45話
結晶化を始めてから9日程が経ち、宝石箱に保管していた青の結晶は拳程度の球体になっていた。
シュテーリアが考えていた以上に彼女の体力は無く、その為に1日休養を挟んだことで多少予定が遅れたのだ。
だが、その休養日があったことでエルリックに下賜するブローチが今朝届けられ、二度手間にならなかったのは良かったことと言えるかもしれない。
とりあえず、結晶を作るところまでフェリシアにとっては満足のいく内容だったのだろう。彼女の表情からは満足な結果が出た事への安堵が伺える。
ルースケースに置かれた結晶を眺め、今朝渡されたフェルキスとチェルシュから預かったブローチとエルリックに下賜する予定のブローチ、そしてミリアムの髪飾りに視線を移し、改めて姿勢を正してフェリシアに訊ねる。
「今日は魔法を組み込むの?」
「えぇ、そうよ。元々リアが着けていた青薔薇にも魔法が掛けられているわ。それはフェルキスのブローチとだけ繋がっているのだけど、今回はフェルキス・エルリック・ミリアム・チェルシュのそれぞれが持つ春空色の宝石と繋ぐのよ。それだけの人数に繋ぐには普通の宝石では耐えられないの。だから大元になるリアの青薔薇の髪飾りを魔力の結晶に変更することが必要だったのよ」
簡単な説明を受けてシュテーリアは自分の魔力で作り出した結晶を両手で包み込んでから目を閉じ、結晶の形を変化させていく。
球体は不規則に曲がり、次第に薔薇の形を形成する。
シュテーリアの細く薄いその手には見本と寸分違わぬ青薔薇が乗っていた。
再び目を閉じて引き続き宝石の在処を探る。
預かっている3つの装身具に付いた宝石からは持ち主の存在を感じ、残る1つはこれからエルリックに下賜する予定のものだ。
まずは1つ目、フェルキスのブローチ。
光、雷、操術を用いて青薔薇に形作られた魔力の結晶から春空色の宝石へ見えない糸で繋いでいく。
この作業はシュテーリアにとっては簡単なものであり、既にエルリックに習っていたものの応用でもあった為、次々と順調に終わらせた。
とはいえ、3つの資質を一度に使い、それを何度も繰り返すともなれば疲れは出るものだ。
エルリックの宝石に繋ぎ終えた時には結晶作り程では無いがシュテーリアの顔には明らかな疲れの色が見えている。
「お疲れ様、リア」
フェリシアから労いの言葉を受け取りシュテーリアは天井を仰ぐ。
連日に渡る魔法の使用がここまでの疲労を負うものとは考えていなかったが、一先ずは全ての工程を終えられた安堵がある。重くなった腕を小刻みに揺らすという淑女らしからぬ手法で腕の怠さを誤魔化した。
シュテーリアは完成したばかりの青薔薇の髪飾りと宝石をミリアムに持たせ、応接間へと足を向けた。
応接間ではシュテーリアの作業工程の終了報告を受けたランスが一人掛けのソファーに座してシュテーリアの訪れを待っていた。
当然、背後にはヴィルフリートが控えている。
「お疲れ様、シュテーリア嬢。フェルキスにそれが機能しているかの確認を頼まれたんだが見せてもらってもいいかな?」
にこやかに告げられ、シュテーリアはルースケースを置くようミリアムに指示する。
ランスが結晶を手に持ち、確認作業に入ったのを見ながらチェルシュが用意したであろう茶請けのお菓子に手を伸ばした。
四角に整えられたクッキーは、ふわふわとしていて舌触りも良く、そして甘い。
お茶もキャラメルショコラのフレーバーティーにミルクを足したものだ。
お疲れでしょうから、とチェルシュは甘めのものを用意していたらしい。
感謝を述べればチェルシュは軽く頭を下げ、壁に沿うように立ち、その存在感を消す。
シュテーリアは、ほんの数ヶ月で実に優秀な侍従になったものだと感心せざるを得ない。
元々素養があったとしても普通の15歳の少年では、こうは行かなかっただろうし、前世の記憶があるからと言って簡単に身に付けられるものでもなかったはずだ。
それはエアリステの教育が厳しいものだと有り体に表しているのだが、何よりもチェルシュという1人の少年がもつ能力の高さが伺える。
それを見抜いたフェルキスの慧眼には感服するものだ。
確認作業はものの数分で終わり、帰る気配の無いランスはヴィルフリートにも着席を促した。
「シュテーリア嬢、王妃主催の茶会に出ると聞いたが…問題はないのか?」
「問題、ですか?」
「あぁ、賊に襲われたことも学院内で何者かに襲われたことも全て報告は受けている。未だ女生徒の方は目撃情報すらない状態だ。そんな中で茶会への参加は不安じゃないか?」
自身の母親が出した招待状だ。ランスの申し訳なさそうな顔を見れば、それを責めようとは思えなかった。
エアリステにはエアリステの思惑があるように、王家にも王家の思惑があるのだ。
それが分からない程シュテーリアは無知ではないし、エアリステは王家に心からの忠誠を誓う一族でもある。
不安がない訳では無いが、不安などという感情のみで王家の思惑から外れた行動を取ることはない。
それに茶会の会場は王城の庭園である。
もし何かがあったとしても城の中にはレイスもフェルキスもいるのだ。その事実だけでも不安は充分和らぐものだ。
大丈夫ですわ、と笑顔で返せばランスは深く頷いた。
それからは気分の滅入るような話をしないようにと気遣ったのか、はたまたただの惚気か計り知るとは出来なかったがユネスティファとのデートプランの相談をしてきたのだが、相手はシュテーリアとヴィルフリートである。
全く参考にならない2人だったが故にランスは収穫のない時間に散々笑って過ごし帰って行った。
晩餐後、シュテーリアの私室に訪れたフェルキスにランスと話したことを報告していた。
「ヴィルフリートの相手はエナだからね…普通とは言い難いし、何より彼女は毒花を愛でるのが趣味だ。ユネスティファ様に合うプランを上げられるとは思わないな」
「毒花……」
「シュテーリアはなんて答えたの?」
「わたくしは、お兄様とのデートしか経験ないもの。お答えできなかったわ」
満足気に微笑むフェルキスに拗ねたように答えれば、彼は顎に手を当てて思考を始め、何事かを決めたようだ。
「休みになったら領地に帰るだろう?そこで街にでも出てみようか。王都では危険が多くて自由に外出させてあげられないからね」
「まぁ!嬉しいわ!」
「視察もあるし、色々な場所に連れていってあげるよ」
春空の瞳を輝かせてシュテーリアは、ふと思う。
前回もピクニックだ何だと言って爽やかな笑顔で誘われた挙句、蓋を開けてみれば物騒な事象が待っていなかったか?と。
見事なまでの疑心暗鬼になりつつ、シュテーリアは複雑な思いを飲み込んだ。
そもそも、シュテーリア・エアリステになった瞬間から分かっていた事だ。今更、物騒事の1つや2つ増えたところで…である。
「楽しみにしてますわ」
そう返してシュテーリアは1日を終える事になった。
次回更新予定日7月30日0時です。




