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48話



試験3日目。魔法学の座学試験が終わり、1年生一行は魔法棟にある練習場横の待機場に移動した。

ルルネアの暴走があったことから今年度より魔法の大小に関わらず魔法の実技は魔法棟の練習場を使う事になったのだが、確かにルルネアの起こした暴走が発端だったとはいえ、これまでが魔力量の多い就学児童への配慮に欠けていたのだと改めて児童と保護者に対して学院側から謝罪もあった。

試験も同様に魔法棟で行うという。

試験は5人ずつ練習場に呼ばれ、4人の魔法科の教師の前で指定された光属性の各資質、最低難度の魔法を発現させるものだ。

前世で何度も行ったオーディションに近いだろうか。

呼ばれる順番は通常授業での評価順であり、シュテーリアはモストンの双子兄弟と王子2人と同じ1組目だ。

ものの数分で1組目から3組目までは終わり、各々が教室へと戻る中シュテーリアと2人の王子は最後の組に回された王女を待つ為に魔法棟の近くにある中庭のベンチに座っている。

直近の授業で暴走させたことは無いとは言え、最初の授業のことを思えばルルネアだけが個別の試験となるのは致し方ないことだろうとは思う。

特に日々ルルネアの勉強に付き合ってきたバディウスはベンチに座ることも無く練習場の方を見ては、そわそわと落ち着きをなくしていた。


「バディウス殿下、落ち着かれなさいませ。近頃は失敗することもなく落ち着いて発現させていたと叔父様に聞いておりますわ。ルル様であれば大丈夫です」

「そうだけど…心配なものは心配なんだよ」


ふわふわとしたミルクティー色の髪が太陽に照らされべっこう飴のように艶を増し、その下で大きな夜色の瞳が潤んでいる。

バディウスのその姿は可愛らしい子供の姿だとシュテーリアは素直に思い、隣に座るハルニッツと目を合わせて控えめに笑った。


「ハルニッツ殿下は心配ではないのですか?」

「俺はそんなに心配してないな。あの悪魔のような家庭教師に挑む姿を見ていれば心配は無用だと分かる」

「…殿下、その悪魔はわたくしの叔父様ですわ」

「……うむ」


少々の沈黙があり、漸く落ち着いてきたバディウスを含め3人は濃く澄んだ青空を見上げた。

良い天気だわ、などと初老の婦人のような思考で和やかな時間を過ごすうちに突如破裂音と同時に冷気を感じ、3人は勢いよく発生源だと思われる練習場に顔を向ける。


「今は何組目だ?」

「ルル様ではありませんわね」

「うん。ルルの魔力ではないけど…外に居ても感知出来るということは、それなりの魔力量だね」

「魔力量の多さで言えばエルテル嬢か?」


俄に騒がしくなる練習場の出入口を眺めてシュテーリアがふと口をつく。


「エルテル様ではありませんわ」


確かに彼女は現時点でシュテーリアに劣るが最低難度の魔法に苦戦するような人物ではないし、いくら非常識な令嬢とはいえ通常授業でも魔法を失敗するようなところは見たことがなかった。

何より伯爵家以上の爵位がある家の子息子女が今回の魔法試験で失敗するようなことは無いと思っていた。

少なくとも試験官を務めていた男性教師が血に染る濃色(こきいろ)の髪の少女を抱き、走り去るまでは。


「あの髪色は…」

「レオンハルトの妹か」

「マルフィネ嬢…だね。僕らの婚約者候補の1人だ」


彼らは運ばれて行った少女がマルフィネ・ヴァルデリック伯爵令嬢だと気付き、一瞬シュテーリアに視線を向け、そして2人は顔を見合わせて一つ頷いた。


「今すぐ兄上かフェルキスに報告した方がいいな」

「シュテーリア嬢はハルと一緒に騎士棟に向かって貰えるかな?」

「え、えぇ。ですが、ランス殿下も試験の最中では…」

「兄上とフェルキスは試験を免除されている」


端的にそう言うやいなやハルニッツはシュテーリアの腕を掴んで強引に立たせ、バディウスには中庭に残りルルネアを待つように告げて可能な限り早足で騎士棟に向かった。


騎士棟の馬術場では、やはり試験が行われており既に試験は終わったのであろうレオンハルトが試験官から何某かの報告を受けて走り去るところだった。

その様子からマルフィネの件が報告されたことは想像に難くない。


「何があった」


背後から掛けられた声に振り向けば、そこにはランスとユネスティファが、その後ろにはフェルキスが控えている。


「先程、マルフィネ嬢の魔力が暴走したようです。運ばれるところを遠巻きに見た程度なので怪我の状態などは詳しく分かりませんが出血量などから鑑みて相当なものだったのではないかと」

「……3人目か」


ランスの表情が険しいものに変わり、シュテーリアはそっとフェルキスに寄り添って3人目とはどういう事なのかを訊ねた。

聞かされたのは上夏の月に入ってからハルニッツとバディウスの婚約者候補の中で事故及び事件で負傷した人数だということ。

1人目はシュテーリア、2人目はセレンディーネの末妹であり1学年上のユリア・クルソワ、そして今回のマルフィネ・ヴァルデリックだ。

どの人物も決して王家との血縁まで求める必要のない家の令嬢である。

何せユリアは姉のセレンディーネが未来の王太子妃ユネスティファの親友と言える存在であり、ユネスティファの弟と婚約していることから既に確固たる縁がある。

ヴァルデリック伯爵家も同様に兄のレオンハルトが王太子の側近に決定しているし、そもそもヴァルデリック伯爵の前妻は儚くなられたとは言え国王の姉だし、現伯爵夫人はモストン公爵家を生家としている。

王家との結び付きは充分過ぎるほどだ。

簡易的な説明をフェルキスから聞き終わったあともランスとハルニッツは小声で話し合いをしているが、そこにフェルキスは加わらずシュテーリアの隣に立ち2人の様子を見守っている。それを不思議に思いフェルキスを見上げ、心配そうに見つめる翠眼と目が合った。


「お兄様は話し合いに加わらなくて良いの?」

「ん?あぁ、この件はね…何せユリア嬢を狙ったのもシュテーリアを階段から落とした犯人と同じだ。藤色の髪の少女となれば疑われるのはルルネア王女殿下。それもルルネア王女殿下はバディウス殿下を相当慕っている…」


1人目の被害者であるシュテーリアは階段から落ちたとは言え大きな怪我を負ってはいない、だがユリアは現在も寝台から起き上がれない状態であり、今回のマルフィネも事故ではなく、その手の内の者に何らかのことをされた結果の暴走であったとすれば相当な被害だと言える。

ルルネアに近しい風貌の犯人、怪我の少ないシュテーリア、シュテーリアとルルネアの関係を鑑みればエアリステの関与まで疑われかねないのだとフェルキスは言う。

だからといって、誰が聞いているとも分からない外ではなく屋内で話し合うべきではないかとシュテーリアが言い、それを聞いていたユネスティファも深く頷いた。

結局、ユネスティファに促され彼らは執務室へと向かい、シュテーリアとフェルキスはそのまま帰宅を命じられた。


馬車の中、緩やかに通り過ぎる街並みを見ながらシュテーリアは口を引き結び思考する。

ルルネアに罪を被せたい、エアリステに疑いの目を向けたい、それであるならば何故改革派の令嬢や教会派の中でも改革派寄りの家の令嬢を狙わないのかと。

ルルネアがバディウスを慕っているから婚約者候補を引きずり落とそうとしているのであれば、筆頭はシュテーリアとエルテルだ。

その次にはマルフィネ、ノーレが続く。

他の伯爵家も同年の令嬢が居ない家は分家から養女として迎え入れている為、対象者はそこそこに多いはずなのだ。

そして、そこにエアリステの謀を組み込みたいとなれば狙うのは確実にエルテルであると言える。

だが、改革派の筆頭に被害を与える訳にはいかないから教会派の2人に…と、そこまで考えてシュテーリアは緩く首を振った。

それでは改革派の謀です、と暗に言っていると同じだ。余りに稚拙だろう。

自然にエアリステの疑いを深めるのならば最低でもノーレには手を出すはずだと考えるが腑に落ちない。

何か予測していなかったことが起きて計画が変わっているのだろうか…では、予測していなかったこととは?と思考しつつ無言のまま窓の外を眺めていると、不意にフェルキスが口を開いた。


「王妃陛下主催のお茶会では、出されたものは何としても食べなければならない。口にしないのは王族に対し不信を抱いていると思われかねないからね」

「何としても…」

「そう。例え毒が入っていると分かっていてもだ」


それは暗にお茶会で毒入りの何かが振る舞われるのだとフェルキスは言っているのだ。

そして、それを食べることになるのはシュテーリアだとも。


「王家がエアリステを切ったと思わせる為かしら…」

「それもあるし、僕が思いの外しぶといからだろうね」


何度も暗殺者を送ってるのになかなか殺せないから一先ず狙いをシュテーリアに絞ったのではないかな、とフェルキスは自嘲気味に笑んでシュテーリアと同じ様に街並みに視線を走らせた。


「お兄様、心配には及びませんわ。美味しくない食べ物そのものがわたくしにとっては毒だもの」


優美に言ってのけるシュテーリアにフェルキスは少しの間閉眼し、満足のいく返答だったのか口に弧を描いた。

おそらく使われる毒は以前チェルシュが使われた毒だろうと察し、帰宅後すぐにチェルシュにその事を話して解毒薬を用意させた。


次回更新予定日8月11日0時です。

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