51話
互いに泣いて、これはハンカチどころじゃ済まないなと笑い、藤色の髪を撫でる。
雅の表情は湛えていた怒りを消し、どこまでも慈しみ深いものになっている。
「今は兄妹じゃないけど、菜々子の大好きなシュテーリアで良かったよ」
そろそろルルネアとシュテーリアに戻ろうかと言えば少しだけ不満そうに彼女は頷いた。
雅は自分の席に戻り、手元にあるフォンダンショコラの乗った皿を菜々子に差し出す。
「これは菜々子が食べな。また作ってやるから、その時も一緒に食べような」
そう言ってテーブルに置かれたベルを鳴らし、2人は王女と令嬢に戻る。
入室してきた侍女はルルネアとシュテーリアの泣き腫らした目を見て驚き、冷えたタオルを取りに急ぎ足で消えて行き、残されたチェルシュは不思議そうにシュテーリアを見ているが何があったのかを聞くべきか躊躇っているようだ。
「前世の妹だったのよ」
「……はい?」
「ルル様は、わたくしの前世の妹よ」
チェルシュは言葉をなくし、2人の少女を交互に見て口を引き結んだ。
再び会えたのは良かったのだろうが、2人の子を亡くした前世の親の気持ちを考えると何とも言えないのも理解できる。
シュテーリアの言葉に反応を示したのはルルネアだった。
「言っていいの?」
「えぇ、彼も転生者ですもの」
いつ誰が来るかも分からない為、口調を崩すことなくチェルシュが前世では料理人だったことを端的に伝え、シュテーリアはお茶に手をつけ、目を丸くしていたルルネアは何度か頷いて納得したようにチェルシュを見た。
「そっか…だからエアリステのご飯は美味しいんだね」
「セレン様とヴァシュカ様も転生者ですわ。あのお2人は信用して宜しいかと」
「え?そんなにいんの?」
「ルル様、口調が乱れていますわ」
再び目を丸くしながら前世の口調を引き摺るルルネアを諌め、シュテーリアが淑やかに威圧を込めて笑み、ルルネアは肩を震わせる。
「相っ変わらず厳しすぎじゃない…かしら」
取って付けたような語尾だったが及第点としようと一つ頷いて、美味しそうにフォンダンショコラを食べ続けるルルネアを眺めた。
頬張ってはニコニコと笑い、嬉しそうに目を細める。
中身が菜々子だと分かってからのルルネアは、シュテーリアの目には、より一層可愛くて仕方ないものに映り、その一挙手一投足が愛しくて堪らないのだ。
2人の光景を眩しそうに見つめていたチェルシュが遠慮がちに口を開いた。
「お嬢様、どうか侍女殿がお戻りになった際には表情をお戻し下さいね」
「そんな変な表情をしているかしら」
頬に手を当てて確認してみるが鏡でも無い限り自分の表情など分かるわけはないのだが、何となくチェルシュの言いたい事は分かる。
緩みきった頬が問題だと言いたいのだろう。
だが、シュテーリアとてエアリステの娘で、前世は役者である。オンとオフの切り替えくらいお手の物だ。
それに今のルルネアが置かれている状況を思えば気を緩ませてばかりは居られないとも理解している。
だが、今から話し合うには時間が足りず、後日と言ってしまっては登城できる日がないのも事実だ。
フェルキスは口を挟むつもりは無いと言っていたがルルネアの中身が菜々子だと知った以上、シュテーリアには放っておくことなど出来るはずもない。
何よりTearsの熱烈なファンだった菜々子であれば雅の知らない内容を知っている可能性も大いにある。
侍女からタオルを受け取ったあとにでも話をしてみようかと思ったのだが、戻ってきた侍女に化粧の崩れた姿のままお茶を続けるなど言語道断だとお叱りを受け、シュテーリアとルルネアの可愛らしい抵抗も虚しく帰宅を余儀なくされたのだった。
帰宅後、致し方なくシュテーリアは私室にある一人掛けのソファーに座り、チェルシュにも席に着くように言う。
「舞台脚本ではルルネアに関する事が書かれている部分は少ないのよ。あの子を助ける為にはゲーム知識が必要なんだけど…難しいわね。王城での盗聴防止魔法の使用は王族の許可がなくては認められないし、確か王太子殿下以外の殿下にはその権限が与えられていないはずだわ」
「では、王女殿下をこちらにご招待しては如何ですか?」
ゆったりと目を伏せ、軽く首を振る。
「それも考えたけれど、社交会シーズンに入る上に建国祭も近くてルル様にもわたくしにも個人的に会って話す程の時間はないでしょう?」
「そうですね……では、ゲームのストーリーにお詳しい方とお話に……ヴァシュカ様ですか」
「ヴァシュカ様もミケロ商会の立て直しに奔走されているし…休暇に入れば、わたくしもエアリステ領に行かなければならないのよ。流石に内容が内容だもの。カリアッドでのお茶会では話せないでしょうし」
ただ優雅に安穏と過ごす貴族も多いがエアリステは年中多忙を極める部類の貴族だし、おそらくミケロ商会の立て直しをしなければならないヴァシュカも今後は多忙を極める中、過ごすことになるだろう。
かと言ってルルネアと話が出来るのは残念ながら休暇明けになるだろうことは簡単に予想ができる。
「お嬢様、未来視という形をとりランス殿下やフェルキス様にお話してみるのは如何ですか?」
原作と全く同じ通りに進んでいるのであれば、それも良い案だったと思うが、何せ原作と現実のシュテーリアはまるで別人であり、今の登場人物たち特に転生組の存在によって原作と全く同じ様に進むとは言えないのである。
そもそも現時点で多くの変化が起きている以上、未来視と言えるほど確定的ではないのだ。
ランスに言って、もし全く違うことが起きれば王族を謀ったとして裁かれてもおかしくない。リスクがあり過ぎるだろうと思う。
「とりあえず…王妃主催のお茶会を乗り切ってからにするわ」
「そうですね。解毒薬ですが、お嬢様の分と予備に2つほど持って行きますが宜しいですか?」
「……そうね」
不測の事態が無いとも限らない以上、予備はある方がいいだろうと判断する。
シュテーリアは一つ小さく息を吐いて目を伏せ、前世の平和な日常に思いを馳せた。
次回更新予定日8月23日0時です




