仲良きことは
「いいえ、アルバート。シャーロットは線が細いからそのデザインではあの子の魅力が引き立たないわ」
「そうでしょうか? しかし母上、そのデザインは公爵家の婚約者としては少々可愛らし過ぎるのでは?」
「お二人とも、さすが彼女のことをよく理解しておられる。時間はまだたっぷりあるので、他の物も見てから話し合うのはいかがだろうか。しかし私としては色はこちらの方が……」
シャーロットは困惑していた。
それから、衣装を持ち込んだ仕立て屋たちも。
こじんまりとしたコックス子爵家の、そのいっとう広い部屋には色とりどりの布が所狭しと並べられ、さらに数えきれないほどのドレスも運び込まれていた。
そのうちの数着を前に、大貴族スタインフェルド公爵家嫡男を含む3人の男女が舌戦を繰り広げていた。
「あのう……」
生え際に汗が光る初老の男性ーーこの国有数の仕立て屋であり、王族からの依頼も受けたことがあるとかーーが恐る恐る声をかけると、三人は一斉に振り返った。
その迫力に慄いたのか、彼はそれ以上口を開くことはなかった。そして其処此処に置かれている、ドレスをまとう人形の如く静かに佇むことにしたようだった。
シャーロットは経験豊富であるはずの彼のその様子に驚き、同情した。再び繰り広げられる三人のやりとりを眺めながら思う。
ここは自分ががんばらなくては。
勇気を奮い立たせ、ほとんど叫ぶように声をかけた。
「あの!」
彼らは再び、同時に振り返った。成人貴族三名の真顔に怯みそうではあったが、ぐっとこらえる。
「今回は婚礼の衣装ではなくて、王太子様の生誕祭の衣装を決めるのではありませんか?」
母エリザは、今初めてシャーロットの存在に気がついたとでもいうような顔をした。
兄アルバートはハッとした顔の後、「妹よ、よく言えたな」と言わんばかりの優しい微笑みを浮かべた。
テオドールはその美しい瞳でじっとシャーロットを見つめたかと思うと、あごに手を当ててシャーロットとドレスを見比べ、ううむ、と唸った。
「そうだったわね。とりあえず、舞踏会よね」
はじめに気を取り直したのは母だった。ほっとしたシャーロットだったが。
「でもイメージが浮かびそうなのよねえ……もう少し検討させてちょうだい」
「お母様……」
婚礼はまだ先なので、婚礼衣装については今すぐに検討する必要はないのだが。
どうやら母エリザはシャーロットの結婚式で頭がいっぱいのようだった。
先が思いやられる。
シャーロットと仕立て屋は、思わず目を見合わせた。
王太子生誕祭。
読んで字の如く王太子の誕生日を祝うための行事であり、近隣の国々からの来賓や国中の貴族たちが一同に会する日。
この国において最も重要なイベントの一つである舞踏会が、すぐそこに迫って来ているのだった。
そのためのドレスを仕立てるという段になって、ひと悶着起こった。
婚約者なのだからと自分が用意するつもりだったテオドールと、もうすぐ嫁いでいく娘にドレスをプレゼントする機会が欲しい家族と、どちらがドレスを仕立てるのかという争いである。
長い長い平和的協議の結果、母、兄、テオドールの三人が話し合いで決めるという、あまり効率的でない手段が取られることとなった。
場所は紆余曲折の末に子爵家にて。公爵夫妻は遠慮し、父マーカスはどうしても日程の調整がつかなかったため泣く泣く仕事に出かけた。
予想はできたことだが、この「話し合い」も長時間に及んだ。
シャーロットは昼食時を除いてずっと同じ部屋で着せ替え人形と化すという、なんとも長く密度の濃い一日を過ごした。お忍びの日に歩き続けたときよりも疲れたような気さえするが、どうやら意気投合したらしい三人の様子を見るのはうれしかった。
そしてようやく暫定案が決まった頃には、もう夕刻と言っていい頃合いであった。
馬車まで見送りたいと申し出たシャーロットは、テオドールと並んで門へ向かう。長い影が寄り添う様に笑みがこぼれた。
公爵家の馬車はいつ見ても、この家の門前に似つかわしくなく立派だ。まだ慣れない。御者は品良く前を向いている。
シャーロットは口を開いた。
「テオ様。今日は長い時間、私たちにお付き合いくださってありがとうございました」
テオドールは眉を寄せた。
「君は……」
屋敷の方に視線を投げるその顔を見た、次の瞬間。
手を、取られた。
優しく強引なエスコート。
そのまま馬車へ乗り込んでしまう。
腰を引き寄せられ、隣に座らされたシャーロットは焦る。
「て、テオ様!?」
「さんだろう?」
ひそめられた声。
青が近い。今日は素顔の彼だ。
思わず目を逸らす。
「テオ、さん……何を」
「シャーロット、他ならぬ君のドレスを選ぶんだ。僕だって納得のいくものを選びたい。それは君も、君のご家族も同じだ」
おずおずと顔をあげると、その表情は柔らかい。
「そして今日、無事に意見を擦り合わせることができて、僕は満足している」
テオドールはシャーロットの栗色の髪をそっと撫でた。
再び目を伏せたシャーロットに、彼は言う。
「だというのに、随分他人行儀じゃないか?」
寂しげな声色だが、きっと目は面白がっているのだろう。
しかし、思い出してしまう。馬車の中で二人。
熱が集まる。目が回りそうなほど。
「……ごめんなさい……ただ、私の家族は、その……ちょっと変わっていますし、お疲れになってはいないかと」
空気が揺れ、目を上げると、テオドールはくつくつと笑った。
「なかなか楽しかった。義母上とは気が合いそうだし、アルバート殿ともまともに話せたしな。彼とは、君のドレスのことであれば仲良くできそうだ」
「それは……何よりです」
それは良いのだろうか。いや、仲が良いことには違いない。しかし今後その機会はあるだろうか。
「皆で考えたドレスだ。楽しみにしている。試着の際にもお邪魔しよう」
「あ、はい! 楽しみ、ですね」
ふと頭をよぎった考えが、言葉を途切れさせた。
「どうした?」
彼は、ほんの僅かな戸惑いにも気づいてしまう。
「いえ」
「……」
誰かの足音が近づいてくる。
馬車の扉は開いたままだ。
「シャーロット」
呼ばれ、顔を上げる。
肩に、触れるか触れないか。ふわりと抱き寄せられ。
「大丈夫だ。僕がいる」
耳を掠めた囁きが熱い。
でも、ひどく安心した。
「帰るぞ、シャーロット」
苛立ちの混じる兄の声。
悪戯っぽく細まった青の瞳に、シャーロットも微笑みで返した。
テオドールの婚約者として参加する初めての舞踏会に向けて、準備が始まった。
お読みいただきまして、本当にありがとうございます。
お話は変わりませんが、少しずつ修正をしていますので、もし何か通知などが行ってしまっていたらすみません。