運命の刻
木漏れ日の射し込む森の中、決して裕福とは言えない家で育った少年アクスは、今日も家計の足しになればと魔物を狩り、いつものようにそれを売った金とその肉を僅かに持って家路に着いていた。
今日もホーンラビットしか狩れなかったか。俺の腕だとこれ以上に強い魔物は罠にかけて何とか倒せるぐらいだしな。もっと強くなりたいな・・・
己の弱さに溜息を吐きながら歩いていると、カンカンカンと木の枝がぶつかり合う音が聞こえた。
仕掛けた罠に何かが掛かった?今回は大きめの魔獣すら上手く行けばそのまま倒せるから何が掛かったのか楽しみだ。
アクスは逸る気持ちを押さえつつ、周囲を警戒しながら罠の方へと進んでいく。
「なんだこの状況・・・」
そこには逆さ吊りになっている少女と、その周りにぶら下がる丸太があった。
尖った先端が全部下に落ちている。という事は、罠は正常に作動したけど何者かに切り落とされた?あの少女に?・・・あれ?
アクスが視線を少女に戻すと、そこには切られた縄が一本ぶら下がっているだけで少女の姿は無かった。
驚いたアクスが辺りを見渡すと、その少女は何事も無かったようにこちらに向かって歩いて来ているのが見えた。
「この罠を作ったのはあなた?」
少女はアクスの前で立ち止まり、そう言った。
「あぁ、そうだけどこれは君がっ」
と少女の平手打ちがアクスの言葉を遮り、森の中に頬を叩く音が響く。
突然の事にどうして自分は今叩かれたのか分からず混乱しているアクスに、少女は怒りの感情で詰め寄る。
「もうちょっとで死ぬ所だったんだけど、あなた何を考えているの?」
「いや、何を考えているも何もあそこに看板を立て掛けているだろう?」
とアクスが指差す方には罠から数メートル離れた四方に看板が立てかけられていた。
[この場所には魔物用の罠があるため、立ち入り禁止。万一掛かった際の責任は取りません]
その文章を読んだ少女の脳裏に数分前の自分の行動が甦る。
「魔物用の罠?へぇ、どんなのかしら」
少女は看板の内容に興味が湧き、興味本位で罠の方へと歩き出すと何かを踏んだ感触がしたと同時に少女の体は、そのまま逆さ吊りの状態で高く飛び上がる。
「きゃぁぁぁぁ!って、エアロ!」
少女は驚きつつも、自身へと向かってくる木を魔法で切断した。
周囲には罠が作動した事を報せる音が鳴り響き、その音に少女は迷惑そうな顔をする。
「カンカンうるさいわね。・・・誰か来る」
そこに罠の様子を見に来たアクスが現れるが、アクスは自分を助けるでもなくただ呆気に取られ、切り落とされた木を見ながら何かを考えていた。
だが少女はその行動に訳も分からずふつふつと怒りが沸き上がり、魔法で足に繋がった縄を切りアクスへと歩き出す。
「んんっ。と、とにかくもう少しで死ぬ所だったんだから謝りなさい」
少女は咳払いをし、アクスに謝罪を要求する。
「いやいや、万一罠に掛かっても責任は取らないって書いているだろ?むしろ、せっかく作った罠を壊されたんだ謝って欲しいのはこっちだよ。看板を読まなかったのか?」
とアクスは歩き出す。
「そ、それはその・・・読んだけど・・・」
と少女は申し訳なさそうに小声で返す。
「なら、自分がしている要求がおかしい事にも気付くはずだ」
そう言い、アクスは看板を揺さぶり引き抜く。
「ちょっ、ちょっと何をしているのよ」
「何って、看板の撤去だよ。ここを通る人達が迂回しなくても済むようにしないといけないし、何より全て作り直すには時間が掛かる。俺はこの罠を作るのに一か月は掛かったんだからな」
少女はその言葉に自分がいかに何も考えずに行動し、迷惑を掛けていたのかを知る。
そして、その事に怒る事無く起こった事はしょうがないと言わんがばかりに、他者の為に行動する少年の姿に少女は心からの言葉が出る。
「ごめんなさい・・・」
その言葉にアクスは手を止め、振り向き微笑みながら少女を見る。
「もう良いよ。それより、怪我はない?」
「うん。それは大丈夫」
なら良かった、とアクスは作業に戻る。
その姿に少女は罪悪感から駆け寄り声を掛ける。
「私に何か手伝えることはない?こう見えて私、少しなら魔法が使えるから少しは役に立つと思うんだけど」
アクスは手を止め、少女を見る。
「やっぱり君は魔法が使えるのか!でも、あの状態で四方から来る木を自分に当たらないように魔法で切り落とすなんて。君は冷静な上に凄腕なんだな!」
「えっ?あっ、あぁうん。多分」
アクスの勢いに驚きながら、少女は戸惑いながらそう答える。
「それじゃあ、あの木に括り付けている縄を切る事は出来る?」
と上にぶら下がったままの木を指差す。
「出来るけど、落ちて来て危ないから一度距離を取りましょう」
と二人は距離を取り、少女は魔法で縄を切る。その瞬間四方の木は大きな音を立て着地する。
少しして土埃が治まるとアクスは目を輝かせながら落ちた木に駆け寄る。
「うぉぉぉぉ!あんな高い所の縄を一瞬で切れるなんてやっぱり魔法は凄いなー」
「少しは役に立てたかしら?それと、さっきの償いも」
少女は歩み寄りながらそう言うが、アクスは少女の手を握り笑顔で答える。
「十分役に立ったよ、ありがとう。それと償いなんて初めから求めていないけど、さっき謝ってくれたし全部水に流すよ」
少女は握られた手と、目の前の笑顔を見て頬を染め慌てて後ろを向く。
「それなら良かったわ」
「ありがとう。気を付けて帰るんだよ」
少女は背中越しで、ええあなたも。と答え歩き出すが、後ろから何かを切る音が聞こえ振り返ると、少年は落ちて来た木に括り付けられた縄をナイフで切っていた。
「何をしているの?」
「縄を切っているんだよ。罠には使えないけど、薪には使えるから。っと、よし切れた」
そう言い、アクスが二本目に取り掛かろうとした瞬間、縄がぷつりと切れ落ちる。
アクスが驚いていると、残りの二本も次々と切れ落ち思わず少女の方を振り向くと、少女は掌を木に向けていた。
「魔法を使う方が早いし、手伝うわ」
「ありがとう。でも大丈夫だ」
とアクスは礼と断りの言葉を一息に紡ぐ。
「ちょっ、何でよ!そっちの方が早く終わるしあなたも楽でしょ?何より、あなた一人だと終わるのがいつになるか分からないわよ?」
「ずっと出来る訳じゃないし、確かにそうだね」
と笑うアクス。
「だったら私も」
「いや、君にそこまでして貰うわけにはいかないよ。何もお返しが出来ないし、何よりそろそろ日が落ちる。君は家に帰った方が良い」
「エリス」
「えっ?」
「私の名前よ。これからは君じゃなくて、エリスって呼んで」
「分かったよエリス。俺の名前はアクスだ」
その言葉にエリスは満足げに微笑む。
「それじゃあ、アクスこれからよろしくね」
「あぁ、よろしく。それと今日は助かったよ、ありがとう」
と作業に戻ろうとするアクスに近づき、肩を掴むエリス。
「だから、私も手伝うってば」
「い、いや。さっきも言った通り、俺にはその好意に返せるものが」
「これは私の善意でやるの!罠を台無しにしたのは私なんだし、せめて罠を直すまでは手伝うわ」
「い、いや、しかし」
詰め寄って来るエリスに気圧されながら、アクスはそう返す。
「しかしもかかしもなーい!」
「わ、分かった。落ち着いてくれエリス」
叫ぶエリスに驚き、両手を前に出し何とか宥めようとするアクス。
「手伝うからね!良いわよね?それとも迷惑なの?」
「・・・迷惑じゃないです」
そう睨むエリスの迫力に負け、アクスは短くそう返す事しか出来なかった。
「よし。じゃあ、何から始めればいい?」
先程までの圧力がどこかへと消え、笑顔でそう聞く。
一瞬で人懐っこい笑顔になった・・・さっきまでのは演技だったのか?女の子って怖い・・・
「アクス?」
エリスはそう言い、アクスの顔を覗き込む。
「あ、あぁ。取りあえず、薪の大きさに切れる?」
「大きさ?形は整えなくても良いの?」
「えっ?そんなことも出来るのか?凄いな。でも今日は背負子が無いから、長さだけ大体揃えてくれたら良いよ」
了解。とエリスは落ちて来た木の一本を、薪に使える長さに切っていく。
「これぐらいで良い?」
「あぁ、ありがとう。後は運ぶだけだから任せてくれ」
アクスは、その速さと正確さに驚きの表情を浮かべながらそう言う。
「何言っているの?私も運ぶわよ、その為に一本分切ったのだし」
「さすがに女の子にそんな事はさせら・・・れ・・・」
そう言うアクスの前で木材は浮き上がり、何もない空間へと消えていくのを見てアクスは言葉に詰まる。
「やっぱり残ったかー。仕方ない残りは私達で運びましょう」
とエリスは木材を一つ自身の前に置き、残る三つをアクスの前に積み下ろす。
「さっきの木材はどこへ消えたんだ?」
「あぁ、あれは私の収納魔法に入れたわ。ただ、容量が一杯になっちゃったからこれだけ残ったけどね」
そう言い、木材を持つエリス。それを見てアクスも木材を持ち上げる。
くっ、重い。普段背負子で運ぶ量を持つとこんなに重いのか
アクスはその重さと前が見にくいのもあり、ゆっくりと歩を進める。
「アクス、ひょっとしてキツイ?」
心配そうにそう聞くエリス。
「普段は背負子を使うから、持つと重いな。後、ちょっと前が見にくいから進むのがゆっくりになる。ごめん」
「あぁ、確かにそうね。ごめんなさい、気が利かなかったわ。一つ貰うわね」
と魔法でアクスの持つ木材を一つ浮かせ、自身の持つ木材に乗せる。
その光景に驚くアクスだが、エリスは大した事は無いと言うように笑顔で話す。
「実は私は魔法で浮かしているから、持っているふりなの。全部持っても良いけど、アクスはそれを嫌がりそうだから、しんどくてもそれは運んでね」