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66話

国王の名前に間違いがあり修正しました(2021.3.14)



園遊会が終わり、控え室に戻ればミリアムたち侍従が舞踏会に必要なものを揃え待っていた。

暫く休んでからシュテーリアとエルテル、そしてフェリシアは続き部屋の婦人控え室に向かう。

そこには見慣れないものが置いてあった。

黒の透かしレースで作られたものはシュテーリア用、白の透かしレースのものはエルテル用のものであることは分かるのだが、それが何なのか前世ですら見たことがなかった。

ミリアムに聞くと、ヴァシュカが夜なべして作ったものだと知り、ジャケットを脱ぎジャボを外してソレを取り付けてもらう。

ベアトップのドレスの内側に不自然に取り付けられていた釦の理由は袖丈が二の腕まである付け襟のためだった。

ベアトップだったドレスがホルターネックのドレスに様変わりした。

王妃主催の茶会で毒を飲んだ直後に付けた付け襟は装飾品に近い仕様だったが、今回のものはシュテーリアの体にピタリと合うように、しっかりと作りこんである。

再びジャボと青薔薇と宝飾品を取り付ければ最初からホルターネックのドレスを着用していたように見えた。

付け襟を作った理由としては、やはり年齢的にも露出度は低くするべきだろうという配慮からだ。

前面のスカートの丈が短い分、上半身まで露出するとはしたないと思われる可能性が高くなるだろうと式典前にヴァシュカが持ってきて説明したとミリアムが言う。

自分自身も参加する為忙しかっただろうに、限界が来るまで思案していたことに尊敬の念しかない。

エルテルにはジャボの代わりに淡藤色のリボンまで用意されているのだから。


舞踏会の開幕はレギオスとトルテアのダンスから始まった。次にランスとユネスティファ、バディウスとルルネアが続き…ここに来て漸くハルニッツが居ないことに気付く。

式典には参加していたが、園遊会には居なかったと思い出しフェルキスに聞くが「体調を崩されたようだよ」とそれとなくはぐらかされた。

では…とフェリシアの隣に視線を移してもそこにレイスの姿は無く、来賓の顔触れを見て式典から数人減っていることに気付いた。

居ないのは第二王子ハルニッツ、宰相エアリステ侯爵、第二王子付き近衛騎士隊長キーセン侯爵嫡男、魔術師団長モストン公爵、騎士団長ヴァルデリック伯爵、第二王子付き侍従長ハウゼン侯爵二男だ。

第二王子が体調を崩しただけでこれだけの要人が公式の場から姿を消すのは有り得ない。

そう増えた警護にあたる騎士の数が物語る。

顔は正面を向いたまま視線だけを動かして注意深く観察を続ける中、ルルネアと目が合い「あとで」と唇が動いた。


「さぁ、行こうか。僕の妖精さん」


差し出された手を取ってカツンとヒールを鳴らし、ダンスホールの中央に位置した。

隣にはバディウスとエルテル、サストリーとルルネア、少し離れた位置には婚約が発表されたセレンディーネとキーセン侯爵二男の姿がある。

優雅な音楽とフェルキスのリードに身を任せながら、シュテーリアはくるくると回る。

複雑なステップも軽やかにこなしてフェリシアによく似た誰にも媚びることのない笑みを浮かべ礼をとる。

手慣れた一連の動作も際立つ黒と千草色のドレスを魅せる為に必要なスキルだ。

次にシュテーリアの相手になるのはバディウスの予定だったのだが、シュテーリアに手を差し伸べたのはイシュツガルにおいて最も高貴な存在だった。

本来の予定では、ハルニッツ、バディウス、サストリー、ドミトリーと順に踊る予定ではあったがハルニッツは不在であり、更には彼らより身分の高い者に誘われればそちらを優先して良いというのも慣例である。


「シュテーリア嬢、私の相手をしてくれるかな?」

「身に余る光栄です。国王陛下」


国王陛下に誘われるということは王族にシュテーリア自身が、そして身に付ける黒色の布と斬新なドレスが国に認められたということに他ならない。

体格差が大きく多少の緊張感をもってダンスに挑むが、大柄で豪胆といっていいレギオスのダンスは予想以上に繊細だった。

まだ幼いシュテーリアに合わせてくれているのだろうが、何より今はまだ蕾ではあるが社交界の花に対する配慮が半端ではない。

それもこれも前社交界の花と呼ばれたシュテーリアの祖母、彼にとっては叔母にあたる存在に『社交界の花をエスコートする人物の重要性』について幼少期から叩き込まれていたのだと後日知る事になる。

どうやら祖母のレッスン内容は今も引き継がれているようでレギオスの後に声を掛けてきた王太子ランスもシュテーリアと踊る時にはユネスティファやルルネアを相手している時の楽しげな雰囲気は一切無かった。当然バディウスも同様にだ。

シュテーリア自身を、シュテーリアが身に付ける全てを優美に麗しく魅せる為に限界まで配慮された繊細なダンスに感嘆の吐息が漏れるのを聞いて恐縮せざるを得ない。

それでもここで恐縮するような素振りでも見せれば彼らの配慮に泥を塗ってしまうことは理解できるため、シュテーリアは堂々と彼らの手を取り舞う。

バディウスとのダンスが終わればサストリーとドミトリーが隣に立った。


「少し疲れたよね?どうぞ」

「パイルの果実水だよぉ〜」


連続して王族と踊ったため緊張の渦の中にいたシュテーリアを休ませるように白葡萄(パイル)のジュースが入ったグラスを渡され少しの間談笑することになった。

エルテルとルルネアも輪の中に入り、歓談は続く。


「そういえばフェルキスに擦り寄ってたカリアッドの養女は家に帰らされたみたいだよぉ〜」


間延びしたドミトリーの言葉にサストリーがクスクスと笑った。


「当然だよね。フェリシア様がもの凄く怒ってたから」

「そうそう。フェルキスとシュテーリア嬢がお散歩に行ったあと怖かったんだよぉ〜?体感気温が氷点下になった感じ〜」


ケラケラと笑う2人を見てルルネアとエルテルに事実確認をすれば、あの後カリアッド侯爵夫人とフェリシアの苛烈な戦いが繰り広げられたのだと頷いた。


「怖かったわ…」と目を伏せたのはエルテルで「スッキリしたわ!」と笑うのはルルネア。

「少し面白かったかな」と微笑むサストリーに「どうやったらフェルキスみたいなのが出来上がるのか分かったよ〜」と好奇心旺盛に言ったのがドミトリーだ。

それぞれの感想にどんなやり取りがあったのか興味が湧くものの少しだけ恐ろしいのも事実だった。


疲労感も収まり、サストリーとドミトリーと続けて踊る。

シュテーリアよりも身長の小さい彼らだが、ダンスの腕前は高位貴族のそれだ。

ただ、授業で踊る時とは違ってやや自由奔放というか悪戯好きな彼らに相応のダンスだった。

振り回されてる感は否めないが笑顔の絶えない楽しいものだっとシュテーリアは思う。

ドミトリーと互いに礼をして壁際へと下がる途中で呼び止められ、そこにはヒスパニア伯爵の名代として参加しているエルリックがいた。

公式の場ということもあり正装に身を包む彼は男装の麗人と言ってもいいくらいに麗しく華美だ。


「リア、一曲お相手願えるかな?」


そう言って差し出された手は男性にしては華奢で女性にしては筋張った、やはり男性の大きな手だった。

フェリシアを男性にしたらエルリックになる、そう思えるほどに彼は美しいと言える。

ゆったりとした曲調に合わせ、手を取り合う。


「園遊会では驚かされたな」


ホールの中央、ダンスの最中という男女が色めき立ってもいいその場で公私共に先生と呼べる相手から言葉の刃が突き刺さる。

「うっ」と鈍い声を出し、動揺したシュテーリアの足は…エルリックの足の上だ。

ドレスのデザインから見て分かるように今日のシュテーリアは足元が顕になっているため失敗はご法度といえたのだが…

ドミトリーの言葉を借りるならば体感温度が5℃は下がった、というところだろうか。

何とか立て直そうとステップを踏むものの手を取り合う男に何を言われるか分からず、動揺は収まることを知らない。


「お母様に叱られました」

「それはそうだろうな。今の失敗も目を瞑るが、気を引き締めなさい」


だったら今言わないでよ!という心の叫びを吐き散らすことも叶わないので全てを飲み込む間を作ってから一言「はい」と返した。

一拍分テンポが上がったのに合わせ、シュテーリアの体が宙に浮き、背面のスカートがふわりと舞った。

エルリックの思わぬ行動に握っていた手に力が入る。


「お、叔父様…!」

「今日のリアは耽美でいて麗しい淑女なのだから注目を集める方が良いだろう」


音も無くフロアに下ろされてエルリックの力強さを知ると同時に伝えられた言葉に頬が染る。

然も当たり前であるかのように賛辞を送るが不意打ちは身が持たないので控えて欲しいと思わないでもない。

ただ、エルリックがシュテーリアに嘘をつくことは、まずない。彼は本心からシュテーリアを麗しいと思っているから口にしたまでのことなのだろう。


「ねぇ、叔父様。もう一度やって」


緊張感のない、ふにゃりとした笑みで言うと珍しく表情を緩めたエルリックの顔が近付き、耳元で「駄目だ」と諌められた。

叔父は、シュテーリアが思うより悪戯心のある人なのかもしれない。

ぷくっと頬を膨らませて見上げれば困ったように薄く笑んだエルリックと目が合った。


「一度だから効果があるんだ」


そう言われてしまえば引き下がるしかない。

だが、紳士淑女の注目はどちらかと言えばシュテーリアよりもエルリックに行っているのではないかと思う。

これがフェルキスやレイスであれば『やりそう』であってシュテーリアに注目が集まっただろうが、どう見ても『やらなそう』なエルリックだからこその注目に思えて仕方ないのだ。

それを裏付けるようにフェリシアまでもが目を丸くしている。

曲が終わって礼をし、次にシュテーリアに手を差し伸べたのはヴァシュカの兄、協力体制を敷いたミケロ商会の現会頭である。

互いに感謝の意を込めてのダンスは優雅に、そして無難に始まり、終わる。


「あの様な素晴らしいダンスの後では霞んでしまうでしょうが、私にとっては至福のときで御座いました。今後ともよろしくお願い致します」


そう言って彼は去り、入れ替わるようにルルネアがシュテーリアの隣に立った。

「エリーは?」と聞くとユネスティファとセレンディーネとヴァシュカに捕まっている場所を見て「そういう事」とだけ言った。


「明日、エアリステ領に向かうでしょ?それでね、お父様とトルテア様にお願いして今日はわたくし…エアリステ家にお泊まりなの!」

「えっ?」

「それでリアと同じ部屋で寝れるようにフェリシアにも我儘押し通したから、たくさん話せるわ!」

「え?」


あのフェリシアに我儘を押し通すとは、ルルネアの心臓には毛が生えているのかもしれない。


「今日ハルニッツが居なくなったの、多分続編の追加エピソードのせいだと思う」


周囲の音に掻き消されるくらいの声量での囁きに体が強張り、一体どういう事なのか訪ねようとしたがドレスやエルリックとのダンスに興味津々だった他家の令嬢たちに捕まり、その話は後でと言う事になった。



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