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よろしくお願いします。

少し長めです。


 デビュタントの舞踏会は、新年が明けて最初に開かれる催しだ。


 舞踏会。つまりダンスである。


 シャーロットは、マナーや教養面ではめきめきと力をつけて、教師に太鼓判を押される淑女となっていたのだが、ダンスだけは少々苦手としていた。


 持ち前のひたむきさでなんとかついていっているが、レッスンが終わると毎回ヘトヘトだった。


「シャーロット、がんばったね」


「お兄様。今日は相手役をありがとうございました」


「いやいや、シャーロットの相手役なら毎日でもさせてほしいくらいだよ」


 マーナが呆れた目でアルバートを見ている。


「ふふ。お兄様、そんなに足を踏まれたいのですか?」


「シャーロットの足に踏まれたって痛くも痒くもないさ。だが、最近ではもうほとんど踏まないじゃないか。すごいぞ」


「ありがとうございます。全く踏まなくなるまでがんばりますね」


 シャーロットは微笑む。


「本番が段々と近づいてきたな。シャーロット。大丈夫か?」


「ええ、あとはダンスだけです」


 握った手に力を込めてみせる。


「いや、ええと、そうではなくて。社交がな。……緊張しているんじゃないかと思って」


 シャーロットは、珍しく歯切れの悪い兄を見上げた。


「シャーロットは我慢強いからな。多少の無理は通してしまうのだろうが」


 ポン、と頭に乗せられた大きな手。

 暖かなチョコレート色の目が、シャーロットを映す。


「私は…父さんや母さんや、マーナたちだって、みんなお前の味方だからな」


 じわり、と目頭が熱くなる。潤んだ目元を隠すように、ぎゅっと兄に抱きついた。

 そんなシャーロットの背中を、アルバートは優しく撫でた。


「今度は、私が守るから。安心してダンスに励むといい」


 コクコクと頷きながら、優しい兄に甘えてしばらくそのまま抱きしめられていたのだった。





 部屋に戻って着替えを手伝ってくれていたマーナが、片付け終えると静かに口を開いた。


「お嬢様。アルバート様の仰る通りですからね」


 シャーロットは首を傾げる。


「私も、歯痒く思っておりました。味方と言っては烏滸がましいですが…私も、いつもお側におりますからね」


 いつも厳しいマーナの思いがけない笑顔に、シャーロットはせっかく収まった涙が再び溢れそうになる。


「マーナ。本当にいつもありがとう」


 シャーロットは、にこりと微笑んだ。

 すると、また厳しい顔つきになったマーナが言う。


「それにしても、アルバート様はスキンシップが多過ぎますね。今は大目に見ますが、デビュタントを終えたら控えていただかないと。良い縁談があるかもしれませんしね。いくらご兄妹とはいえ……」



 縁談……



 続くマーナの言葉が耳を滑っていく。



 デビュタントを目指して、ずっとがんばってきた。今度こそ貴族としてうまくやっていけるようにと。舞踏会を乗り越えれば、と。


 その先は?


 貴族の令嬢というものは、結婚をして、家を繋ぐことが求められるとわかっているつもりだった。

 しかし理解できていなかった。社交をしながらも、金曜日には図書館に行き、これまでのように過ごして行けるような気持ちでいた。


 足元が崩れていくような感覚。

 シャーロットはいつも通りを装うのに必死だった。




*******




「ご機嫌よう」


「…やあ」


 シャーロットの挨拶に振り返ったテオは、またしても眉を顰めた。


「……?」


 首を傾げるシャーロットをよそに、テオは黙って歩き出す。




 書庫に着くなり、テオは口を開いた。


「どうした?」


「え?」


 何のことかわからなかった。今日は目は腫れていないはずだ。


「顔がおかしい」


 あまりの言葉に、シャーロットは言葉を失う。

赤くなって眉を寄せたシャーロットを見て、テオは吹き出した。


「すまない、その、浮かない顔だと思って」


「…。」


 思わずじとりとした目を向けてしまう。この人といると、淑女の自分はどこかへ行ってしまうようだ。


「そんな顔をするな。しかし本当に、何かあったか?」



 どうしてこんなに鋭いのだろう。だけど……言えるわけがない。


「……何かあったと言うわけでは、ありません。その…ダンスが、心配で。実は少し苦手なんです。お相手の方の足を踏んでしまうのではないかと」


 シャーロットは苦笑いで言う。


 ――と。



 手を、取られた。

 

 気がつくともう、目の前に白いシャツ。

 弾かれたように見上げると、引き結ばれた口元。眼鏡の奥の表情は見えない。

 腰に添えられた手。握られた指。感じる息遣い。

 

 心臓の音だけが大きく聞こえる。


 

「……昔、機会があって練習したことがある。どれくらい足を踏まれるか確かめてみよう」


 テオの相変わらずの調子に、シャーロットは少し力が抜けて、笑う。


「痛くて泣いてしまうかもしれませんよ?」


 しかし、テオの足を踏んでしまうのは避けたい。レッスンでも下を見ないように注意を受けるが、いつも以上に足元を見てしまい、うまく動けない。


 突然ぐっと腰を引き寄せられた。思わず、テオを見上げる。



「下を向くな、シャーロット。僕を見るんだ」


 青の瞳に、吸い込まれる。


 熱の集まる顔を隠したいけれど、目を逸らせない。導かれるまま、シャーロットはステップを踏む。

 音楽はない。衣装もない。それでもこんなに楽しく踊れたのは初めてだった。足が自然と動く。背中に羽が生えたように身体が軽く感じて、シャーロットは知らぬ間に微笑んでいた。

 

 それほど長い時間ではなかったはずなのに、濃密で、鮮やかな時間。このまま時が止まればいい、などと思うことが起こり得るとは、想像もしていなかった。


 ステップを終えてダンスを止める。お互いに動くことができずに、目を合わせたまま。



 先に視線を外したのはテオだった。

 

「上手いじゃないか。足はこの通りだ。痛くない」


 テオは足を振ってみせた。シャーロットはくすりと笑う。


「テオさんと踊ったら、まるで自分じゃないみたいに、上手く動けました。ありがとうございました!すごく、楽しかった……」


 デビュタントで踊るのは、テオではない。


 思ってしまったらダメだった。


 唇を噛み締めて耐える。シャーロットは笑顔を作って続けた。


「デビュタントを終えたら、良い縁談があるかもしれません。貴族ですからね!だから、そうしたら、こうして…ここにこうして来ることも、なかなか出来ないと、思います」


 ゴクリと喉を鳴らしたのは、自分だろうか。


「やっぱり、婚約者ではない男の人と二人で会ったりしては、ダメですものね。テオさんに初めてお会いしたとき、知らない男の人について行くなんて普通はしないと指摘されましたけど、本当に。世間知らずで、ごめんなさい」


 途中からは何を話しているかわからなくなりそうだった。何か話さないと、ぐるぐる回っている気持ちがあふれて出てきてしまいそうで。


 深く息を吸って、吐く。シャーロットは笑った。


「また図書館に来られたら、表のお気に入りの場所で本を読みます。見かけたら声をかけてくださいね」




*******





 何を言われているのか、頭が理解を拒否していた。ただ黙っていることしかできなかった。


 機械のように、彼女の言葉に了承の言葉を返すといつも通りに職務に戻った。

 最後まで笑顔だった彼女の後ろ姿を見送ってしまってから、書庫で崩れるように座り込んだ。

 

 ぐしゃりと、長い前髪をかきあげる。


 自分はこんなに情け無い男だったか。彼女の方が余程……


 両手を強く握りしめた。爪が手の平に食い込む。目を瞑り、大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。


 テオは前を見据えて立ち上がると、書庫を出て歩き出した。


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