魔族との戦い
四日後、予定よりも早く着いたアクス達は町の近くで馬車を降り、エリスは御者に近くで身を隠すように伝える。
二人は赤と黒に染まる町へと走り出す。
町の前に着いた二人は、町を囲む侵入者を阻む高く厚みのある壁が瓦解し、家々は焼かれその黒煙が天を覆っているのを見た。
その光景にアクスの脳裏に記憶がフラッシュバックする。断片的に再生されたそれは恐怖で震える自分と燃える音と臭い、人々の悲鳴と断末魔、そして人ならざる者達の笑い声だった。
頭を押さえ、ふらつくアクスは黒煙の中を歩く魔族を見つけ抜刀し走り出す。
「アクス!一人で突っ込んじゃダメ!」
エリスの声が耳に届く頃、不意を突かれた魔族は短く叫び絶命する。
無意識に切りかかったアクスはエリスの声に我を取り戻す。
俺は今何を?・・・そうか魔族を切ったのか。だめだ、冷静になれ怒りを押さえろ。
深呼吸をし落ち着きを取り戻したアクスの少し離れた物陰から三体の魔族が現れる。
「ニンゲン?マダイキテイルノガイタノカ?」
人語を話す魔族に驚くアクス。それもそのはずで、今までゴブリンなどの人型の魔物と戦っても人語を話した魔物はスカイを除いて一体もいなかったのだ。
そのスカイすら、使い魔契約をしなければ話せなかったことを考えると、目の前の魔族は魔物とは違う生き物なんだとアクスは理解し、警戒を強める。
「小僧!後ろだ!」
スカイの言葉に振り向いたアクスは一体の魔族から奇襲を受ける。
反応が遅れたアクスを鋭い爪が切り裂く瞬間、突如巨大な氷柱が魔族の体を貫き絶命させた。
「アクス、大丈夫?」
駆け寄るエリスの元へと後退するアクス。
「ありがとう、助かったよ」
「小僧、お前は弱い。こいつらは雑魚だが、お前よりかは幾分か強い。
主の援護を受けながら戦え。我を忘れて一人で突っ込むなぞ自殺行為だ」
と、前足で頭を叩く。
「そうよ。魔族が憎いのは分かるけど、一緒に旅をしているんだから、一人で戦っちゃだめ」
「ごめん、二人共」
二人の言葉が深く刺さったアクスは素直に謝罪をする。
そうこうしているうちに三体の魔族は数メートル手前まで近寄って来ていた。
二体は各々剣と槌を構え、残る一体は杖を持っていた。
「スカイ、アクスが突っ込み過ぎたら止めてね」
「御意」
左右に別れじりじりと距離を詰める二体に対し、アクスは杖を持つ魔族に相対するように真ん中でジッと剣を構え、どこからの攻撃にも対応出来るようにした。
その時、右の魔族が切りかかって来るがアクスは胸騒ぎがして、それを受けず前に飛び避ける。
「キヅクトハヤルナニンゲン」
と槌を持った魔族が剣を持った魔族の横に立ち感心したように話す。
「何となく時間差攻撃が来そうな気配がしたからな」
そう言うアクスの背中に火球が迫って来る。
「小僧、後ろだ!」
その言葉に従い咄嗟に避けるが、それを読んでいたというように魔族は切りかかる。
「くっ」
キンっという音が鳴り、辛うじて剣を受けたアクスの背中に、先程の火球を纏った槌が振り下ろされる。
「スカイ!」
「分かっております!」
ドンっと鈍い音を立て、スカイの張るシールドに阻まれた槌を持つ魔族は驚いた顔をし、距離を取る。
「この連携相手に一人じゃ無理ね。
アクス、私達で残りの二体は抑えるから目の前の魔族に集中して!」
「分かった」
エリスとスカイは極力アクスの修行になるようにと、手を出さぬようにしていたがこの三体の連携は、さすがにアクスには荷が勝ちすぎていると判断しエリスは手助けする事に決めた。
一方アクスは、信頼できる二人が背中を守ってくれるとあって目の前の魔族に全力を注ぐ。
「同じ剣同士戦おうか」
「ナメルナヨニンゲン」
魔族の振り下ろしを剣で受け、それを跳ね上げるアクス。
その勢いを生かし魔族の腹を横薙ぐが魔族はそれを後ろに飛び避ける。
だがイクスの切っ先が魔族の皮一枚を切りつける。
その傷口からは魔族特有の青い血が流れるのを見た魔族は、怒りのままにアクスに切りかかる。
その少し前、スカイはアクスの肩から下り、アクスを視界に入れつつ超水圧を繰り出し、槌を持つ魔族に攻撃を仕掛ける。
避けたその場所に続けざまに繰り出された超水圧が襲い掛かり、魔族はなす術も無く吹き飛ばされ、スカイは大したことないと鼻で笑う。
魔族の魔法は数種類の属性を繰り出し、相当な使い手だと思われたがその練度は精々が中級止まりで、全ての属性を上級まで扱えるエリスの敵ではなかった。
力の差を分からせようとしてか、魔族の魔法その悉くをエリスは同じ魔法で相殺していく。
この二人はやっぱり強い、攻撃に余裕が感じられる。俺も早く追いつかなきゃ。
とアクスは二人の攻撃を音で聞き取りそう思いながらも一合二合と切り結ぶ。
両者の攻撃が徐々に当たるようになってきた頃、両者は距離を取り呼吸を整える。
その頃には両者の体に数か所の浅い切り傷が所々に刻まれていた。
魔法使いはどうやっても相手の魔力量とその実力に敵わない事を悟り、目の前に炎の壁を作り出しそれを目隠しにして逃げ出す。
「逃がさないわよ」
そう来るだろうと思っていたエリスは、視界が炎で遮られる前に魔法使いの周囲に魔法を展開する。
土魔法による壁に囲まれた魔法使いは、唯一壁の出来ていない方へと走り出す。
それより少し早くエリスの氷魔法が炎の壁を凍らせ、そのまま奥にいる魔族を襲う。
振り向き走り出した瞬間に襲い来る冷たい風に、なす術も無く凍らされた魔法使いは氷が砕けると同時に絶命する。
「グッ、イヌノクセニツヨスギル。キサマノシュゾクハナンダ?」
柄を支えに立ち上がり血を吐きながら、歩み寄るスカイにそう聞く魔族。
本来なら即死の所を、咄嗟に槌を盾にしたおかげでそれを免れた魔族だったが、ダメージは見た目以上に重く、また武器である槌は大破し残ったのは柄の部分だけだった。
スカイは鼻で笑い、超水圧で魔族の足を左右から挟み骨を砕く。
前に倒れ、痛みに叫ぶ魔族の耳元に口を近づけ誰にも聞こえない程の小さな声で話す。
「私の種族か?冥途の土産に教えてやろう。私の種族は・・・」
その言葉を聞いた魔族は驚き、その顔は見る見るうちに恐怖に染まり許しを請う。
その姿にスカイはニヤッと笑い、魔族の顔に安堵の色が浮かんだ数瞬後、その首に石で出来た槍が突き刺さり魔族の首は力なく前へと倒れる。
生きていたそれを冷たく見下ろすスカイは、踵を返す。
「小僧はどんな感じだ」
と歩き出す。
一足先に終わらせたエリスは炎の壁と土壁を消し、アクスの戦いを見ていた。
「あなたの魔法は水系だけと思っていたけど違ったのね」
歩み寄るスカイに気付きそう話すエリス。
「隠し玉の一つや二つは持っておくものですから」
とエリスの横に座りアクスを見るスカイ。
「それもそうね。ところで、何を話していたの?」
ゆっくりとエリスを見上げ、一言返す。
「取るに足らない事ですよ」
と視線をエリスからアクスへと再び移す。
エリスは話す気が無いことが分かり、視線をアクスに移した。
森でその隠し玉を使われていたら私は負けていた。きっとスカイは私よりも強い。
それなのに私の方が強いと言って主従関係を結ぶ・・・意味が分からない。
まぁ、良いわ。それより今はこの町をどうにかするのが先ね。
「はぁはぁはぁ、やっぱり魔族は強いな」
腕を切りつけられ、血を流しながら距離を取るアクス。
アクスは戦いながら少しずつ動きに無駄が無くなっていき、最早両者の実力は拮抗していた。
まだ荒削りの剣とは言え、アクスの成長速度には目を見張るものがあった。
それを感じ取った魔族はこのままでは負けると悟り、早急に止めを刺そうと自身の剣に手を翳し黒い靄を纏わせる。
「闇魔法のエンチャント?魔族ってあんなことも出来るの?」
「戦いに特化した種族ですから、あの程度の雑魚でもあれぐらいは出来ます。が、小僧には分が悪いかも知れません」
エンチャントは中級魔法なのだが、それを簡単に出来るとは先ほどの魔族も含めてこの三体は本当に大したことが無いのだろうかとエリスは思い、心配そうにアクスを見る。
ギンっと甲高い音が響く。
「ニンゲン、シッテイルカ?ヤミマホウハアイテノセイメイリョクヲウバイ、ミズカラノカテニデキルノダ」
鍔迫り合いながら魔族は笑う。
生命力を奪う?実感はないけど逃げる訳にはいかない!
その瞬間、イクスは仄かに光り出す。
同時に黒い靄は全て霧散し、身の危険を感じた魔族は素早く後ろに飛び退き、自身のエンチャントが消えた事に驚く。
「あれは光属性のエンチャント?いえ、何か違うあれは一体・・・」
小僧が魔法を使った感じは無かったところを見ると、イクスが力を貸したと見るべきか。
それとも原初の光魔法を使ったのか?
驚気を言葉に出すエリスと、その現象に答えを導きだせずに考え込むスカイ。
魔法に長けたエリスの目から見てもイクスの光はそれほどまでに異質なものだった。
エリスは気付いていなかったが、そもそもスカイの予想通りアクスは魔法を使っていないのだ。
魔法使いとしての目線で見るとエンチャントをしているように見えるが、魔法が発動していない。そこに気付けない辺り、まだまだエリスには未熟な部分があるとも言えた。
アクスは一気に距離を詰め、切りかかるがその全ては空を切る。
それでもアクスの攻撃は止まず、徐々に速度が上がっていく。
軽い。剣だけじゃなくて体まで軽く感じる。イクスが力を貸してくれているのか?
尚も上がり続ける速度に日々の鍛錬のおかげでアクスの姿勢は崩れることなく、剣を振るう。
次第にその斬撃は文字通り空を切り高い音へと変わっていく。
魔族は嫌な予感がして剣で受ける事をせず、避けに徹していたが止まる事無く速度が上がり続ける連撃に、このままでは埒が明かないと後退しつつ反撃を繰り出す。
冷静に見ていたアクスはそれを難なく避け、逆に腕を切りつける。
魔族は先程とは違い焼けるような浄化の痛みを覚えるが、あんな神器など聞いた事が無いと困惑しながらも剣を振り下ろす。
アクスはその攻撃を避けるでも受けるでもなく、イクスで横薙ぎし難なく両断する。
驚く魔族の体をアクスはそのまま斜めに切り上げる。
「グァァァァ!」
断末魔を上げ、魔族の体はずるっと滑り落ちそのまま倒れる。
それを見たアクスは肩で息をしながら剣を落し、その場に膝を付き震える両腕を見つめる。
駆け寄ってきたエリスの回復魔法で体の震えが止まったアクスは礼を言い、輝きを失ったイクスを拾い上げ鞘に納める。
「調子に乗って限界を超えた動きをするから、全身の筋肉が断裂したのだろう。
勝ち方は豪快だがその実、紙一重の勝利だったな。まだまだ反省点は山積みだぞ、小僧」
「分かってる」
とスカイを肩に乗せ歩き出す。
「本当にアクスはスカイに甘いんだから」
「あはは、言っている事は間違っていないしなんだかんだで助けてくれているしね」
「よく分かっているではないか小僧。なら一つ良い事を教えてやろう。魔族と戦う時は先程剣が光った時の事を思い出せ。それが後々に光魔法の習得に繋がるだろう」
分かった。とスカイに返し、アクス達は町の中を進む。