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6話


会場の扉の前に立つと形式的に名前を確認され、大きな扉が開かれる。

コールマンの呼び上げに応え会場へと足を踏み入れる2人に視線が集中しているのが分かった。

先程催された入学式まで誰も見た事がなく、存在さえ疑問視されていた冷酷宰相の愛娘《青薔薇の妖精姫》を値踏みしているのだろう。

退場途中で倒れたことも相俟って更に注目を集めてしまったのかもしれない。

《青薔薇の妖精姫》は、誰が言い始めたのかは分からないがシュテーリアの二つ名だ。


前を見据え、ふわりふわりと足を進める。

中央を進んで数段の階段を上がり、王族の席に坐る4人に淑女の礼を披露した。

まず挨拶を述べるのはフェルキスの役目だ。


「本日は祝いの席を共にすることをお許し頂き、ありがとう存じます。重ねて、遅れての参加になったことお詫び申し上げます。エアリステ侯爵家フェルキス、隣におりますのは妹シュテーリアです」

「エアリステ侯爵家シュテーリアです。本日より尊き御身と共に学ぶことをお許し頂きましたこと至極に存じます」


正面に坐るのは王太子であるランスだ。

短髪のプラチナブロンドと濃い空色と夕焼けの赤のオッドアイが照明を受けてキラキラと光っている。

長い足を組み、騎士としての覚えもめでたい彼の体躯は後ろに控える近衛騎士にも劣っていない。

威厳を保っていた表情を緩め、フェルキスに視線を向けた。


「面を上げよ。して、其方が青薔薇の妖精姫か。なるほど、レイスやフェルキスがひた隠しにするのも納得いったな。王太子として、真に青薔薇の妖精姫の名を与えよう。この名を辱めること無きよう、励め」


顔を上げたシュテーリアを全身くま無く見て口角を上げた。

他の令息令嬢の品定めする視線とは違い、彼の視線には面白いものを見付けた時のような感情が見て取れる。


「わたくしには勿体なき二つ名でございますが、有難く頂戴し、王太子殿下のご期待に添えるよう精進致します」

「そう謙遜することは無い。宰相とエアリステ侯爵夫人からも君の優秀さは聞き及んでいる。娘は美貌だけではない、と。なぁ、フェルキス」

「えぇ、妹はエアリステ家の宝花ですから」


笑みを深め柔和な声色で答えてはいるが要するにこれは「王族と言えど、うちの妹を簡単にくれてやると思うなよ」と暗に言ってるのだろう。

もしくはランスとフェルキスの仲を考えれば、もっと砕けた内容なのかもしれない。


(値踏みしてんじゃねーよ、かな…)


幻と言われる青薔薇が付くだけでも大それているのに妖精姫とまで言われているのはシュテーリアにとって重荷ともおもえるのだが…一先ずやり過ごす事が先決だろう。

「お兄様ったら……」と頬を染めたシュテーリアに鈴のような声が掛かる。


「あら!恥ずかしがることなんてないわ!ランスお兄様、わたくしもお話に入れてくださいませ!!」


声を上げたのはイシュツガル王国唯一の王女ルルネアだ。

本来、地位の高い者の話に割り込むのはマナー違反なのだが、ややお転婆と噂されるルルネアには耐え切れなかったのだろう。

第二側妃譲りの藤色の髪と桜色の瞳が爛々と輝き幼い顔立ちに合っている。


「あぁ、すまない。フェルキスは何度も会っているからいいだろうがシュテーリアは初めて会うのだったな。第二王子ハルニッツ、第三王子バディウス、王女ルルネアだ。シュテーリア嬢と同級になる故、宜しくしてやって欲しい」

「シュテーリア・エアリステです。親しくして頂ければ幸いでございますわ、ハルニッツ殿下、バディウス殿下、ルルネア王女殿下」


3人に向き直り再び頭を下げ挨拶を交わす。


「ハルニッツだ。宜しく頼む」

「バディウスだよ。学院では王族も貴族も関係ない、気兼ねせず声を掛けて欲しいな」

「ふふっ、ルルと呼んで頂戴ね!!わたくし、シュテーリアとは仲良くなれると思うの!」


プラチナブロンドに夕焼けの赤の瞳を持つ愛想とは無縁の少年はハルニッツ。

この少年が乙女ゲーム《Tears》の攻略対象者で俺様第二王子、メインヒーローだ。

その隣に座るミルクティー色の髪に夜色の瞳で涼やかな表情を浮かべるのはバディウス。

敵側に位置するこの少年の動きには細心の注意を払わなければならない。

シュテーリアにとっては最も近寄りたくない存在だ。

三者三様の返事に笑顔で返すが胸元で手の平を合わせ楽しそうに笑うルルネアにだけは親しみやすさを覚える。


ただルルネアの態度に多少の引っ掛かりを覚えているのも確かだ。

ゲーム内でのルルネアは、どちらかと言えば人見知りで引っ込み思案だった気がするのだ。

とは言え、フェルキスのようにゲームとは違う動きをしている者もいる。

ここで深く考えすぎるのも良くない、と結論づけた。


「わたくしのことはリアとお呼びくださいませルル王女殿下」

「むぅ…敬称は要らないわ!」

「…では、ルル様と」

「ありがとうリア!もうお友達ね!」


ルルネアは膨れっ面になったかと思えば、実に楽しげに笑った。

頬が瞳と同じ色に色付いているところを見ると、心から喜んでいるのだろう。


「ランス殿下、あまり皆を待たせるのは良くありません。ファーストダンスのご準備を」


表情無くフェルキスが告げるとランスが小さく頷く。

これが側近候補筆頭としてのフェルキスの表情なのか、と実際には見たことの無い一面を見れたことに喜びを覚えた。

何より、自分が演じていない本物のフェルキスを見ていると目の前で答え合わせをされている気分になる。


「御前、失礼致します」


フェルキスとシュテーリアが貴族達のいるホール脇に足を運ぶのを確認し、ランスとルルネアが中央に立つ。

一斉に楽師達が動き、ゆったりとした優美な曲を奏で始める。

2人のダンスは兄妹仲の良さが伝わり、彼女の明るいピンクのドレスもその雰囲気を際立たせ、見ている者を楽しませるものだった。


大きな拍手が響いたあと、貴族の令息令嬢達は次々にホールの中央へと足を進める。

その中、フェルキスに連れられて向かったのはモストン公爵令息の双子がいる場所だ。


「サストリー様、ドミトリー様、ご入学おめでとうございます。妹を紹介させて頂いても宜しいですか?」


恭しく挨拶をするフェルキスは、双子とは既に知り合いのようだ。

自身の名乗りを省略していることを思えば、かなり親しいか近しい間柄なのだろう。


「「ぜひ紹介してください!さぁ!!ほら!!」」


一言一句、間すら違わず食い気味に発する双子に驚きを隠せずにいると横から至極嫌そうに小さな溜息が聞こえる。

お兄様…確かに笑んではおられますが唯ならぬ雰囲気が漏れ出ておりますよ、と心の中で語り掛けるがフェルキスには届いていないようだ。


「妹のシュテーリアです。お二人と共に学ぶことになります…私の青薔薇は可憐で嫋やか故、聡明で利発なお二人には物足りぬ部分もあるかと存じますが、くれぐれも宜しくお願いしますね」

「……シュテーリア・エアリステです。宜しくお願い致します」


「私の」の部分と「くれぐれも」の部分がやけに強調された気がするが、そこは聞かなかったことにするのが良いと判断し挨拶だけを述べることにした。


「シュテーリア嬢よろしくね〜。僕は双子の弟のドミトリーだよ!ドミって呼んで〜」

「こちらこそ、宜しくお願いするよ。兄のサストリーだ。サスと呼んで欲しいな。それにしてもシュテーリア嬢、噂と違わぬ美しさだね…正直言うと親兄弟の贔屓目だろうと思っていたのだけれど……」

「うんうん、僕も同じこと思ってたよ〜!」


間延びした話し方のドミトリーは、新しい玩具を得た子犬のように深緑の瞳を爛々と輝かせている。

一方でサストリーは驚きもあるが品定めをしているようにも思える笑みを浮かべていた。


「「ダンスに誘ってもいいかな?」」

「却下です」


最早安定となっている深い笑みで、すかさず答えたのはフェルキスである。


「え〜、独占は良くないよ〜」

「申し訳ありません。先程倒れてしまったこともあり、今日のダンスはお兄様とだけと約束を……」

「あぁ、そういうことなら仕方ないね。デビューの時には是非…ね」


唇を尖らせて拗ねるドミトリーと眉尻を下げ頷くサストリーに頭を下げれば、2人はケラケラと笑って「いいんだよ」と返す。

シュテーリアと交流を持ちたいのは本心であろうが、どちらかと言えば珍しく感情が表面に出ているフェルキスで遊びたいのだろう。


「ところで、フェルキス……」


今まで爛々としていた深緑を眇め、ドミトリーはホールの中央に視線を向ける。

視線の先にいるのは、黄金の縦ロールの持ち主だ。


「君はアレと踊るの?」

「いいえ。今日のところはシュテーリアの側を離れる気はありませんね」

「そう。なら、僕らがお相手しておくよ」

「えぇ、頼みます」


囁きと言っていい音量で交わされる会話は不穏な空気感があるものの、シュテーリアが口を挟んで良いものでは無いのだろう。


「では、煩わしい任務の前に僕たちはハルニッツ殿下と少し話して来ようかな」


そう言ってサストリーとドミトリーは、ハルニッツの元へと足を進め、フェルキスとシュテーリアは他の貴族の元へと挨拶に向かう。


エアリステ家よりも高位にあたる公爵家、ダンスを踊っているカリアッド家のエルテル以外の同位にあたる侯爵家への挨拶が終ったのは2曲目が終わった頃だ。

エルテルの動きを見れば、彼女は次の相手の手を取るところだった。

それを見て、フェルキスがシュテーリアに手を差し伸べる。


「私の青薔薇、どうかダンスを踊ってくれますか?」

「えぇ、喜んで」


揶揄い合うようにフェルキスのエスコートを受け入れて中央へと向かっていく。

場所はエルテルのすぐ側だった。


「緊張してるかな?」

「いいえ、お兄様のリードがありますもの。楽しみしかないわ」


フェルキスの肩に手を乗せて視線を合わせ、鳴り始めた音に合わせて慣れたステップを踏む。

ワルツは、シュテーリアの1番好きな演目だ。

基本ではあるのだが、リードに合わせてくるくると回るのが思いの外楽しかった。

前世ではヒップホップダンスが好きではあったのだが、今世の世界観には似つかわしくないだろうし、そもそも存在しない。

何よりシュテーリアの体であれだけ激しく動くのは難しいだろう。


フェルキスが囁いたのは、完全に二人の世界に入り込もうとした時だった。


「シュテーリア、少し強引になるけど空いてる場所に抜けるよ」

「…!はい」


周囲を見れば、色とりどりの縦ロールの5人に囲まれるような形になっている。

縦ロールが流行っているのだろうか?と思ったが流石にそれはないかと考えを改めた。

あくまでもここはゲームの設定が反映された世界である。

作家やイラストレーターが縦ロール好きなら分からないでもないが、その設定が万人に受け入れられるかといえば、それ難しいだろう。

何より乙女ゲームの縦ロールと言えば悪役令嬢の専売特許である。

そして、彼女たちは間違いなく近い将来ヒロインを虐げる悪役令嬢ドリル軍団だ。

どうやら彼女たちの今の狙いはシュテーリアであるらしい。


「安心して、これくらいなら問題はないから」


小さく頷き、肩に乗せた手に少しだけ力を込めた。

上級生の縦ロールの肘がシュテーリアの頭部を掠めるが、フェルキスのリードを信頼し優雅さを忘れる事なく、軽やかにそれでも確実に縦ロールから距離をとっていく。


(流石、お兄様ね…安心感が凄いわ)


後頭部に目でもあるのかと思える程に隙間を縫うように空いてる場所に向けて的確にステップを踏んでいくフェルキスは、流石としか言い様がない。

シュテーリアの目から見ればフェルキスが最もリードが上手く優雅であると思っていたのだが、実際は上には上がいるらしい。

フェルキスいわく、特にユネスティファと踊る時のランスは誰よりも素晴らしいリードを披露すると言っていた。

婚約者限定なのが玉に瑕、と呆れていたのも記憶している。


縦ロールの令嬢達が追ってくることはなく、その後は踊りに集中し楽しむことが出来た。

演奏が終わりフェルキスに礼をして、金髪の縦ロールを見やった。

その動きから推察するに、どうやら休憩をとるらしい。


「さぁ、シュテーリア。次に君が取る行動として正しいのは?」

「カリアッド侯爵令嬢への挨拶でしょうか」

「うん、そうだね。我がエアリステ家とカリアッド家の間柄についての理解は出来ているね?」

「はい、お兄様」

「ふふ、エアリステ家の令嬢として恥ずかしくない立ち振る舞いを」


にこやかに頷き合い、シュテーリアは気合いを入れ直してから不自然にならない程度にお腹に力を入れた。


次回更新予定は5月3日0時になります。

よろしくお願いしますm(*_ _)m

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