56話
ご愛読ありがとうございます<(_ _)>
次回より毎週土曜日0時の更新となります。
引き続き【18歳男子、侯爵令嬢に転生す!】を宜しくお願い致します<(_ _)>
また、近々別の作品を投稿できればと考えております。
そちらも楽しみにして頂ければ幸いです。
本編前のご連絡、失礼致しました。
ランスたちはルルネアとシュテーリアの関係を他言しないと約束し、更に杏奈という前世を持つ可能性のある人物についても秘密裏に捜索すると言って解散となった。
まぁ、これでルルネアと話しやすくなったと思えば良かったと思うことにしたのだが寝台に寝転がった今もルルネアはシュテーリアの腕から離れずにいる。
「菜々子、これからは気をつけろよ?」
「うん……本当にごめんて…」
「話してなかった俺も悪いけどさ」
「……だってさ、シュテーリアって何度も死にかけるんだよ。それで最後はアレじゃん」
菜々子の言いたい事は分かる。シュテーリアの未来は、ほぼ死ぬのだ。
「なぁ、今日の茶会でさ、毒入りのお茶のことエルテルが教えてくれたんだよ。飲むなって言いたかったんだろうけど、飲んだのは俺の判断というか……まぁ、それでエルテルをこっち側に引き込むことできないかな?」
「……エルテルかぁ。できるんじゃないかな?どうせカリアッドはもう1人捕まった方の子と生家に全部擦り付ける算段くらいは取ってるだろうし……とは言え罪は罪な訳で、人質的な意味で王族監視の下エルテルをエアリステで育てるって感じにすればいいんじゃない?」
「人質か……」
「結局ゲームでもエルテルって両親と兄に良いように使われてるだけだったし」
確かにな〜と間延びした返事をして、2人同時に欠伸をした。
「とりあえず詳しい話は明日だな」
「んー」
「朝起きたら」
「私はルルネアです」
「わかってんならいい」
そう言って2人は短い眠りについた。
ーーーーーーーーー
翌朝、息苦しさを覚えて目が覚めたシュテーリアの視界は藤色に覆われている。
「なっ…ル、ル……ルル様……苦し……」
健やかな寝息を立てる藤色の少女はシュテーリアの腹の上にいた。
これが兄妹のままなら、どういう寝相だと後頭部を引っぱたいてやるところなのだが今は出来るわけもなく、せめて腹の上から下ろそうと身悶えるのだが彼女が動く気配はない。
何とか腕を伸ばしてベルを鳴らせばルルネアの侍女が優雅に入室し、顔色を変えた。
「ル、ルルネア様!お嬢様が儚くなられてしまいます!!」
一向に起きる気配のないルルネアを引っ剥がした侍女はひたすらシュテーリアに謝っているのだが、シュテーリアとしてはこの状態で寝続けるルルネアに懐かしさすら感じていた。
その後、フェルキスに命じられて登城していたミリアムによって身形を整えられたシュテーリアは優雅な朝を迎えた訳なのだが……
(まだ寝るか)
シュテーリアの身形が整うだけの時間があっても尚、ふかふかの布団にくるまったまま出てこようともしないルルネアを一瞥して侍女たちに外に出て耳を塞ぐように命じた。
当然何があっても許可するまで部屋に入ることは禁じて、だ。
すごすごと出て行く侍女を見送り、シュテーリアはベッドサイドに立つ。
「ルル様、おはようございます。もう朝ですよ」
最初は優しく穏やかに何度か声を掛けた。当然だが、そんなもので起きるとは思っていなかった。
布団を両手で掴み、一気に引き抜けば引き摺られるようにルルネアが寝台から落ち床に転がる。
「いっったい!なにすん…の……」
「おはようございます、ルル様」
「ひっ…お、おはようございます……」
ルルネアは朝イチから恐ろしい微笑みに対峙する事になり、入室の許可を得た侍女によってバスルームに連行されていった。
部屋に残るのはシュテーリアとミリアムのみだ。
「ミリアム、チェルシュはどうしてるの?」
「現在は朝餐の用意をしております」
「……また呼び出されてるのね」
「お嬢様がお食べになるものですので、自ら進んで行きましたよ」
「あら、そうなの?では、ミリアムはルル様がいらっしゃるまで話し相手になって頂戴ね」
そう言ってルルネアの支度が終わるのを待ち、ルルネアの身支度が整った後は2人で朝餐をとった。
美味しいご飯に舌鼓を打って、ふと外を眺めれば薄暗い空から雨が降っている。
「ルル様……」
「いいよ」
「準備は……」
「クローゼットに隠してあるよ」
「ふふっ、じゃあ行きましょうか」
2人にしか分からないシュテーリアの、いや雅の趣向を叶える為に2人は侍女に言って私室に2人きりにしてもらった。
綺麗に整えてもらったドレスを脱ぎ、コルセットも取り、髪を簡単に結び直し、クローゼットから取り出した簡素なワンピースと可愛らしいフリルの付いた外套を着た。
ルルネアは、いつかシュテーリアと2人で市井に遊びに行きたいと服とへそくりを用意していたらしい。
手を繋ぎ、こっそりと覚えた変装魔法を使う。
2人の髪は黒く、瞳も黒に変えた。日本人に戻ったようだと感慨深げに鏡の中の自分を見る。
「リア、早く行かないとフェルキスに見つかるわ!」
「そうね」
2人はバルコニーに飛び出た瞬間に転移魔法を使った。
その瞬間、フェルキスとシュテーリアの従者の持つ春空色の宝石がキンッと音を立てる。
扉の外にいたミリアムは勢いよくルルネアの私室の扉を開いたが、既に2人の姿は無く、フェルキスの元に走ったのだった。
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古市雅という青年は、幼少期から少し変わった子供だった。
晴れた日は特段変わったところは無いが天気の悪い日、その中でも酷い雨の日は外出したがる趣向を持っていたのだ。
菜々子を連れ出して風邪を引かせたこともあるが、菜々子もそれに慣れたのか大きくなってからは雨が降ると自ら遊びに出る予定を組み始める始末だった。
普段は真面目な少年が天気が悪い日にだけ羽目を外したがるのだ。
少し悪いことをしても許される気になる、というのが雅の言い分だった。
城を抜け出した2人の少女は雨の中、市井を歩き回っている。
石畳の道を歩き、中心街の外れにある小さな店に入った。
市井の子供でも買えるような硝子玉で作られた装飾品やリボン、手作りのぬいぐるみが並んでいる。
「ルルさ……ルゥちゃん、これなんか可愛いんじゃない?」
「…ぉ…お姉ちゃんには、これが似合うよ!」
互いにリボンや装飾品を当て、あれでもないこれでもないと言い合う中、中年の女主人が2人を優しげに見守っている。
おそらく女主人の目には幼い姉妹に映っていることだろう。
2人で買ったのは春空色の硝子玉と桜色の硝子玉が使われたブレスレットだ。
そして、もう1つルルネアにはウサギのぬいぐるみとシュテーリアが持つクマのぬいぐるみだ。
「お姉ちゃんとお揃い!次はお洋服?カフェ?」
爛々と黒い瞳を輝かせルルネアはウサギのぬいぐるみを腕に抱いたままシュテーリアの腕を引っ張り、急くように店から出て誰かにぶつかった。
「ごめんなさい!妹が……あ…」
「お、おぅ……早すぎる……」
自由時間の終わりを告げる人物がそこには立っていた。2人が良く知る、そして2人を良く知る人物。エルリックだ。
見下ろす彼の顔は端正で美しい彫刻のように感情が消え去っている。
これ以上に恐ろしい顔があるだろうか。
「お嬢ちゃんたち、どうしたんだい?」
店前で何かあったのかと女主人が様子を見に出てきて、訝しげにエルリックを見た。
なんとも言えない微妙な空気が流れて、シュテーリアは勢い任せにエルリックに抱きついた。
「パパ!ごめんなさい!!」
一瞬ルルネアがハッとした顔をしてシュテーリアに続く。
「ごめんなさい!お買い物したかったの!」
ぎゅうぎゅうと締め付けるように抱きつけば、エルリックの眉間に深い皺が寄り口端が片方だけ持ち上がり、心做しか竜胆色の瞳から感じる視線が普段より痛い。
「お前たち、危ないから離れてはいけないと言っただろう?」
「「は、はーい…」」
2人は思っていた。迎えに来るのならフェルキスかチェルシュだと。
フェルキスであればシュテーリアが可愛らしくお強請りすれば許してくれるし、チェルシュであれば何とか言い負かすことが出来るのではないかと甘く考えていたのだ。
それを見越してなのかフェルキスはエルリックを寄越したと馬車に放り込まれたあとに聞かされた。
「それで?どこに行きたいのか言いなさい」
説教が始まると思い込んでいた2人はポカンと口を開いた。
「行きたい場所があるから抜け出したんじゃないのか?」
「あ……カフェ、カフェに行きたいわ!ねぇ、リア!!」
「え?え、えぇ!そう、カフェ!」
「フェルキスから最近は色々あってストレスも溜まっているだろうから解消に付き合ってやれと言われている」
そう説明を受けて、その日は満足するまでエルリックを連れ回し、帰城した時には空は晴れて赤焼けの空に変わっていた。




