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初めての街歩き  前

前後編の番外編です。


 どうしてこんなことに……?


 シャーロットは鏡の前で呆然としていた。


 栗色の髪はゆるく三つ編みにして垂らし、萌黄色のワンピースを着せられたシャーロットは、まるで町娘のような姿だった。




 テオドールと婚約してから、シャーロットは何度か二人で外出をした。

 一度目は、二人で公爵家への挨拶に。正直な話、緊張で記憶が飛んでいるが、ご両親である公爵家当主夫妻は身分が低いシャーロットにもにこやかに接してくれ、和やかなムードだったのは覚えている。お菓子がとても美味しかった。

 二度目は、観劇だった。公爵家の煌びやかな馬車で迎えに来たテオドールは、これまたまるで王子様のような出で立ちで、シャーロットは固まった。緊張で所々記憶が飛んでいるが、素晴らしい劇には感情移入し、観終わった後テオドールに涙を拭われて再び固まったのは覚えている。



 そして三度目の今日。行き先は再び観劇と聞かされていた。またも王子様然としたテオドールにエスコートされて豪華な馬車に乗ると、少し走ったところで何故か止まった。にっこり笑ったテオドールに手を引かれて馬車を降ろされたかと思うと、そばに止めてあった質素な馬車に乗り換える。

 何事かと問うても唇に人差し指を当ててニヤリと笑うテオドールは、何も答えてくれず。あれよあれよと言う間に、一軒の店のような場所に連れて来られると、待ち構えていた女性に攫われるようにして部屋に連れて行かれ、着替えさせられたのだった。


 事態が飲み込めないまま階下に降りると、テオドールが待っていた。その姿は先ほどの王子様ではなく。白いシャツに黒のズボン、眼鏡、そして銀の髪は何故か、こげ茶色になっていた。

 シャーロットが口をパクパクさせていると、テオドールはくつくつと笑う。


「これも魔法さ。本当に便利だ。それにしても」


 テオドールは手を伸ばし、シャーロットの髪を耳にかけた。


「似合うじゃないか。すっかり町娘だな。しかし……」


 そう言うと、店内にあった黒縁の眼鏡を手に取り、シャーロットにかける。


「うん、これで行こう」


 あまりのことにされるがままだったシャーロットだが、ハッとして言った。


「え、あの、今日は一体……観劇は……?」


「うん、観劇は無し。今日は街歩きだ、シャーロット。行きたいところへ行こう」


 テオドールは悪戯っぽく笑った。


「いわゆる、お忍びだ。今日は、様は禁止する。テオと呼ぶように」


 エスコートをするように、テオドールは手を出した。シャーロットが躊躇いがちに手を乗せると、そうじゃない、と繋ぎ直される。

 手と手がより深く触れ合うような繋ぎ方に、シャーロットは顔が熱くなる。テオドールはニヤリと笑った。


「街の恋人たちは皆こうやって繋ぐんだそうだ、シャーロット」


 

 


 連れられて一歩外に出ると、そこはもう街の中心だった。

 賑やかな人々の声が、耳に飛び込んできた。たくさんの人たちの衣服、店の看板や軒先の色とりどりの様子。それから、匂い。食べ物や、何かの煙、歩いている女性たちの香水の香り。


 シャーロットは初めて間近で見る街中の雰囲気に呑まれ、思わずきゅっと繋いだ手を握る。すると、優しく握り返された。


「さあ、どこへ行こうか?」


 顔を覗き込まれ、シャーロットは戸惑う。


「あの、こんなこと、いいんでしょうか……?」


 今更ながら、家族は知らないだろうということに思い当たり、尻込みしてしまう。しかし。


「大丈夫だ。何せ僕は公爵家だから、責任はいくらでも取れるさ」


 片眉を上げて戯けるテオドール。


「だが、そうか。君は街中は初めてだな?ではお勧めの場所をいくつか案内しよう」





 二人はまず屋台で菓子を買い、近くのベンチで座って食べた。シャーロットは現金を支払う様子を初めて見たが、こういう時は男性が持つのだと言われてそのまま納得した。揚げ菓子など食べたことがなかったシャーロットは、目を丸くして感動した。


「なかなか美味いだろう?甘い物が好きなら間違いないと思った」


 テオドールの得意げな様子に、シャーロットはようやく緊張が緩むのを感じた。くすりと笑う。


「間違いない美味しさでした」



「やっと笑ったな」


 見上げると、優しい青い目がこちらを見ていた。シャーロットはどぎまぎしてしまい、目を逸らす。ふっと笑って、テオドールは再びシャーロットの手を取った。


「よし、次だ」


 二人は雑貨屋でよくわからない置き物を見て笑い、広場の大道芸を見て手を叩き、店に並べられた丸ごとの果実を初めて見たシャーロットが驚き、テオドールがからかって、笑い合った。




 そろそろ休憩をしよう、と連れて来られたのはテラス席のある洒落た店だった。昼過ぎのカフェは賑わっていて、手を引かれていなければ足が止まってしまいそうだった。

 空いている席に座る。メニューも見てみたが、先ほど菓子を食べたので、軽いものを見繕ってもらうことにした。躊躇いなく手を上げて店員を呼ぶテオドールは、どうも手慣れているように見える。シャーロットは今更ながら疑問に思う。公爵家の嫡男が、何故こんなに街に溶け込めるのか。


「慣れてらっしゃるんですね、テオさ……ん」


 様、と言おうとして、慌てて言い直す。テオドールはよくできました、とばかりに目を細めた。


「たまにこんな風に街に出る。変装すればそうそう気がつかれないし、それに……」


 言い淀むテオドールに、シャーロットは首を傾げる。


「いや、こういうことに詳しい友人がいてな」


 なんだかとても嫌そうな顔になったテオドールだったが、注文した食事が届いて話は有耶無耶になってしまった。



 


たくさんの方に読んでいただき、とてもうれしく思っています。本当にありがとうございます。

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