表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ドッペルゲンガー

作者: きか

本当に助かった。何か恩返しをしないと気が済まないって?

いやいや、そんなに大袈裟に感謝されるようなことじゃないですよ。

たしかに、この霧の中、立ち往生したことは大変だったと同情しますが、私が通りががったのも、本当にただの偶然で。

私じゃなくても、あなたの困っている様子を見たら、誰だって手助けが必要だってわかって、かっててでたと思います。

本当に大変だったでしょう。急にこんなに霧がでるなんて。私も全く想像していませんでした。ハイキングの途中だったんですか?みんなとはぐれて?道もわからなくなって途方にくれていた?それじゃあなおさら大変だ。みんな心配していますよ。早く麓につくかなくては。……ああ、もちろん安全第一でですけどね。

ほんとに、お返しなんて、気になさらないでいいんですよ。でも、それじゃあ、どうしても気が済まないって。……弱ったなぁ。ああ、じゃあ一つだけ。ちょうど良いお願いがあった。それを聞いてもらっても良いですか?



私はあんまり説明が得意じゃなくて、身の上話みたいなものからになってしまうんですが、大丈夫ですか?

問題ない?気晴らしになる?だったらよかった。

私はね、子供の頃から運の良い人間で。これといって真剣に困ったことがないんですよ。

いや、そんな場面に遭遇しなかった訳じゃないんです。

例えば、小学校で、クラスメイトに目をつけられそうになったとき。不思議と周りの子達が私をかばってくれて、そのままなし崩しになってしまったり。中学校で勉強についていけなくなったときは、友達がわからないところがわかるようになるまで、一生懸命勉強に付き合ってくれました。高校に入ったら、部活動で真剣にコーチをしてくれたりもして。どうしてか、周囲の人たちが私が困ってると面倒を見てくれるんですよね。

もちろん、どうして?と私も不思議に思って理由を聞いたりしました。そしたら、みんな、お前にされた親切を返してるだけだって言うんですよ。でも私にはそんな記憶がなくて。それでも高校までは、ただ単に私が忘れてるだけなのかな、とそう思っていたんですが。



きっかけ?そうです。きっかけがあって、さすがにこれはおかしい、と気づいたのは大学生になってからでした。私も学生生活を満喫していたものの、大学三年になってそろそろ先のことを考えなくてはと就職活動を始めたんですよ。合同企業説明会とかにもたくさんでて、いろんな企業の説明会に参加しました。OB訪問とか、インターンとかにも行ったんだったかな?でも、面接の3次とか最終とかまで行っても、内定がでなくて。落ち込んで公園で黄昏ていたら、見知らぬおじいさんに話しかけられたんです。おじいさんは驚いた様子で私を見て、何か困ったことはないか、と聞いてきました。

まあ、たしかにいろいろ悩みはありました。たとえば就職のこととかね。でもだからって、普通、見知らぬおじいさんに話すには抵抗があるでしょう?だから、どうしたものかとしばらく黙っていたら、おじいさんが私に言ったんです。「恩返しをしたい。だから、困ったことがあるなら、助けさせてほしい」って。

……驚きました。当然ですよ。だって全く知らないおじいさんですよ?友達とか、クラスメイトなら、私が覚えていなくても、なにか手助けしたことのかも知れない。でも、今度は全く知らないおじいさんだ。手助けのしようもない。けれど、何度聞いても、私は困っているところを助けられた。だから、恩を返したい、としか教えてくれない。私は混乱して、つい、ぽろりと言っちゃったんです。就職先が決まらなくて困ってる。このままでは大学を卒業できないって。そしたら、おじいさん。よく分からないんだけどいいとこの偉い人だったらしくて、どの業種につきたいんだとかいろいろ聞かれて、どこそこの会社を紹介してやると言われ、名刺を渡されたんです。とりあえず私も切羽詰まっていたから、紹介された会社の面接試験を受けました。……そしたら、すんなり話が決まっちゃって。だから、私が今の仕事につくことができたのは、おじいさんのおかげなんです。良い職場なんですよ。職場の人、みんな良い人たちで。やりがいのある仕事もさせてもらってて。楽しくて。私、この仕事につけてよかったなぁ、って今でも思いますから。



……それで、私、ようやく仕事が決まって、ほっとした気持ちになったとき、思ったんです。もしかしたら、世の中には、私に良く似た『誰か』がいるんじゃないか、って。

そうでなければ、私には恩を売った記憶がないのに、こんなに恩返しされる理由がみつからない。

こういうの、何て言うんですっけ?お化けの話にありましたよね。たしか、ドッペルゲンガーだったかな?

おそらく、その私に良く似た『誰か』はたぶんすごく親切でいい奴なんでしょう。いく先々で、みんなの手助けをしたり、良いことをして、感謝されている。そして、その人に良く似た私が、なにもしなくても、その恩恵を受けて、恩を返したいといういろんな人に助けてもらっている。

その『誰か』とやらを探してみたりもしました。でも、やっぱり見つかりません。まあ、ドッペルゲンガーだとしたら、もし出会えてしまったら死んでしまうって話なので、会えなくてよかったのかもしれませんが。



でもね、ふと、考えるときがあるんです。私は運が良い。それは確かだ。間違いない。でも、じゃあ、その『誰か』はどうなんだろう。もしかすると、そいつは私と比べて、すごく運が悪いんじゃないか、って。

だってそうでしょう?

私とそっくりな誰かがいる。そいつは親切な奴で、いろんな人を手助けしている。そして、そいつのした親切が、全部私に返ってきている。

……でも、もしそうなら、そいつの行動はいつ、報われるんだろう。

そいつが受けるべき恩を、全部私が奪ってるんじゃないか、って、たまに考えるんです。誰にも助けてもらえず、途方にくれている、運の悪い、私に良く似た『誰か』のことを。

そして、とてもいたたまれない気持ちになる。

僕が、彼を不幸にしたんじゃないか?

僕も彼に何かできることはないだろうか、って。



だから、あなたへのお願いは、もし、困っている私に良く似た『誰か』を見つけたら、その人に恩を返してほしいってことなんです。

私が『誰か』の行動に助けられているなら、私だってその『誰か』を助けなければ不公平だ。

なんだか、やりきれないじゃないですか。

自分のせいで、誰かが不幸せになっているかもしれないなんて。

お願いできますか?引き受けてくれる。よかった。ありがたい。助かります。



あ、霧も薄くなってきた。山道ももうすぐ終わりそうですね。

え、見覚えがある?この先で下ろしてもらえば大丈夫?いやいや、大丈夫ですか?なんなら、おうちまでお送りしますよ?ああ、仲間との合流ポイントがこの辺なんですか。山道で立ち往生したことがバレると恥ずかしい、と。……そうですか。じゃあ、この先で下ろしますが、くれぐれも無茶はしないようにしてくださいね。恩返しは本当に、私に良く似た『誰か』にしていただけたら、それだけで大丈夫ですから。



































































そんな、何年も昔の、不思議な青年との話を思い出したのは、公園で黄昏ている、彼に良く似ているような、スーツ姿の若者を見かけたからだった。

もう、顔もよく思い出せないのだが、なんとなく、雰囲気が彼に似ているような気もする。

恩を返したいと話を聞き出すと、どうやら、その若者も就職のことで困っているようだ。

私は若者に名刺を渡し、数社の会社を紹介することにした。

おそらく、彼と全く関係がない若者だとは思うが、彼と約束した通り、彼と良く似た誰かに、あの時の恩を返すことにしたのである。

しかし、面白いと思ったのは、名刺を渡す際に見た若者の手に、彼の手にあったものと同じような、特徴的なアザがあったことだ。

もしかしたら、彼の息子なのかもしれない。

そう考えると、誰かに行った親切は回り回って自分に返ってくるというのは、確かに本当なのだろう、とそう思えた。

リドルストーリーみたいに感じてもらえたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] とても素敵な物語ですね。今だからこそ、皆様に読んでほしいと思って、初めてレビューを書かせていただきました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ