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カラスは春告げる  作者: ふく
第2章

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第26話 さくらの花は咲かず

カラスは、ウグイスにはなれないのか――


~男子高校生が高校野球のウグイス嬢を目指すお話~

次の日の朝。教室に入るや否や、昨日と同じく「松野先輩」というワードが耳に飛び込んでくることを覚悟しながら登校してきたのだが。


「……」


自分の席に着席し、しばらく周りの会話に耳をそばだててみる。


昨日の数学の課題くそだるかったー。確かに。


リップめっちゃ可愛いじゃん。リップが可愛い……唇の形が可愛いということだろうか。


5組のあゆ?あたし同中だよー。おなちゅう……僕はこの響き、正直慣れない。自分でも言えない。前田とおなちゅうですって。


木崎先生やばくね?ちょーやべえ。木崎先生知らない。何の先生だろう……。


「……」


あの、先輩と彼女、坂巻あんずさんの話をしている人は今のところ誰もいないようだ。


なあんだ。昨日はどうなることかと、この何だかわからない申し訳なさといたたまれなさと気の毒さをいつまで感じなきゃいけないのかって半分絶望しかけていたけど、所詮噂話。すぐにまた別の新しい話題が飛び出してきて、みんなそっちに夢中になる。そして、すぐに忘れ去られる。そんなものなのだ。


「はあ……」


小さくため息が出てしまった。朝からなんだかなあ。でもひとまず、あの件は落ち着いたようで良かった。


「真野くん」


僕の右後ろから声がした。


「おはよう。これ、8組の松原から真野くんにって。」


赤星くんだ。坊主頭の、赤星くん。赤星くんの手は、女子たちがやるように丁寧に折りたたまれた手紙のようなものを持っていた。


「あ、おはよう。ありがとう、えっ楓くんが?」


「ははは、楓くんって呼んでるんだ。怒ってこない?」


「え……あ、確かにやめろって言われたことはある気がする」


「あいつのこと下の名前で呼ぶやつ、あんまりというかほとんどいなかった気がするなあ。すごい怒るから。」


赤星くん。優しそうな子だ。話すテンポも、ゆったりと心地よい。


「赤星くん、楓くんと中学一緒だったの?」


「ううん、小学校。松原は途中で転校しちゃったんだけど。まさか高校で再会するとは思わなかった。」


にこっと微笑んで手に持っていた手紙みたいなものを僕に渡し、赤星くんは自分の席へ戻っていった。


物腰が柔らかくて、癒し系?っていうのかな……赤星くんと初めてしゃべったけど、そんな印象だ。


……そんなふわふわした優しい感じで、あのスポーツをやっているんだろうか。


いや、わからないけど。坊主だからって、必ずそうな訳じゃないんだから。


   


「演劇部、新入部員お披露目公演、『三人姉妹』、2バージョン上演……」


「うわああああ!!」


「朝から声よく出るなあ」


びっくりした。赤星くんから手渡された手紙を開くと、演劇部のチラシだったのだ。それを背後から、前田に声に出して読まれた。


「これ本番、健脚会の一週間後じゃん。大変だなー、演劇部も。」


「あっ本当だ。木曜と金曜の放課後にやるんだ。」


どうやら、僕が言った案で最終決定されたようだ。役者が男子のみバージョンと、女子のみバージョンの2パターン創る、というもの。


「なんか、落ち着いたみたいだな。」


前田が僕の前の席に座りながら小声で言った。


「うん……なんかびっくりするくらい誰も何もしゃべってない。でも良かったよ。」


「まあすぐ忘れるだろうし、例の松野先輩とやらはまた別の人と浮名を流しそうだしな。」


「そうだね。もう僕早速不登校の気持ちになりかけてたもん。今日登校したの、えらい。」


「なんだそれ。中学皆勤賞のくせに。」


「前田だってそうだろ。ああ、あの時も盛大に名前間違えられたよね。表彰の時。」


「さすがに誰も訂正してくれなかったな、あの時は。」


キーンコーンカーンコーン


「おはようございます。8:15になりました。生徒の皆さんは、教室に入りましょう。」


あ、今日はみとちゃん先輩のアナウンスだ。やわらかくて優しく包み込んでくれるような、朝にぴったりの声だ。


「あ、そうだ。」


前田が急に真面目な顔になる。


「名簿あったぞ。」


「え?」


「お前んとこの、幽霊部員の部長。」


「あ……」


「3年4組。本内さくら、さん。」

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