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カラスは春告げる  作者: ふく
第2章

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第35話 あの光っているところ

カラスは、ウグイスにはなれないのかーー


~男子高校生が高校野球のウグイス嬢を目指すお話~

「おい、真野!」


「……はい!」


「問2の答えは?」


「……すみません、話を聞いていませんでした」


一瞬にしてクスクスと笑い声に囲まれる。しかし、入学したての頃とは微妙に違う笑いだ。またあいつかよ、真野くんって結構ボーっとしてるよね、みたいな感じだ。クラスのみんなが徐々に、僕という人間がどういう奴なのかわかってきた頃なのかもしれない。すみません。生物はどちらかと言えば好きな教科なんだけど、今日はそれどころではないのだ。


ふと、左斜め前前方からの視線を感じて、目線を向ける。


赤星くんがこっちを見てニコッと笑っていた。あ、ちょっと癒された。でもあの癒し笑顔の下で何を思われてるのか、まだ赤星くんという人がどんな人物なのかあまりわかっていないので、調子に乗ってはいけない。


今日は演劇部の新入部員お披露目公演だ。1日目。1日目は男祭り、つまり男子生徒のみがキャストとして舞台上に立つ。僕の友人(だと思っている)、松原楓くんが出演する日だ。今日、楓くんのお芝居を初めて見るのだ。


もうすっかり緑に変わってしまった校庭の桜に視線を戻す。緑がとても眩しくて、その眩しさが楓くんと重なる。などと、何だかポエマーになってしまいそうな気分で、自分でも浮足立っているのがわかる。こんなに楽しみに思っているのは、高校に入ってから初めてかもしれない。


    


「そりゃ休みづらいよな、野球部は」


「観に行きたいのはやまやまなんだけど……どんな感じだったかまた話聞かせて!あと、これ」


赤星くんから、前田にどら焼きが渡される。


「松原、確かどら焼きが好きだった記憶があって……良かったらこれ渡して!前田くんと真野くんの分も入ってる」


「どら焼き……」


「うん、なんかちょっと意外でしょ?でも確か松原のお父さんがパティシエか何かで、洋風の甘いお菓子苦手だった気がするんだよね、誰かの誕生日会でもケーキ食べようとしなかったし」


「え、そうなの!?」


僕の手からぶら下がる袋に入っているもの……メープルワッフル。


「もしかしたら好み変わってるかもだけど……。それじゃあお願いします!」


「あ、僕たちの分もありがとう!」


ニコッと癒しスマイルを僕たちに向けて、赤星くんは教室を出て行った。なんて気の利く男の子なんだろう。


「ワッフルって洋風?」


前田に問われる。ワッフルは、洋風だろう。


「洋風の基準ってなんだろ……カタカナ以外で。バター使ってるか、とか?」


「バターは和菓子にも使うだろ」


「え、そう?でもメープルはいいよね?楓を英語にしただけだよね!?」


「そういう問題か?でもわからん……父親の作る甘い洋菓子にうんざりしてるなら、メープルもダメかもしれないな」


「なんで?」


「自分がパティシエで、息子の名前が楓だったら、メープルシロップを使ったお菓子をたんと作りそう。そして息子はそれにうんざり」


ガガーン。終わった。


「まあ、いいんだってこういうのは。顔を見せるのがいちばんの差し入れというか……」


「なにそれらしいこと言ってるんだよ!」


適当なことを言いのける前田は、いつの間にか赤星くんからもらったどら焼きを頬張っていた。


「ちょ、手出すの早すぎ!」


「赤星は、ポジションどこなんだろうな」


ポジション。野球のポジションか。


「そうだね」


僕もおとなしく、赤星くんがくれたどら焼きに手を伸ばした。お先に、楓くん。


    


『三人姉妹』。ロシアの作家、アントン・チェーホフ作の戯曲だ。演劇界では有名な作品らしい。


全部で四幕あって、今回は全て通してやるのではなく、前半の二幕を今日の男祭りで上演し、明日の女祭りでは残りの後半二幕を上演するという。あらすじは、あれだ。ある三姉妹がいて、ずっとモスクワに行きたがってるんだけど結局行けない、という感じだ。(演劇部の人に聞かれたら怒られそうだ。)ちなみに僕は昨日一幕までしか予習できていないので、このあらすじも前田に教えてもらった通りです。前田も大概だ。


「本日は、宮野立高校演劇部、第62回新入部員お披露目公演『三人姉妹』にお越しいただき、誠にありがとうございます。」


会場である体育館に着くと、思っていたより混みあっていて驚いた。周りを見渡すと、制服を着ている現役生が3分の1くらい、残りは校外からのお客さんたちのようだ。OBやOG、現演劇部員の家族たちだろうか。すごく大所帯なんだなあ……放送部とは大違いだ。


場内アナウンスは、木村かな子部長だった。芯の通った、聞いていて背筋がシャンと伸びるような声に、改めて聞き入ってしまう。。


「あ、髪の毛……!」


木村部長の方に顔を向けると、腰くらいまであった綺麗な黒髪がバッサリと切られ、ショートカットになっていた。イケメンだ……長い髪も似合っていたけど、髪が短くなってより中性的な神秘さが増して、存在感が爆発している。すごいなあ。


「おい真野、どら焼きとワッフルつぶれる」


「あ、ごめん」


入場口で混みあう中、僕はどら焼きとワッフルが入った袋を胸の高さに持ち直して場内に入った。中はうっすら暗くて、舞台だけが光っている。


あの光っているところで、やるんだ。


    


前田に連れられて、ちょうど真ん中あたりのなかなかの特等席に座ることができた。こんなところに僕らが座っていいのか、ちょっと不安になってくるくらいの、ど真ん中だ。


どら焼きワッフル袋をそっと膝の上に置いて、入り口でもらったパンフレットを開いてみる。配役表に「イリーナ 松原楓(1年8組)」と書いてあった。


「松原、三女だ。あんな背デカいのに」


「あはは、本当だ」


楓くんが演じるのは、三人姉妹の末っ子、イリーナ。


ブーーー


開演のブザーが、鳴った。

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