神話
三十分ほど歩いた頃、アクスの家に着いた二人は裏に回り木材を下ろす。
「重かったー」
とアクスは両手をぶらぶらと振る。
「残りもここで良い?」
「うん。よろしく」
空間収納から出てきた木材は次々に積み上がり、それはアクスの背丈を超える高さになった。
「改めてみると多すぎたな・・・エリス、ちょっと待っていてくれ」
とアクスは裏口から家へと入って行く。
分かったわ、とエリスは返事をしアクスが置いた木材に腰かける。
数分後、アクスが戻って来るとエリスは立ち上がり、どうするのかを聞こうとすると家の正面から二人の男女が歩いてくるのが見えた。
「エリス。紹介するよ、俺の両親だ。父さん、母さんこの子がさっき話したエリス。魔法を使って薪の材料を運んでくれたんだ」
「初めまして、エリスと申します。アクスさんには森の中で大変なご迷惑をおかけ致しましたので、お詫びとして暫くの間お手伝いをさせて頂けるようお願い致しました。短い間ですがよろしくお願い致します」
とエリスは貴族の様に優雅な立ち居振る舞いで、頭を下げる。
「これはご丁寧に、父のサーフです。お話は先程息子から伺いました、気持ちだけで十分にありがたい話ですので、ほどほどに手伝ってやってください」
「母のマリーゼです。こんなに沢山の重い物を持って来られるなんて、よっぽどの使い手なのね」
「い、いえ。私なんてまだまだです」
とエリスは両手を振る。
「はいはい。話しが本当だと言うのが分かったなら、これをどこに置くのかを考えようよ」
更に話そうとする両親にこれ以上は長くなる気配を感じ、もう話させまいとアクスはそう言い木材を指差す。
「置くと言ってもこの量はちょっと予想以上だしなぁ」
と腕を組み考えるサーフだが、その横でマリーゼは名案が閃いたように手を叩く。
「そうだわ!それなら、ここにもっと大きな小屋を作ればいいのよ!」
「・・・母さん。そんな簡単に言うけど、それは誰が作るの?」
その言葉に母はこちらを見、父はアクスの肩に手を置きウインクしながら親指を立てる。
アクスは諦めたようにやっぱりかと溜息を吐く。
「アクス。私も手伝うわ!」
「あらあら、アクスちゃんは良い彼女を見つけたのね」
と嬉しそうに微笑むマリーゼに、二人は頬を赤く染めながら否定する。
「そんなに必死になるなアクス。ところで、エリスちゃんの家はどこなんだい?そろそろ暗くなるから、アクスに家の近くまで送らせよう」
「いえ、私は旅の途中なので近くで野宿でもする予定ですし、お構いなく」
サーフの言葉にエリスは笑顔で答えるが、母は心配からエリスの手を握る。
「旅って一人でしているの?目的地はどこ?そんな事より女の子が一人で野宿はダメよ。今日はうちに泊まりなさい」
と捲し立て、エリスの手を引っ張っていくマリーゼ。
「えっ?いや、あの一人でも大丈夫ですから・・・アクスー」
問答無用と連れて行くエリーゼの姿にエリスは戸惑い、振り向き助けを求めるようにアクスの名を呼ぶ。
アクスは苦笑いを浮かべながら遠ざかっていくエリスに手を振る。
「母さんは他人にも強引なんだね」
「誰にでもではないがな。でも、エリスちゃんが旅人って知っていたのか?」
二人はどちらからでもなくゆっくりと歩き出す。
「俺も初耳だよ」
「ここに来るまでに雑談ぐらいはしただろう?」
「あー。話しかけられたのを答えていただけだなぁ」
サーフはその言葉にやれやれと溜息を吐く。
「だって、手伝いを断っても強引にしてきたし、何か企んでいると思ってあまり関わらないようにしていたんだよ」
「なるほど、そういう事か。アクスにもモテ期が来たか?」
「なんでそうなるんだよ」
話していると、二人は玄関の前に着き扉を開け中へと入っていく。
中に入ると、洗濯籠を持ったマリーゼが小走りしているのが見えた。
「母さん、エリスは?」
「エリスちゃんは今、湯浴みしているわ。気になっても覗いちゃダメよ」
と走っていく母の背中を見るアクス。
「覗かないよ」
と呆れたように呟いた。
「そう言えばアクス。腰にぶら下がっているのが今日の戦利品か?」
と父はアクスの腰にぶら下がった布袋に視線を落とす。
「そうそう、忘れていたよ。まぁ、今日も兎の肉だけどね。後、これが今日の報酬金」
とアクスは布袋とお金を手渡す。
「いつも悪いな。助かるよ」
と申し訳なさそうに言い、受け取る父。
「俺は二人に少しでも楽をして欲しいだけだよ。あの時俺を拾ってくれたお礼もあるけど、これは俺なりの親孝行だよ。だから父さん。悪いなんて思わないで欲しい」
そう笑顔で話すアクスに父の顔も嬉しさから緩む。
「ありがとうアクス。こんな立派な息子をもって俺は幸せ者だ」
「大袈裟だよ。それより早く肉を切ろうよ」
そうだな、と二人は台所へと歩き出す。
その時、浴室から収納魔法から新たに出した服に着替えたエリスが出てきた。
「おぉ、エリスちゃん出て来たか。その服も似合っているよ。なっ、アクス」
「そうだね。似合っているよ。それと今日は我が家の定番メニューの野菜のくず入りスープと、兎肉の塩焼きとパンだから、大したもてなしは出来ないけど座って待っていてくれ」
とアクスは食卓にある椅子を指差し、台所へと歩いて行った。
「あっ、何か手伝うわ」
「あぁ、エリスちゃんはお客さんだからゆっくりしていてくれ。アクスー、後でエリスちゃんにお茶入れてくれ」
サーフは座るように促す。
父の言葉に台所から、分かったー。と返事が聞こえサーフはエリスを見る。
「じゃあ、そういう事だから座って待っていてくれ」
サーフはそう微笑み、台所へと歩いて行く。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「お粗末様でした。お世辞でも嬉しいわ。」
「お世辞だなんてそんな、本当に美味しかったです」
そう話す二人の横でアクスは食べ終わった自身の食器を片付け、台所に運ぶ。
それを見たエリスも食器を片付けるがマリーゼに止められる。
「エリスちゃんはお客さんなんだからそんなことしなくても良いのよ、魔法で木材を運んでくれたしゆっくりしていて」
「いえ、お世話になるのですから、せめてこれぐらいはさせてください」
その言葉に感動したマリーゼはエリスに抱き付く。
「なんて良い子なの!いつでも嫁いでくれて良いからね」
あはは、と困ったように笑うエリスの横をアクスは通り過ぎる。
「日課に行って来るよ」
「あぁ、気を付けてな」
そう言う父に、分かった。と返し玄関に向かう。
「せっかく初めての彼女が家に来てくれているんだから、今日ぐらいは休めばいいじゃない」
「彼女じゃないから休みません」
と母の言葉に素っ気なく返し、剣を持ち家を出るアクス。
マリーゼに渡された食器を拭きながら、エリスはアクスの日課について聞く。
「あの子は強くなって、沢山の魔物を倒したいみたいなの。それで、毎日食後にああやって外に剣の鍛錬をしに行っているの」
「夜の森は危険です!止めなくて良いのですか!?」
その言葉にマリーゼは微笑む。
「勿論、心配はしているわ。けど、あの子は自分の弱さを知っているから決して森には近づかない。いつも家の敷地内でやっているのが見えるしね。でも気になるなら、後で見に行くと良いわ。
ところで話しは変わるけど、食事の時に旅を始めて一週間って言っていたわよね?」
はい。とエリスは頷く。
「女の子が一週間もあの森の中を一人で過ごして、生き抜けるのは十分に凄いし強くないと無理だと思うのだけど、エリスちゃんは何を目指しているの?」
最後の食器を渡し、マリーゼは手を拭き真剣な目で問う。
「私の目標は・・・」
受け取った皿を拭きながらどう言おうかと言葉に詰まるエリス。
最後の食器を重ね、マリーゼの方を向き真っすぐと目を見る。
「私は、偉大な父が出来なかった事を成し遂げ、これはあなたの娘だから出来たのだと胸を張って伝えたいのです」
その強い意思の宿った瞳に、マリーゼは微笑み返す。
「・・・そう。それなら、明日も天気良さそうだし昼前には洗濯物も乾いていると思うから、服を受け取ったらそのまま旅を続けなさい。こんな所で時間を潰しているのは勿体ないわ」
「私はアクスの罠を壊してしまったから、せめてそれを直すまでは」
そこまで聞いてマリーゼはゆっくりと首を振る。
「あの子はもう気にしていないわ。それより、あなたにはあなたの道があるでしょう?」
返す言葉が見つからず俯くエリス。
「・・・責任。そうです、私には壊した責任があるのです。だから、明日以降もアクスの手伝いをします。勿論、寝床は自分で確保するので迷惑はかけませ・・・」
再びマリーゼを見据え、そう話すエリスにマリーゼは思わず抱きしめる。
「あっ、あのマリーゼさん?」
「あなたの気持ちはよく分かったわ。それじゃあ、明日からもこの家に泊まりなさい。私はあなたの味方だから何でも言ってね。先ずはアクスちゃんの好きな食べ物でも教えましょうか?」
その言葉にエリスは腕を伸ばし、マリーゼを引き離す。
「泊めてくれるのはありがたいですけど、何か勘違いしています。私は別にアクスの事を・・・失礼します」
と歩き出すエリス。
「本当は好きなんでしょ?」
「何を言っているんですか?出会って数時間の人を好きになるわけないじゃないですか」
と台所から出て行く後ろ姿を見ながら、マリーゼはくすくすと笑う。
「顔を真っ赤にして可愛いんだから」
エリスは空いているからと、貸してくれた部屋に入り窓際に立ち夜空を照らす月を見上げる。
エリーゼさんが変なこと言うから、アクスの日課が見られなかったじゃない。・・・よく知らない人を好きになるなんてあり得ないわ。
溜息を吐き、故郷を思う。
一週間か・・・お父様からの捜索が無いところを見ると、信用してくれているのだろうけど・・・お父様元気かな。
エリスは家を出てからの日々を思い出し煌めく星々に思いを巡らせる。
それから少しして、部屋で本を読んでいると隣の部屋にアクスが帰って来た音が聞こえた。エリスは本を空間収納に入れ、アクスの部屋の扉をノックする。
「アクス。疲れているならいいんだけど、良かったら少しお話しない?」
少しして扉が開かれアクスが出て来る。
「いいよ。外に出る?」
「ううん。どちらかの部屋で良いわ」
女の子の部屋に入るのに抵抗があったアクスは、それならと自分の部屋へと招き入れる。
「それで、話って?」
「ただの雑談をしに来ただけなんだからそんなに身構えないでよ」
と笑うエリス。
「雑談ね。そう言えばエリスは旅をしているんだよな?その旅に期限とか終わる予定はあるのか?」
「無いわね。そもそも旅が終わる時は、父に連れ戻された時か目標を達成した時、若しくは私が死んだ時だから」
明るく言うその内容が笑えず、アクスは真剣な顔で問いかける。
「死んだ時って、エリスの目標はなんなんだ?」
「それ、さっきマリーゼさんにも聞かれたな。
・・・私の父はとても強い魔導士なの。でもそんな父が神器を持っていなかったと言うだけで、魔王からは逃げるしかなかった。
だから私が神器を手に入れて魔王を倒し、父にあなたの娘だから出来た事なんだって報告したいの」
「魔王と対峙して逃げることが出来るなんて相当な使い手じゃないか。
お父さんに全ての魔法を教わったから今は目標の為に旅をしているって事か?」
その言葉にエリスはゆっくりと首を振る。
「父は私に基礎的な魔法は教えてくれたけど、それ以上はいくら聞いても危険だからと教えてくれなかった。だから私の魔法の殆どは独学なの」
「それはそれで凄いな。
ところで、さっき言っていた神器って何?」
その言葉に驚きの表情を浮かべるエリス。
「まさかアクス、冗談だよね?」
「冗談?いや、本当に知らないぞ。聞いた事も無い有名なのか?」
「・・・神話ぐらいは知っているよね?」
神話?と首を傾げるアクスにエリスはこんな人がいる事に驚きつつも神話の説明をする。
その昔、争いもなく穏やかで平和な国に住む神の元に魔の者が攻めて来た。
魔王と名乗るそれは闇に身を包み、神を守る兵士達の力では傷一つ付かず、見かねた神はある一振りの剣を作り出し魔王を撃退するが、その時には兵士の数は半数以上がいなくなり神は残った者達に魔王を撃退したものと同じ力を持つ武具を作り出し与えた。
滅器と呼ばれるそれは闇を払い、悪しきを断つことが出来るがその力は凄まじく、手にした者に相応の力が無ければその身を焼き尽くされ、その力に至らなかった兵は消え、更に兵は減る。
これ以上兵が減る事を止めたい神はそれよりも更に力を落した神器と呼ばれるものを人間の住む世界に封印した。
それを手にした者は魔を退ける力を得るが、封印を解くには神が用意した試練を越えなければならなかった。
神器により、魔王かその側近を倒せるほどの実力者には死後、神を守る直属の兵である神兵として転生し、その身は神への忠誠がある限り滅びないと言われている。
「簡単に言えばこんな内容かな。そして神器のある場所はこの聖典に書かれているの。
死してもなお神を守れる名誉ある地位である神兵を目指す冒険者はこれを必ずと言っても過言ではないぐらいに持っているわ」
エリスは収納魔法から聖典と呼ばれる分厚い本を取り出す。
「結構分厚いんだな。中を見てもいい?」
「勿論。その為に出したんだもの。そのまま貸してあげるわ、読み終わるのに時間が掛かるでしょうし、読み終わったら返してくれたら良いから」
アクスは礼を言い、聖典を開く。