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5話


「…やぁ、初めまして。シュテーリア・エアリステ嬢、体調は良くなったのかな?」


優しげな雰囲気を持つフリオは、紫紺の瞳を三日月にしてシュテーリアに目線を合わせるように屈んだ。

痩身であり高身長の彼にとって楽な体勢とは言い難いが、わざわざ一生徒でしかないシュテーリアに目線を合わせてくれているのだ。

優しさに溢れる人であることは間違いないだろう。目尻にある小さな皺がより一層そう見せるのかもしれない。

学院長と言うだけではなく彼は公爵であり、臣籍に下りたとは言え元は王族なのだから尚更そう思う。


「お初にお目にかかりますわ、学院長先生。体調は、もう大丈夫です。ですが、本日の社交界はお兄様のお側に居りたいと思っておりますの」


フェルキスがシュテーリアの隣に立ち、労わるように首筋を撫でる。

その手つきが酷く甘く感じ、得たことの無い感覚にフェルキスを仰ぎ見た。


「また倒れないとも限りませんので…ん?どうかしたの?シュテーリア」

「い、いいえ……なんでもございませんわ」

(な、なんだ!?えっ!?顔あっつ!!)


鏡に映る自身の顔が赤らむのを見て狼狽える。


(菜々子……ようやくお前の気持ちが分かったよ。イケメンは罪だ!)


前世の妹が二次元のイケメン相手に悶え苦しむ姿を幾度となく見てきたが、今世で自分がその状況に陥るとは思ってもみなかった。


(妹よ、よく「具現化しろ!」って言ってたけど…具現化はダメだ。破壊力が凄まじいぞ……)


姿なき妹に心の中で語り掛けつつ、どうにか冷静さを保ちミリアムが髪を梳くのを受け入れることにした。

兄妹のやり取りを見ていたフリオが破顔し笑い出す。


「はははっ!本当にフェルキスはレイスにそっくりだな!愛しい子には随分と甘い。君のそんな顔は初めて見たよ」

「シュテーリア以外には必要のないことですからね。ミコルトも可愛い弟ですが、あれには厳しくしなければならない部分も多いので…」


バツの悪そうな表情で緊張感のない砕けた雰囲気を出すフェルキスは珍しい。

フリオと父レイスが従兄弟という関係性であるのは知っていたし、一時期とはいえレイスはフリオの側近でもあったのだ。

これだけ砕けた姿を見せるのも当然かもしれない。

ただ、それだけ近しい間柄であったにも関わらずシュテーリアはフリオにも王族にも高位貴族にも会った事が無かった。

本来であれば立場上、王妃様主催のお茶会などに招待されても不思議ではないのだが……

とは言えフェルキスやミコルトは招待を受けていて高位貴族との面識がある。

王族との婚姻を狙う必要がないから連れていかなかっただけなのかもしれない、と自身に言い聞かせることにした。


「あぁ、そうだ。もう少しで会場の準備が整うから様子見ついでに呼びに来たんだよ」

「シュテーリアの準備が整い次第向かいますが入場順の変更をお願いしても?」

「うむ、その方が良さそうだ。社交界用のドレスはここにあるのかい?」


フリオがミリアムに視線を向ける。


「はい、ございます」


備え付けられた棚に大きなトランクがあり、その上には見慣れた淡い緑から春空色の青に変わっていくグラデーションカラーのプリンセスドレスがある。

それはフェルキスとレイスの瞳の色、そしてシュテーリアの瞳の色だ。

デコルテラインが大きく開いたオフショルダーのドレスには、ふんだんにレースが使われ腰元には光沢のある生地で造られたリボンが取り付けられている。スカート部分は動きがより美しく見えるようにと薄いチュール生地が何枚も重ねられており、エアリステ家の専属デザイナー渾身の作品だとミリアムが話す。


「お母様とお兄様、そして専属デザイナーがわたくしの為にいくつもの案を出してくれたそうなのです」

「そうか。その色……レイスは、まだ君に生涯の相手を見つけさせる気はないようだね」


どこか呆れたような声にフェルキスは当然だと言わんばかりに頷く。


「シュテーリアは生涯エアリステ家に居ても良いと僕は思っていますよ。父上や僕よりもシュテーリアを大切にできる者が現れない限り認めません」


流石、妹至上主義者である。全くブレが無い。

苦笑いを見せるが今のシュテーリアにとっては頼もしい言葉でもある。

まだ雅を完全に捨て去ることは出来ていないのだから男性は未だ同性という認識なのだ。

この部分は、いずれ……と完全に後回しにして良いのは有難い。


「フェルキスはシュテーリアが可愛くて仕方ないんだな…存分に傍で守ってやるといい」

「はい、当然です」


フリオは温かさを持った紫紺の瞳をフェルキスに向ける。

父親が息子を見るような、そんな瞳だったとシュテーリアは思う。


「さて、私は会場へ向かおうかな。見送りは良いから準備を。手を止めさせて悪かったね」

「では、僕も隣室で着替えてくるよ。準備が整ったら迎えに来るね」


フリオとフェルキスが姿を消し、手際よくミリアムに化粧直しをされる。

髪飾りもドレスの装飾と合わせ、ブルーダイヤの薔薇と真珠、緑の宝石で彩を添える。

用意されたドレスに着替えれば、より一層踊る事が楽しみになった。

前世は舞台役者、体を動かすことが好きなのでダンス自体は好きだし何よりキラキラとした世界には憧れもある。

不安なのはお貴族様的なやり取りだけだが、今はまだ相手もシュテーリアと大差ない子供なので、そこまでの緊張もない。

正式な社交界デビューは16歳の誕生月に行われる為、これは新入生と在校生の顔合わせを兼ねた社交会の練習だ。


「ミリアム、お兄様のお隣に相応しい装いになったかしら?」


ゆっくりと回って見せれば、ミリアムは胸元で手を合わせ感嘆する。

体の動きに合わせてチュールがふわふわと舞った。


「お美しいです!必ずフェルキス様にもご満足いただけますよ!」

「いつもありがとう、ミリアム。お兄様に可愛がって頂けるのも貴女のおかげね」

「勿体ないお言葉です、お嬢様!」


最終確認が終わったところでタイミング良くノック音が鳴る。

入室を許可すれば案の定フェルキスが入ってきた。


「素敵ですわ、お兄様…」


紺地にプラチナブロンドの糸で華美に刺繍が施されたフロックコートを纏うフェルキスは御伽噺に出てくる王子様のようだ。

12歳にして絶賛される容姿を持っているともなれば将来に期待せざるを得ないだろう。

まぁ、将来はもっとイケメン化していることをシュテーリアは知っているのだが……


「見て、シュテーリアが僕の色を着ているから僕はシュテーリアの色を使ってみたんだ」


そう言って触れたのは長い襟足を結っているリボンだ。

正直言って、恥ずかしいことこの上ない。

嫌だとかマイナス的な意味ではなく、擽ったいような…そういった感覚だ。

日本人的な感覚が先に出るのは許して欲しいと思う。

とは言え、妹としては喜びを表すところだろう。


「まぁ!嬉しい!!」


フェルキスの腕に抱きつき見上げると、額に柔らかな感触が降る。


(これだからぁぁぁ!助けて菜々子ぉぉぉぉぉぉ!!)


「では、愛しのレディ……行こうか、貴族の戦場へ」

「はい!お兄様!……え?戦場??」

「あぁ、子供とは言え相手は貴族だ。付け入る隙なんて与えてはいけないよ」


冷ややかに淀んだ空気が辺りを包む。発生源は確実に隣にいる柔らかな微笑みを深めた美形だろう。


「あぁ、それと王城では大人たちが魔法で映し出された子供たちの社交界を見ているから気を抜いてはいけないよ」

(え、めっちゃ怖い。逃げたい、助けて菜々子ちゃん……)


シュテーリアは気分が急降下したまま会場へと足を進めることになった。

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