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剣に選ばれた少年と偽りの世界  作者: 長月 淳
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エリスの秘密

「エリス、俺は旅をしようと思う。だから、そろそろお別れだ」

夜、日課の素振りが終わり普段ならイクスの手入れをしている時間だが、大事な話があるとエリスにそう告げたアクスは、エリスに招かれて部屋に入り別れを口にする。

「旅?どうして突然・・・」

思いもよらぬ言葉に戸惑うエリス。

「ロックドッグを倒してから俺は、魔物に立ち向かうことが出来るようになった。そして、イクスを手に入れてから強くなったことも実感している。

俺は魔王軍と戦うだけの力を付けるために、武者修行をしたい。

罠もそろそろ全て出来るし良い頃合いだと思ったから、だからそう決めた」

「罠はそうだね。家の周りに小型の魔物用をご両親でも使えるようにと設置する事にしたもんね。

でも、旅なら二人ですればいいじゃない。私だって強くなるために旅を始めたんだし、理由は一緒よ?何より困った時は助け合えるし」

そう。アクスは自身で魔物を倒せるようになったことから、簡易的な罠を家の周りに付ける事で戦えない両親でも扱えるようにしていた。

これはアクスの案で、その時には既に自身が旅をする事を決めていたのだろう。アクスはそれとは別に食料の調達と、仕送りの準備を全て済ましていた。

それはアクスが出来る精一杯の親孝行の形だった。

罠の設置が終わればエリスの手伝いも終わり、エリスの旅を再開できる。

アクスにとってこの一連の行動は全てのやり残しを無くせるものだった。

「いや、しかし」

「しかしもかかしも無いわ」

そのエリスの言葉に、どちらからでもなく二人は笑いだす。

「今回は叫ばないんだな」

笑いの余韻を残したままそう話し、エリスは怒った素振りを見せる。

「夜にしかも人の家で叫ぶわけがないでしょ、私を何だと思っているのよ」

「あはは、ごめん。

でも良いのか?エリスは目的があって旅をしているんだろう?俺は神器を探すつもりは無いから、一緒だと目的が達成出来ないかも知れないぞ?」

笑顔から一転して、真剣な顔になるアクス。

「それは大丈夫よ。達成出来なさそうだったらその時は残念だけどお互いの旅を優先しましょう」

そう微笑むエリスの目には何かを覚悟しているような意思が感じ取れた。

「分かった。それじゃあ、よろしく頼むよ。出発は一週間後を予定しているから、それまでに準備していてくれ」

と立ち上がり、扉に向かい歩き出す。

「うん。・・・ねぇアクス」

ドアノブに伸ばした手を戻し振り返るアクス。

「もし、もしもだよ?私達が強くなって、神兵アウリエスになれる程の実力を身に付けた時に、お互いが敵対する事になったらどうする?」

アクスには遠すぎてピンとこない話だったが、真剣なエリスの表情に少し考えた後、納得したように頷き答える。

「多分、戦いたくないから逃げるかな。もちろん、その前に話し合うけどね」

「話し合うって何を?」

「どうして敵対しているのか?とか、戦わずに済む方法はないのか?とかまぁ、平和的な解決を探すかな」

「そっか、そうだよね。ごめんね、変なこと聞いて。お休みアクス」

先ほどよりも柔らかな表情で笑うエリスに、お休みエリス。と微笑みアクスは部屋を出て自室に戻る。


ふう、と短く息を吐きエリスはベッドで仰向けになり天井を見つめる。

「主はその時がきたらどうされるのです?」

「私もアクスと同じかな。アクスと戦いたくないもん。ねぇ、私達が敵対しなくて済む方法はないの?」

「ありますよ」

その言葉にエリスは勢いよく起き上がり、床に座るスカイを見る。

スカイは主を見上げ淡々と言葉を紡ぐ。

「一つは相対する前にどちらかが絶命している事。

もう一つはどちらかが、旅を止める事。

そしてこれは可能性が無いに等しいですが、イクスが覚醒し主と敵対する前に全てを片付ける事ですね」

答えを聞き脱力するようにベッドに倒れるエリス。

「何それ、どちらかが死ぬか夢を諦めるかイクスが覚醒するかって・・・そもそもイクス、あの剣は一体なんなの?その覚醒とやらはどうすれば出来るの?」

天井を見上げながら話すエリス。

「それはご自身で調べてください。さすがに世界の根幹を揺るがす事を簡単には教えられませぬ。それと覚醒させる方法ははっきりとは知りませぬ」

「そっかぁ、なら仕方ないね」

と瞳を閉じるエリス。

主、イクスがあの小僧をどれほど気に入っているのかで、[逢う]事が叶わない。そんな未来が変わります。・・・願わくば、二人にとっての最良の結果にならん事を。

スカイは窓越しに光る月を見上げ、エリスの寝息が聞こえると静かに魔法の明かりを消す。

「主、良い夢を」


「それじゃあ、父さん、母さん。行ってきます」

旅立ちの日。家の前で見送る両親にいつものように挨拶をするアクス。

「あぁ、頑張ってこい。もし、旅が出来なくなったら帰ってこい。諦める事は恥ずかしい事じゃないからな。血は繋がっていなくとも、お前は俺達の自慢の息子だ。それだけは忘れるな」

と父は右手を出す。

「ありがとう父さん。必ず帰ってくるよ」

と二人は固い握手をする。

「アクスちゃん、ちゃんと約束通りにお手紙を送ってね。それから、ご飯はきちんと食べる事。無理もだめよ」

そう言う母の目は少し腫れていた。

「うん。ありがとう母さん。必ず手紙書くよ」

そういつものように穏やかに笑う息子を見て、涙を流すまいと懸命に堪えていた母は当分会えなくなる息子の温もりを忘れぬ様抱きしめ息子の名を呼び、涙を流す。

そんな母の背中に無言で手を回し、優しく頭を撫でる。


数分後、落ち着いたマリーゼはサーフの横に立ちエリスを見る。

「突然やって来た素性も知れない小娘を、こんなに長く泊めて頂きお二人には感謝しています。このご恩は必ず返しますので」

そう深く頭を下げる姿に、サーフは頭を上げるように促しマリーゼは頭を上げた直後のエリスを抱きしめる。

「マリーゼさん?」

「エリスちゃん。短い間だったけど、私達は新しい家族が出来たみたいで嬉しかったのよ。あなたさえ良かったら、この家を自分の家だと思っていつでも帰って来てね」

確かに居心地も良くて、楽しい日々だった。だが、エリスは心の中で隠し事をしている自分がこんないい人達を家族と思ってはいけないと思っていた。

その気持ちを知ってか知らずか、マリーゼはエリスを家族だと言いここを自分の家だと思っても良いとまで言ってくれた。

今のエリスにはまだそれを伝える勇気はないが、次に会った時は全て話せる自分になっていようと心に誓い、今はマリーゼの言葉に喜びと感謝を込めた微笑みを浮かべそっと背中に手を回した。

「はい・・・必ず」


「そうそう、恩返しはアクスちゃんのお嫁さんになる事で良いわよ」

数秒後、いつもの調子になったのを見てアクスはたしなめるように母を呼ぶ。

いつもなら、顔を赤くして否定するエリスだったが、今日はいつもと違った。

「考えておきます」

顔は赤いがいつもほどではなく、頬を染める程度のままゆっくりと思いを込めるように短く紡いだ。

その様子にマリーゼだけは驚くことなく、楽しみにしているわね。と返す。


二人は両親に手を振り、両親もそれを返す。スカイは手を振る代わりに遠吠えで別れを告げた。

それから二人は振り返る事無く歩いて行く。

その背中はこの選択を後悔にしないようにと語っているようだった。

小さくなっていく背中を見てマリーゼは呟いた。

「とうとう行っちゃったか・・・」

寂し気なその肩に手を置くサーフ。

「そうだな。寂しくなるけどまた会えるさ。あいつが強くなろうとした日から、こんな日が来る事は分かっていたんだ。あいつも男だしな」

そうね。とマリーゼはサーフの肩に頭を乗せ、姿が見えなくなった二人をいつまでも見ていた。


「ねぇアクス。本当にシクラに行くの?」

「そこが最寄りの町だしね。それに昨日も話した通りその次の町へは早くてもシクラから三週間は掛かるから物資の補給も兼ねて行くつもりだよ?昨日も嫌そうだったけど何が嫌なんだ?」

エリスは気恥ずかしそうに答える。

「その・・・私の家があるから・・・」

「俺と会うまでに一週間旅をしていたって言っていた気がするけど、まさかずっと森の中に?」

うん、と頷くエリス。

「さすがエリスだな。

それじゃあ、シクラに寄るのは止めるか?食材は現地調達になるけど、それでも良いなら。

後、俺の意見を言わせてもらうと、旅の終着に自身の死って選択肢があるならちゃんと顔見て話した方がいいと思うぞ」

「~~~~~~っ!その言い方はずるいよ。・・・うー、分かった。シクラには一泊したらすぐに出る。それから、お父様には一人で会いに行くからアクスは来ちゃだめだからね」

その謎の圧に押されたアクスは、分かったよ。と返すので精一杯だった。


数日後、辿り着いたシクラの町の中は重い雰囲気に包まれていた。

「なんだか物々しく感じるな。何かあったのかな?」

「こんな雰囲気は初めてだから、私にも分からないわ。取りあえず予定通り私はお父様の元へ行って来るから、アクスは必要な物を買っていて」

と返事も聞かずに走り出すエリス。

よっぽどお父さんに会わせたくないんだな。

走り去るエリスの背中を見てそう思ったアクスの視界に一人の男性が目に入る。

「すみません。道具屋はどこにありますか?」

アクスは歩み寄り、そう男性に尋ねる。

「あぁ、それならこの道を真っすぐ行って二つ目の角を右だよ。

お兄さん、見ない顔だけどまさか傭兵志願かい?」

「いえ、旅の途中で今着いたばかりでして、この町の雰囲気といい傭兵って何かあったんですか?」

「それは悪いタイミングで来ちゃったな。実はここから西に進むとドムソという町があるんだが、昨日魔王軍が攻めてきたと連絡があったんだ。

早馬でも一週間は掛かる距離だから今はどうなっているかは分からないが、堅牢な造りの町だしひょっとしたら救えるかもしれないと急遽戦える者を集めていて、後二時間ほどで出発する予定みたいなんだ。

そう言うわけで、あまり歓迎できる雰囲気じゃなくて悪いけど楽しんでいってくれ。」

そう言い歩いて行く男性にアクスは礼を言い、一先ず道具屋に向かう事にした。


「アクスー!ごめん待たせちゃって。それと相談があるんだけど」

「ドムソに行かない?か?」

驚いた表情のエリスは、うん。と短く答える。

「俺もそう言おうとしていたんだ、エリスが行かないと言っても一人で行くつもりだったけどな」

「小僧、主はそんな選択はしないぞ」

周りに聞こえぬようにスカイはそう言う。

「確かにそれもそうだな。そろそろ出発の時間だし急ごう」

と二人は集合場所へと走り出す。


「ところで、お父さんには会えたのか?」

エリスの家が用意した馬車に揺られながらそう話すアクス。

「ううん。お父様は連絡が入った昨日に応援を招集させるようにと指示を出して、単身ドムソに向かったみたい」

「勇敢な方だな。それにしても馬車には初めて乗ったけど、エリスの魔法のおかげか凄く早いな」

エリスは一日でも早く着くようにと、個人的に出発するという形で家にある馬車を用意し傭兵達の馬車よりも早く出発していた。

更にエリスは乗り込む前に馬達に身体強化の魔法を限界まで掛け、車体には武器などに使う強化魔法を施し、その上揺れの軽減のためにと少しだけ浮かしていた。

その甲斐あってか出発してから数十分経った今、後ろに町の影すら見えなくなっていた。

今頃は傭兵達が馬車に詰め込まれ出発した頃だろう。

「・・・アクスは聞かないの?」

「聞くって何を?」

「私の家の事とか、お父様の事とか」

俯き気味に話すエリスにアクスは微笑みかける。

「それはエリスが話したい時でいいよ。何か理由があって今まで言わなかったんだろ?それにどんな理由があってもエリスはエリスだしな」

「うん。ありがとうアクス」

そう言い顔を上げ、エリスは意を決したように話し出す。

「私の父は嘗て魔王軍の四天王を倒した勇者パーティーの一人、魔導士アイゼン。

魔王との戦いに勇者が敗れた後、残された三人の仲間達は次々と魔王に倒されていくのを見た父は、その時ほど神器を持っていない自分を恨んだ事は無いと言っていたわ。

そして何とかその場を逃れ、自分の非力さを恥じた父は冒険者を引退し生まれ故郷のシクラの町に戻ったそうよ。

時が経って、その話を聞かされた私は父には神器が無かっただけで決して弱くはない、偉大な魔導士だと他でもない父に知ってもらいたい一心で、強くなって私が魔王を倒すと心に決めたの。

・・・これが私の言いたくても言えない秘密。アイゼンの娘だからと特別扱いをされたくなかったの。黙っていてごめん・・・」

俯き嫌われるかもしれないと服の裾を掴むエリス。

エリスは今までその秘めたる力に[アイゼンの娘]だからと言われ続けていた。

その結果、エリスの周りにはその力に怯える者やアイゼンの威光に縋る者ばかりで、エリスを個人として見てくれたのは両親を除くとライズしかいなかった。

だからこそエリスはアクスには傍にいて欲しかった。

対等に接して欲しかった。

その気持ちが怯えとなりずっと言えなかったのを、今それを伝えたエリスはこの数秒という僅かな沈黙がとても長く感じ、掴んだ手は白くなっていた。

「そっか・・・。やっぱりお父さんはアイゼンさんなんだね」

その言葉に驚きながら顔を上げるエリス。

「やっぱりって、気付いていたの?」

「はっきりと分かったのはこの町に来てからだよ。道具屋の店主がこの町はアイゼンさんがいるから大丈夫だって言っていたし、エリスの言う魔王から逃げた冒険者って言う情報と合致する。何より全属性を操れる魔法使いなんて数えるほどしかいないしね」

と笑うアクス。

「あはは、確かにそうだね。魔王から逃げられる人なんてお父様以外聞かないし、その上全ての魔法を扱えるとなると分かっちゃうよね。隠しているつもりがバレバレだったね」

そうか、アクスは確信していても問い詰めるでもなく、態度を変える訳でもない。本当に私自身を見てくれているんだ。

エリスは心につっかえていた罪悪感が消えた安堵感と嬉しさで潤む目を気にせず笑う。

二人を運ぶ馬車は滞りなく進み、厚い雲に覆われた空はエリスの心を表すように澄み渡る青空へと変わりつつあった。


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