。




「失礼」


 聞き慣れた声がした。

 ここで聞くはずのない声。


「ルパート・ブランストン侯爵子息とお見受けする。彼女は体調が優れないようだ。他を当たってくれないか?」


 目の前の背中越しに、声が聞こえる。


「誰だお前は?」


 彼はルパートにぐっと顔を近づけると、冷たい声で言った。



「私はテオドール・スタインフェルド。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ちなみに、王太子妃は私の姉だ」


「……失礼した」


 ルパートは驚いたように目を見開くと、じりじりと後ずさって逃げるように人混みに紛れていった。



 一つため息をつくと、彼はくるりと振り返った。

 眼鏡越しではない青の目が、シャーロットを捉える。


「身分を笠に着るやり方は好かないんだが。たまには便利なものだな?」


 ニヤリ、という表現がぴったりの表情。

 シャーロットは目を潤ませた。


 優しく目を細めた彼は――テオドールは、すっと跪き、シャーロットの手を取った。悪戯っぽい笑み。


「私と踊ってくださいますか?」


 コクリ、と頷くか頷かないかのうちに、テオドールはそのままシャーロットの手を引いて中央へ歩き出す。


「シャーロット!?」


 人混みに邪魔されながらやっと辿り着いたアルバートが、驚きの声を上げて後を追おうとする。

 慌てて兄の方に向けて頷いてみせると、彼は複雑な表情でその場に留まった。





 曲が始まる。心臓がうるさい。

 シャーロットは頭の中がぐちゃぐちゃだった。聞きたいことがありすぎて、言葉が出てこない。

 銀の髪はすっきりと切り揃えられ、眼鏡もない。整った顔立ちがよく見えてしまって、落ち着かない。いつもの白シャツにパンツではなく、貴族然とした華やかな装いに、シャーロットはどぎまぎしっ放しだ。

 図書館の司書ではなかったのか。スタインフェルド公爵家といえば、王家とも縁のある大貴族だ。どうして……


「百面相だな」

 

 テオドールが笑う。

 シャーロットはテオドールを軽く睨んだ。


「誰のせいだと思ってるんですか!……あなたがそんな、大貴族の方だったなんて」


「別にそこに生まれただけだ。僕が偉いわけじゃない。」


 自嘲するように言うテオドール。


「ただ……生まれたからには、責務がある。それに気づかせてくれたのは、君だ」


「え?」


 テオドールを見上げたそのとき。

 曲が終わってしまう。ダンスが、終わる。



 曲の最後、テオドールはシャーロットを強く抱き寄せ囁いた。


「レディ。もう一曲、私と踊ってくださいませんか。」


 舞踏会で2回連続で踊るのは、親密な関係の証。シャーロットは真っ赤な顔で戸惑う。

 テオドールはくつくつと笑い、腕を緩めた。


「君はやっぱり危なっかしいな。初めての舞踏会で2回連続でのダンスを誘われたら、すぐに断らなくては。」


 次の曲が始まってしまう。シャーロットはむっとして、繋いだままのテオドールの手をぎゅっと握った。


「あなただからです!」


 テオドールは目を見開く。


 さっとその顔が赤らんだかと思うと、肩に口元を寄せて顔を隠してしまった。耳が真っ赤だ。シャーロットは予想外の反応に驚き、自分が言ったことの意味を理解して再び赤面した。

 

 シャーロットが狼狽えていると、テオドールは短く息を吐き出し、前を向いた。先ほど握った手を握り返され、腰の手にぐっと力が加わると、滑るように踊り出す。


 この場に二人きりになったような錯覚。

 ふわり、ふわりとドレスの裾が舞った。



「僕は、魔法の研究をしたかったんだ」


 テオドールは唐突に話しだした。


「でも、諦めた。周りの言葉や環境のせいにして。そして己の責務と向き合うことからも、逃げてきたんだ。情けないことにね」


 真剣味を帯びた青の目が、シャーロットを射抜く。


「そこへ、君が現れた」


 戸惑うシャーロットに、テオドールは優しく目を細める。


「君がいるなら、貴族も悪くないと思えたんだ。シャーロット」





 ダンスが終わった。

 繋いだ手から鼓動が伝わってしまうのではないかと思うほど、シャーロットの心臓は早鐘のように打ち続けていた。

 

「シャーロット!」


 近くで聞こえた兄の声にハッとする。肩を抱かれ、テオドールと距離を取らされた。厳しい顔つき。


「お兄様……」


「アルバート・コックス殿」


 テオドールが一歩前に出て、張りのある声で言った。アルバートは眉を顰めて見返す。


「私の名はテオドール・スタインフェルド。妹君を長く引き止めてしまい申し訳なかった」


 テオドールの正体に驚き、アルバートは目を見開いて止まっている。


「しかしアルバート・コックス殿、私はシャーロット嬢との関係を真剣に考えていることをご承知おきいただきたい」


 まだ混乱の最中のようだったが、シャーロットの話が出ると、兄は途端に敵意を滲ませてテオドールを睨む。


「テオドール・スタインフェルド殿。まさかとは思うが、身分をチラつかせて、ということはあるまいか」


 あまりに失礼な言葉に、シャーロットは慌てる。しかし。


「そのようなことはないと断言できる。貴殿の信用を裏切ることはないと誓おう」


 テオドールの誠実な対応に、アルバートは悔しそうな顔をし、大きなため息をついた。

 シャーロットを見つめると、兄の顔になる。


「全く。お前はどこで公爵家の御子息と出会っていたんだ?あんなに仲睦まじい様子を見せられたら、邪魔するにもできないじゃないか。二人とも、かなり目立っていたぞ。明日には噂になるだろうな」



 シャーロットはまたまた真っ赤になった。

 テオドールが涼しい顔をしているのが、悔しかった。





*******




 その後。コックス子爵家に公爵家からの婚約の打診がきて、母の悲鳴があがり、父は泡を吐き、マーナはそれを宥めるという、上を下への大騒ぎとなった。








 そして、ある金曜日。


「やあ」


 家族を説得し、勇気を出して来てみれば、いつも通りの挨拶にいつもの眼鏡。シャーロットは少し不満顔だ。


「では、行こうか」


 今日もいつもの書庫で、読書と本の整理、それからほんの少しの他愛もない話をする時間が始まるのは、二人だけの秘密だ。



 

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 これにて一旦完結とさせていただきます。近日中におまけを追加したいと思っています。また続編などを思いついたら、お付き合いいただければ幸いです。

 初めての連載作品でしたが、止まったら書けなくなると思い連日投稿に挑戦しました。これから少しずつ違和感や文章を見直して行けたらと思います。ブックマークで応援してくださった方々、勇気と希望をありがとうございました。

 数あるお話の中からこの物語を選び、読んでくださった皆様に、ひと時の楽しみと、ドキドキをお届けできていたら本望です。

 

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