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カラスは春告げる  作者: ふく
第3章

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第57話 春を告げる

カラスは、ウグイスにはなれないのかーー


~男子高校生が高校野球のウグイス嬢を目指すお話~

雨と風の音がすごい。

夜の間に台風は通過するみたいだけど、こんなにうるさいとちょっと怖くて眠れない。


「真野、眠れない?」


僕がゴソゴソしていたからか、前田に声をかけられた。


色々揉めたけど、結局前田の少し大きめのベッドに2人で寝ることになった。

おばさんが用意してくれた来客用の布団が、子どもサイズのものしかなかったのだ。

「あら~もうそんなに大きくなっちゃったんだねえ」と、おばさんは顔をほころばせていた。

それで、前田がそっちの子ども布団の方で寝ると言ってきかないので、2人でぎゅーぎゅーベッドで眠ることに落ち着いてしまった。


「ごめん、もう動きません、すみません」


「台風怖くて眠れない?」


「違うわ!いや、ちょっと怖いなと思ってたけど……なんか、目がぱっちりしちゃって眠れそうにない」


「俺は眠い」


「ごめん、ごめんてば!ゆっくりお休みください」


「声がでかい」


「う、はい」


再び、部屋の中は雨と風の音のみ。

僕はなんだか気恥ずかしくて頑なに天井を見つめていたけど、ふと横にいる前田の方に顔を向けた。


鼻のガーゼがやっぱり痛々しい。寝苦しくないのかな?

まだ、痛いのだろうか。


「……前田、なんでピッチャーやったの」


思わず、声に出る。


「……やれるかなって思った」


「さすが」


「かっこいいだろ、ピッチャー」


前田から返答がくると思わなかった。でも、もう半分寝てるでしょ?


「ケガ、早く治るといいなあ」


祈るように僕は唱えた。

明日朝起きたら台風一過の快晴で、それでケガも何もかもすっかり綺麗になっていたらいいのに。

でも、もう少し時間がかかりそう。それでもいい。


僕も眠くなってきた。


「前田」


「ん」


「今度僕も野球連れてって」


「……」


この距離でも、ちゃんと聞こえたかどうかわからないくらいの小さくて、震える声で僕は言った。

こんな簡単なこと。


「前田」


「……」


「これからは僕に何でも言って。何でも話して。前田の全部。話してくれなきゃわかんない。今まで知るのが怖くて、知ったら離れちゃう気がして怖かったけど、でもずっと知りたかった、前田のこと。今も怖いけど、でもそれより今、嬉しさが勝ってる気がするんだ。おかしいかな?僕」


「……おかしくない、多分」


「うん」


「そこまで言うならお前も言えよ」


「……うん」


「好きなものは好きって。せめて」


 


 


月曜日。

台風はすっかり過ぎ去って、真っ青な空に太陽が気持ちよく照らしてきて、だいぶ暑くなってきた。


「おはようございます。8:15になりました。生徒の皆さんは、教室に入りましょう。」


今朝のアナウンスは川崎先輩だ。

先輩の声を聞いて、僕は早く川崎先輩に会いにいかなきゃと思った。


「まーのーーー!!!!!」


突如、9組の教室に響き渡る、良く通る美声。

声の主はわかっている。


「楓くん、そんな大声で毎回呼んでくれなくていいよ。恥ずかしい」


「なんだよーいいじゃん、声出した方が健康的だぞ?」


廊下に出た。

天気が良いからなのか何なのか、楓くんのキラキラ度が今日はさらに5割増しぐらいになっている。


「ニッコニコだけど、何か良いことでもあったの?」


「んー?わかる?わかっちゃう?」


顔が近い。

そして、教室の中から視線を感じる……みんな楓くんが気になるのだ。


「演劇部の夏大で、主役やることになった!」


「え!すごい!おめでとう!!今度お祝いしなきゃ!」


「えっそんなんやってくれるの?」


「うん、だって僕楓くんのファン第1号だからね」


「お前……そういうこと誰にでも言うんだろどうせー。というかとっくの昔からファンくらいいるわ!第1号の席なんてとっくの昔に埋まってますー!」


「あはは、そうでしょうよ」


「なっ、おいいいい」


「え、第1号って誰なの?」


赤星くんが来た。

部活の朝練組はいつもバタバタと教室に駆け込んでくることが多いけど、今日は余裕だったみたいだ。


「うおおおいびっくりした!だっ誰でもいいだろ!」


楓くんが赤面する。

なんでだろう、ファン第1号は楓くんが赤面してしまうような人なのだろうか。


「真野くん、おはよう。前田くんどうだった?大丈夫そう?」


「おい赤星、無視すんな」


「赤星くんおはよう。うん、まだガーゼみたいなのはしっかりくっつけてたけど、大丈夫そうだったよ」


「よかった~。じゃあ今日は学校くるかな?僕一応お見舞いでどら焼き持ってきたんだけど」


「どら焼き?赤星ほんとどら焼き好きだよな」


「残念!楓の分はないので、ごめんね」


「いらんわ!あと楓って言うな!」


ふと、気配を感じて廊下の先に顔を向ける。


前田だ。

鼻にはガーゼの代わりに、大きめでしっかりした感じの絆創膏のようなものが貼られている。


「前田くんっ大丈夫!?」


赤星くんが駆け寄った。


「大丈夫、ありがとう。赤星がすぐに色々動いてくれてありがたかったです」


「そんな全然!あのこれ、お見舞いのどら焼き、食べて。この前の楓への差し入れの時とは違って、もち入り餡だよ」


「「もち入り餡!!!」」


何故か僕と楓くんはハモってしまった。


「何だよ、前田くんケガしてたのか。体育で?」


「そう。ハンドボールやりたがらない真野の代わりに頑張ってやったら天罰が下った」


「ちょ、前田!」


天罰って何だ。

それなら僕こそ、罰を受けるべきだ……。


グシャッッ


突然、赤星くんが手に提げていたどら焼きの紙袋を下に落としてしまった。


「え、え……真野くん、ハンドボール嫌だった?嫌い?え、それなのに僕、真野くんとやりたい!とか言っちゃって、」


赤星くんがショックを受けている!


「あ、違うよ赤星くん!ハンドボールというか、」


「え、野球、嫌い?」


うおおおおお。いやえーっと、何というか……。


前田が何か言おうとしたけど、僕の顔を見て、やめた。


「嫌いじゃないよ。それは本当。好きだから……自分にとっての聖域を壊したくないというか、僕、運動神経悪いし。だから赤星くんのことも尊敬してるし、だからえっと」


「ううう、真野くーん!」


赤星くんが抱きついてきた。身体が熱い。

さっきまで頑張って、練習してたんだもんな。


「真野の運動神経は知らんけど、俺たちはあれだよな!文化系極めるもんな!前田くんも文化系に転向だろ?」


「そうそう。転向したてほやほや」


楓くんが、赤星くんに抱きしめられている僕の背中をバシバシ叩きながら言う。


「えー!僕だけ運動系!?なんかさみしいなあ」


「みんなで試合応援に行くから頑張れよー!な!」


楓くんがニカッと笑いかけてきた。

その後ろで、前田も少し微笑んでいる。


「……うん!」


 


 


放課後になって、僕は急いで教室を出た。

向かう先は生徒指導室だ。

部活が始まる前に、行かなければ。


ガラッ


「失礼します」


「お、真野~!」


石川先生に話そう。

鉄は熱いうちに打てというやつだ。


「どうした?」


石川先生は、ん?といつもの緩く優しい目で僕を見つめる。

僕の様子がいつもとちょっと違うと感じたのか、優しさ倍盛りだ。


「あの、僕、やっぱりコンクールにはエントリーしません」


エントリーしないことは先輩たちにも言っていたけど、実は石川先生がこっそり僕の分もエントリーしてくれていたと、吉森先輩が教えてくれたのだ。

もしかしたら後でやる気になるかもしれないから、と。


「うん、わかった」


先生はゆっくり頷いた。

本当に優しくて温かい先生だ。

初めての部活の顧問の先生が、石川先生で良かった。


「……それで、あの……その代わりにやりたいことがあって、」


「ん?」


「運動部の……野球部の、場内アナウンス、僕やってみたいです」


外からはもう運動部たちが部活を始めているのか、掛け声が聞こえてきた。


吹奏楽部の楽器の音も、まばらにプープー鳴り始めた。


発声練習をしているような声も聞こえる。演劇部とか、合唱部とか。


もう16時前だけど、太陽の位置がまだだいぶ高い。日が長くなりそうだ。


石川先生は、ものすごく嬉しそうに笑った。


僕も、一瞬泣きそうになって顔も熱くてきっと真っ赤っ赤になってて、でも嬉しくて笑った。


 


遠くで、カラスが二声ほど鳴く声がした。


春は、もうとっくに過ぎようとしていた。


 


 


 


【完】

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