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本日2度目の投稿です。よろしくお願いします。
金曜日の朝、シャーロットの顔を見てマーナは悲鳴を上げた。
そして、何故か燃える目をしたマーナは、持ちうる限りの技術を駆使して目の腫れを極力目立たなくしてくれた。持つべきものは優秀な侍女である。
怖い夢を見た、と幼子のような言い訳をして、訝しげな家族をなんとかかわし、いつもより短い時間でならと図書館に行く許可を得たのだった。
図書館に入り、思い切ってテオに声をかける。
「……」
顔を合わせるなり思い切り眉を顰められてしまった。テオはしかし、何も言わずに書庫へ歩き出した。
「先週はどうしたんだい?」
「すみません、ご連絡もできずに…軽い風邪を引いてしまって。家族に出かけるのを止められてしまったんです。もう、すっかり元気です!」
「そうか。治ったならよかったが……」
書庫に入ると、テオはいつもと違う方向に歩き出す。不思議に思いながらも大人しく付いていくと、入り口に比べて簡素な扉の中に入る。
テーブルと数脚の椅子、小さなキッチンに、ティーセットとケトル。重厚感のある図書館には似つかわしくないような簡素なものだったが、不思議と温かみを感じる部屋だった。
「休憩室のようなものだ。そこにかけて」
「はい」
どうやらお茶を淹れてくれるようだが、意図が掴めず困惑する。寝不足の頭も手伝って、そのままぼうっと待っていると。
「特に高級な茶葉でもないが」
目の前に置かれたティーカップから、甘い香りが立ち上ってきた。小皿には焼き菓子。
「ありがとうございます。あの、どうして……?」
「報酬の代わり、といっては何だが。たまには君の素晴らしい働きを労おうかと。何せ優秀だ。棚の下の方に関してはほとんど完璧だからな。」
やっぱり一言余計だが、シャーロットはクスリと笑った。
「ありがとうございます。いただきます」
甘い香りを吸い込みながら、こくりと一口飲む。外から入ってきた体に、あたたかいお茶が染み渡っていくようだった。
「何か、あったのか?」
シャーロットが目を上げると、テオはキッチンに寄りかかるようにして腕を組み、真っ直ぐにこちらを見ていた。
心配、してくれている。
話してみようと思った。本を好きな私を肯定してくれたこの人に。
「…14歳になって…初めてお茶会に参加したんです」
ポツポツと話しだすと、止まらなかった。
初めてきちんと仕立てたドレスを着て化粧をし、着飾ったあの日。貴族としてやっと、愛してくれる家族の役に立てるのだと思った。鏡の中の自分の顔も、心なしかいつもより自信に満ちているようで。
その日は同じ年頃の令息令嬢たちが集まって交流するための、小規模なガーデンパーティーだった。
会場に着くまでは兄が付き添ってくれたが、着いてからは一人で過ごさなければならない。緊張と興奮でおかしくなりそうな自分を叱咤して、会場内に入った。
同じ年頃といっても、寝たきりの過去を持つ小柄なシャーロットよりも一回り大きくて、随分と大人っぽく見える人たち。
シャーロットは懸命に話題についていったし、時には話題を振ることもあった。
直近に読んだ本の内容についての話が出ると、シャーロットはつい夢中になって話し込んでしまったのは覚えている。
そして、パーティーの終わる頃。
「シャーロット様?でしたかしら。淑女が読書ばかりして、そのように知識をひけらかすものではありません。下品ですわ」
一人の令嬢に言われたのだった。
その周りの令嬢たちも口々にシャーロットを貶めた。「地味なドレスで……」「殿方に取り入ろうとして……」「趣味が読書だなんて……」
ぐるぐると言葉が回る。生まれて初めて受ける他人からの残酷な仕打ちに、シャーロットは蒼白な顔で会場を後にしたのだった。
「それから、お茶会に行くのが、怖くなってしまって……。だけど、いつまでも義務を怠っていてはいけないと思っています。デビュタントに向けて、今、猛特訓中で。だから、私は……」
ため息が聞こえた。
「くだらないな」
微かに怒りが含まれた言葉に、シャーロットはぎくりとした。
「あ……すまない。君に対してではない」
珍しく慌てた様子をみせるテオ。首を傾げていると、テオは鼻を鳴らして吐き捨てるように続けた。
「その貴族の連中のことだ。ただのやっかみだろう」
「やっかみ…?」
「君のことだ。きっとそれまでに培った教養を見せつけたんだろう。14歳で突然現れた令嬢が話題を攫って注目されたら、面白くない奴もいるだろう」
「……」
家族には心配をかけたくなくて、ここまで詳しくは語らなかった。
何か言われたとしても気にするなと、言われていたけれど。甘えて、引きこもっていることを許されてきた。
ただのやっかみ。そのように言ってもらえると、心が軽くなるようだった。
「それに…見た目の問題もある」
…確かに、地味だと言われた気がする。
「違うぞ」
じとりとした視線。低い声。
「?」
パチリと、目を瞬く。
「勘違いしているだろうが、それは違うぞ。君は……」
視線を彷徨わせるテオ。
「君は…線は細いが……美しいだろう」
不機嫌そうな顔で目線を床の方に向けているが、その耳が赤くなっているのがわかった。
じわじわと恥ずかしさがこみあげる。
でも、うれしい。
そんな風に思ってくれていたなんて。
家族やマーナ以外に、容姿を褒められたのは初めてだった。
「ありがとうございます。うれしいです」
シャーロットはふわりと微笑んだ。
「私…頑張ります。テオさんに、そんな風に言ってもらえて、なんだか自信がつきました。今度こそ、家族のためにも、自分のためにも。貴族に生まれた者として胸を張れるように」
そう真っ直ぐに言い切ったシャーロットを、テオは眩しそうに見ていた。青の瞳を優しく細める。
「ああ。君なら大丈夫だ。」
前回二人が会えなかったので、個人的にときめきが足りなくて投稿しました。
お読みいただきありがとうございます。
明日もまた投稿します。