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 閉館間際の王立図書館。

 その内部で、人気のない本棚の間を動く人影があった。

 棚から一冊を抜き取り、別の場所に移動させる。


 その動作を何度か繰り返した後、かすかに満足気な表情を浮かべたのは、ドレス姿の一人の女性。


 リーン、ゴーン


 閉館の合図の鐘が聞こえた途端、女性は辺りを見回すと、逃げるようにその場を後にした。




 一部始終を見ていた者がいたことには気がつかずに。



「ふうん。"図書館の妖精"は、どこぞのご令嬢だったか。」





*******





「マーナ、待たせてごめんなさい。帰りましょう」


 図書館を出るところで、待機していた侍女のマーナが駆け寄ってきた。


「お嬢様、閉館の鐘が鳴る前には出てくるお約束ではありませんか!」


「ごめんなさい、楽しくて……今日は人が少なかったものだから」


「まったく。この調子では、私がやはり中まで付いて行かなくては」


「次は気をつけるわ。だからお願い、今日は見逃してくれない?」


 へにゃりと眉を下げて頼まれては、マーナはそれ以上強くは言えなくなってしまう。


「次はありませんからね」


 つい緩みそうになる顔を引き締めて注意するマーナに、女性は――シャーロットは、ありがとうと微笑むのだった。




 待たせていた馬車で屋敷に帰ると、兄のアルバートが出迎えてくれた。王宮で騎士をしている5つ年上の兄は、駆け寄って来るとシャーロットを力一杯抱き締めた。


「シャーロット!私よりも帰りが遅いとは心配したぞ!これだから、仕事帰りに迎えに行くというのに!」


 ぎゅうと力を込められ、幼い子供にするようにわしわしと頭を撫でられる。


「た、ただいま帰りましたわ。心配をかけてごめんなさい、お兄様。でも私はもう子どもではないので、こういうことは……それに、ちょっと苦しいです!」


 もぞもぞと腕の中で抵抗を試みるシャーロットだが、びくともしない。


「そうですよ、アルバート様。お嬢様はもう立派な御令嬢です。それに、そんなに力任せにしてはお嬢様が窒息してしまいます!お控えください!」


 見かねてマーナが声をあげた。

 そうか?と腕の拘束を緩めると、アルバートはシャーロットの頬を優しく撫でた。


「いつまで経っても、シャーロットは私のかわいいかわいい妹だよ。デビュタントなどせずとも、ずっと家にいたらいいのに」


「それは、どうかと…」


 苦笑いするシャーロット。

 兄のお嫁さんになる人が気の毒である。


「元気になったのは喜ばしいが、シャーロットが貴族の一員として外の世界に出て行くのかと思うとな…心配で胃に穴が開きそうだよ」


 少し大袈裟な口振りの中に心から案じる様子を読み取り、シャーロットは微笑んだ。


「お兄様。私は大丈夫です。病気はもう完治したとお医者様も太鼓判を押されましたし、これでも、マナーの先生には優秀と褒められているのですよ?」


 ふふん、と少しおどけてみせると、アルバートは優しく笑んだ。


「そうだな。お前はコックス家自慢のレディだ」




 シャーロット・コックスは、父に似た栗色の髪に母譲りの新緑の瞳を持ち、子爵家の娘として産まれた。しかし体が弱く、生まれてからずっとほぼ寝たきりの生活を余儀なくされていた。


 それでも、優秀な医師の治療や過保護な家族の献身の甲斐があり、12歳になる頃にはようやく完治のお墨付きを得ることができた。


 動けるようになったシャーロットは、それまでの遅れを取り戻そうと、栄養をとり、リハビリを乗り越えて、周りが驚くほどの努力を重ねてきた。14歳になる頃にはその成果が現れ、身長も伸び、身体つきも娘らしくなり、ドレスも着られるようになったのだった。


 今年で16歳。王宮でのデビュタントの舞踏会に参加するため、母の主導の元、マナーやダンスなどの令嬢教育が急ピッチで進められているところだ。




「シャーロット、身体の調子はどうだ?今日も図書館に閉館までいたそうではないか。」


 晩餐の時間になると、父マーカスが心配そうに尋ねてきた。


「そうよ、あなたがどうしても一人でというから、マーナも送り迎えだけにしているけれど。いくら王立図書館とはいえ、何かあったらどうするのです?」


 母のエリザも眉を顰めている。


「お父様。お母様。ごめんなさい。もっと早く帰るようにします。だけど、図書館にはどうしても一人で行きたいの」




 シャーロットは本が好きだ。

 寝たきりのころから、家族や使用人たちは皆優しくて愛してくれたが、友達はいなかった。本だけが、ずっと友達だった。


 本を開くと、別の世界が広がっていた。

さまざまな物語、想像もしていなかった事実。行ったことのない場所、会ったこともない人々。

一瞬で、ベッドの上の病弱令嬢シャーロットから解き放たれ、本の世界へ旅立つことができた。


 次第に、紙とインクの匂いや、本をめくる音を聞いているだけでも胸が踊るようになった。

 一人きりで本の世界を楽しむのが好きなシャーロットはある時、夕方の王立図書館の隅に、お気に入りの場所を見つけたのだ。


 本に囲まれて、本を感じながら本を読む。とても、贅沢な時間。


 誰にも邪魔されずにいたい。



 これまで様々なことに耐えてきたシャーロットの唯一のわがままに、娘を溺愛する家族は苦渋の決断を強いられたのだった。



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