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よろしくお願いします。


 シャーロットは馬車を降りた途端、初めて間近で見た王宮の、その絢爛さに慄いた。早くも緊張が頂点を越えそうで、胸の前でぎゅっと手を握った。


「シャーロット? 大丈夫か?」


 アルバートが背中に手を当てて、心配そうにシャーロットの顔をのぞき込む。慌てて兄を見上げて、笑ってみせた。

 そうだ。今日は兄がついていてくれる。それに、今日の自分は……



*******




「まあ、お嬢様…なんてお美しい!」


 胸元や袖には繊細なレース、きらきらと光るビジューの輝き。そしてあの、深い青の光沢。それは控えめながら美しいシャーロットの魅力を、存分に引き立ててくれていた。

 結い上げられ、デビュタントの印である花飾りで彩られた髪に、マーナ渾身の化粧が施されて。

 鏡の中の自分は、いつもよりもぐっと大人びて、堂々とした貴族令嬢のように見えた。


「これでは誰に見染められても不思議ではありませんね!」


 完璧に着飾ったシャーロットを見るなり、興奮した様子で称賛するマーナ。シャーロットは困ったように微笑む。


「マーナったら、ちょっと大袈裟だわ。それに、私に縁談なんて……きっとまだ、早すぎるわ」


 そこへ、ノックの音が聞こえた。


「シャーロット?マーナ?準備はどうかしら?」


「奥様。ただ今参ります」


 マーナの返事を待たずに、母エリザが入ってくる。そしてシャーロットを見るなり目を輝かせた。


「まあ!まあ、なんて…!とても素敵よ、シャーロット。試着の時も思ったけれど、地味なんてとんでもなかったわ。この青はあなたにぴったりだったのね!」


 母の言葉が、胸に響いた。

 

 あれから、新年とデビュタントに向けての準備で忙しく、図書館には行けなかった。けれど、「君なら大丈夫だ」と言ってくれたテオに勇気をもらったから。

 このドレスで舞踏会に行けるのがとてもうれしく心強く、どんなことがあっても大丈夫だと思えた。




*******




 今年デビュタントを迎える者は、王宮の広間に集められ、まずは爵位の順に国王への挨拶をする。それから最初のダンスを付き添い人と踊り、その後は自由に踊ったり、歓談や食事をする時間となる。

 王宮を見上げた時に頂点を迎えたか、と思われたシャーロットの緊張の度合は、容易くその上の段階に跳ね上がっていった。

 手足は冷たく、身体は凍りついたかのようにぎこちない。兄が支えてくれる腕の温もりで、なんとか笑顔を貼り付けていられた。

 国王と王妃への挨拶をなんとか終えた時。後ろでにこやかに控えていた王太子夫妻、特に王太子妃の銀の髪に、シャーロットは目が吸い寄せられた。その顔立ちも、どこかで…

 行こう、とアルバートに促され、慌ててその場を後にする。

 



 初めての舞踏会。改めて広間を見渡すと、煌びやかな装飾に、人々の声。

 ひそひそ話、笑い声、デビュタントの初々しい令嬢令息たちから年配の紳士淑女まで、あちらこちらから様々な声が迫ってくる。


 圧倒されて、足がすくむ。震える。


 繋いだ手に力がこもった。見上げた兄の優しい微笑みを見て、ふっと力を抜く。舞踏会はまだこれからだ。シャーロットは気を引き締め直した。


 兄とのダンスは、安心から少し楽しむ余裕があった。続いて、誘われるままに何人かとダンスを踊る。不安はあったが、近くで見守る兄と、ターンの度に揺れるドレスの青に励まされ、踊り続けることができた。

 最後の一人は、なんだか絡み付くような視線が嫌で、早く離れたかった。

 曲の終わりにほっとして礼をしようとすると、離してもらえずに戸惑う。距離が近い。


「美しいレディ。お名前をうかがっても?」


 目を見開いたまま動けずにいると、


「シャーロット!」


 兄が駆け寄ってきて、シャーロットの肩を抱き寄せる。


「申し訳ございません。私はアルバート・コックスと申します。妹は身体が強くありませんので、少し休憩を取らせていただきます」


 冷ややかな表情だった。初めて見る兄の様子に驚いていると、男は眉を上げて吐き捨てる。


「コックス…子爵家が偉そうに」


 アルバートの有無を言わさぬ態度に、男はこちらを睨みつけながら離れて行った。険しい顔でそれを見ているアルバートに、シャーロットはおずおずと声をかけた。

 

「……お兄様?」


 すると、アルバートはにっこり笑った。


「さあ、休憩だ。飲み物を取りに行こう」





 飲み物を手に広間の端に陣取ると、兄はシャーロットに小声で言った。


「さっきの男はルパート・ブランストン。侯爵家の爵位を笠に着て、やりたい放題だと聞いている。今日は侯爵がいらっしゃるかと思ったが……とにかく、あの男には気をつけてくれ、シャーロット」


「わかりました。気をつけます」


 シャーロットは頷く。まだ手にあの男の手の感触が残っているようで、気持ちが悪かった。けれど。


「お兄様。守ってくださって、ありがとうございます。とてもかっこよかったです」


 兄は約束を果たしてくれた。爵位が上の相手にも譲らず、守ってくれた。少し照れながら言うシャーロットを見て、アルバートは泣きそうな顔になる。


「ここが舞踏会の会場でなければなあ。抱きしめてぐりぐり頭を撫でるところだ」


 少し戯けて言う顔は、いつもの優しい兄に戻っていた。




「ご歓談中失礼します!コックス副隊長!」


「どうした、今日は休暇だ」


 警護の格好の者に話しかけられ、アルバートが再び硬い顔になる。


「お兄様。私、ここから動きませんから。お仕事なのでしょう?」


「隊長が、確認したいことがあるとのことです」


「隊長が?」


 訝しむアルバート。しかし、上官の命令である。


「シャーロット、すまない。少しだけ外す」


 困ったように眉を下げた兄に、シャーロットは微笑んで頷いた。


「シャーロットが見える場所ならば行こう」


 アルバートの冷たい表情に、警備の者は怯えたように案内を始めた。



 


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