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 毎週金曜日は読書に加えて本棚の整理の日となった。それから、少しだけ他愛もない話をする日。


 あの日、テオのわかりにくい優しさに触れた後。

 金曜日を迎える度、シャーロットは楽しみであるのとともに、なぜかそわそわと落ち着かない気持ちになるのだった。




 冬の始まりのある日、シャーロットは母とマーナと共に仕立て屋に来ていた。


「ようこそいらっしゃいました、コックス様」


「娘のデビュタントのドレスをお願いしたいの。よろしくね」


「かしこまりました。では、奥の方へ」


 慇懃な態度で案内する店員に付いて、試着室へ入った。

 シャーロットの採寸をしている間、母が店員にあれこれと注文をつけているのが聞こえる。

 身体が弱いので露出は控えめに、でも華やかに、デザインは流行を外さずにいて下品にならず……と、キリがない。

 シャーロットは内心苦笑いしていた。職人の方も大変だろう。

 採寸が済むと、生地の見本がいくつも並べられた。

 こうして自分で足を運んでドレスを仕立ててもらうのは、随分久しぶりである。


 さまざまな色や質感の生地が広げられていく様子が美しく、シャーロットは気分が上向くのを感じた。同時に、少しの緊張も。


 母がいくつかの生地を指差し、それをシャーロットの肩に合わせて見ていく。


 桃色、黄色、緑、橙、紫……


 色の洪水のような景色の中、たった一枚。

 その生地に、シャーロットは吸い込まれるように目を奪われた。


「あの色がいいです」


 気がつくと口に出していた。


 母には少し落ち着き過ぎていないか、と心配されたが、大丈夫だと答えた。代わりに装飾を工夫してもらうことにして、母も納得してくれた。


 夜になりかけの空の色。深い、青。


 この色を纏ったら、きっと心強いと思った。




*******




 季節は本格的に冬になり、寒さが増してくると、シャーロットは久しぶりに風邪をひいた。

 軽いものだったが、過保護な家族たちはシャーロットを閉じ込め、数日で治りかけたというのにさらに1週間、外出どころか部屋を出るのも禁止にされてしまった。

 部屋のベッドでため息をつく。


 明日は、会えるかしら……


 無意識にそう考えてしまって、シャーロットは動揺した。真っ先に考えたのは、本のことではなくて…


 控えめなノックが聞こえ、マーナが部屋を覗き込んだ。


「お嬢様。お加減はいかがですか」


 水差しを取り替えに来たようだ。起きているのを確認すると、心配気にシャーロットの顔を覗き込む。顔が赤くないだろうか。


「ただの風邪よ。もう大丈夫なのに」


 マーナは眉を下げた。


「そのようで安心しました。ですが、皆さんの心配も、わかってあげて差し上げてくださいね」


「そうね、わかっているつもりよ。ありがとうね、マーナ」


 マーナが行ってしまうと、淑女の嗜みである刺繍に取り組む気にもなれず、ぽすんとベッドに倒れ込んでしまった。





 昼間に寝てしまったせいか、夜中に目がさめてしまった。空気が冷たい。暖炉の火も消えているのだろう。


 目が冴えて、すぐには眠れそうにない。

 シャーロットはガウンを羽織り部屋を出ると、暖かい飲み物を求めて食堂へ向かった。

 ドアの前まで来ると、話し声が聞こえた。


 お母様……?


「あの方、シャーロットのことをやれ引きこもりだお荷物だなんだって、一体あの子の何を知っているつもりなのかしら!」


「エリザ、落ち着きなさい。言わせておけばいい。シャーロットは今は社交を休んでいるが、デビュタントに向けてあんなに頑張っているじゃないか」


「そうだけど、悔しいのよ!あんなに優しい、いい子なのに……!」



 胸が、痛い。


 息が詰まって、シャーロットは足音を立てずにその場を後にした。

 部屋に戻るとベッドに突っ伏して、頭から布団をかぶる。


 本来ならば、シャーロットは社交の練習を始めているはずだった。

 シャーロットはそれを放棄している。

 令嬢教育をこなしているのを言い訳に、逃げ続けているのだった。


 ごめんなさい……お母様、お父様……!


 涙はなかなか枯れなかった。




*******




 テオは手にしていた本を閉じて、席を立った。


 今日は来なかった。


 特に約束をしているわけではない。ただ、たまたま毎週顔を合わせている。それだけだ。

 病弱だったと言っていた。体調を崩したのかもしれない。


「……」



 薄青の折り紙を取り出し、月明かりに透かしてみる。東方の国から取り寄せたそれを、使う機会が訪れるとは。


 テオは幼い頃、魔法に魅入られた。

 東方の国から来たという商人が、子どものテオにこっそり見せてくれたことがあったのだ。この国では見ることのないその神秘的な術に、テオはすっかり虜になってしまった。

 しかし現在のこの国ではほとんど見ることはない。そんなものは役に立たないと言われた。もっと国のためになることを、と。国から出られない自分は、諦めるしかないと思った。


 王立図書館には、少ないが魔法に関する本が置いてある。それを読む権利をなんとか勝ち取り、司書として図書館に入り浸るのを許されているのだった。


 彼女を見ていると、落ち着かない気持ちになる。

 このままでいいのか。それはむくむくと膨らんできて、時に心が押し潰されそうに軋んだ。



 綺麗に整えられた本棚。少しかがむと、そっと、並んだ本の背表紙を撫でる。

 その表情が優しく緩んだ。



お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや星をつけてくださった方、とても感謝しています。励まされます。

予定ではこのくらいで完結だったのですが、なかなか終わりません…。

明日も更新します。

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