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4話


冷たい何かが労わるようにシュテーリアの頬を撫でる。

ゆっくりと目を開ければ先程の懐かしい光景よりもかなり華美な天井が視界に入る。

戻ってきたんだ、そうシュテーリアは思った。

この世界はシュテーリアにとって…

いや、雅にとってもこの世界は既に帰る場所になっている。

決して戻ることの出来ない前世は、過去の物でしかないのだと力なく放り出していた右手に少しだけ力を込めた。


その手に頬に触れたものと同じ感触を味わい、視線を下げれば痛みを堪えているように潤いを携えた翠眼がある。

触れていたのはフェルキスの大きな手だ。

シュテーリアの手を包む彼の手は普段の温かさを無くし、少しだけ震えていた。

目の前で愛しい妹が倒れたとなれば不安に思って当然だろう。


「お兄様、ご心配をお掛けしましたわ。もう大丈夫です」


頭痛も眩暈も既に無く、健康体と言っていいと思う。

目を細め笑って見せれば、安堵したように包まれていた手が持ち上げられ手掌に口付けを落とされた。


「また目が覚めないのではないかと…本当に心配したんだよ?今日は、もう帰ると約束してくれるかい?」

「あら、わたくしお兄様とのダンスを楽しみにしておりましたのに…残念ですわ」


こんなにも弱々しいフェルキスを見るのは初めてだった。

今世でも、前世でも。

腹黒さを隠した笑顔の方が安心するとは一体何事だろうか…とシュテーリア自身も少し納得がいかなかったが、今は普段通りが良かったのだ。

まだ平和な日常の中に居ていいのだと安心したかった。

ランスもフェルキスも他の側近達も護って、自分も生き残る道を探さなければならない。

1人でやりきることを選び、シュテーリアは決意して夢から覚めたのだ。

妹に極上に甘い兄を安心させる為に。

だからこそ、シュテーリア・エアリステという存在に寄り添わなければならない。

いつまでも雅のままでは居られないのだ。

フェルキスを演じた記憶も菜々子に与えられたゲームの記憶もシュテーリアの知識の一部に変えて全てを乗り切ろう、と決意を新たにする。


「お兄様?踊ってくださいませんの?」


握られていた手をフェルキスの頬によせる。

フェルキスは困ったように眉尻を下げ笑った。


「仕方ないね。僕は愛しいシュテーリアのお願いは全部叶えてあげたいんだ」

「その言い方は、まるで恋人のようですわね?」


クスクスと声を漏らせば、フェルキスも同じように笑う。


「あぁ、それはいいね。大切な妹を羽虫に渡さなくて済みそうだ」

「まぁ!お父様とお母様に聞かれたら何を言われるか分かりませんわね」

「じゃあ、これは内緒だよ」


整った薄い唇に人差し指を立てて、シーっと言いながら普段通りの笑顔を見せる。

兄妹の戯れは思ったより楽しいと感じた。


「はい、大好きなお兄様」


ゲームの中のシュテーリアは兄を敬愛していたし、雅としても初めてメインキャストの1人として演じたフェルキスは大切なキャラクターだった。

それもあっての発言だったのだが……

翠眼が虚をつかれたと言わんばかりに見開かれる。


(あれ?なんか変な事言ったかな?)

「そうか…大好き……うん。悪くないね」


見開かれた目が三日月に変わり、耳まで赤く染まっている。

存外、妹至上主義の兄は可愛らしいのかもしれない。

フェルキスだって、まだ12歳の少年だ。

政やあらゆる事の裏を見て育ってきたとはいえ、少年の部分もあるのだ。

ゲームや舞台だけでは知り得なかったフェルキスに感慨深いものを感じる。

シュテーリアにとっては大切な兄、雅にとっては弟のようなもの。

大事な守りたい人ということは変わらない。

シュテーリアとして生き、雅の部分も利用して何がなんでも生き急ぐこの少年を守ってやりたいと素直に思う。


(そう言えば、侯爵令嬢を演じることに張り切りすぎて妹として甘えて来なかったな)


兄とは妹には頼られたいものだ。

可愛い妹なら尚更。

今後は、もう少しお兄ちゃんに甘える妹になるのもいいだろう。

妹に甘いお兄ちゃんの気持ちなら、よく分かるから。

心の中で二度小さく頷き、少しだけ生意気そうに顔を背けた。


「今日はお兄様としか踊りませんわ。だって、お兄様と踊る時だけ体調が良くなる予定ですもの」


多少の間のあと「ふふっ」と笑えばフェルキスは「そうだね」とウインクしてみせる。


「では、ミリアム。シュテーリアの身嗜みを整えてくれ」

「あっ……」


シュテーリアはミリアムの存在を忘れていた。

兄妹とはいえ未婚の男女が密室で2人きりになるのは、有り得ないのが貴族である。

当然、ミリアムは常に控えていた。

扉の前で空気と同調し存在を消していたのだ。

なんと優秀な侍女だろうか……シュテーリアは素直に感心した。


「すぐに整えますね」


朗らかに笑みをたたえ、寝台からシュテーリアを起こし鏡の前に連れていく。

鏡台の前に腰を下ろした時、扉が遠慮がちに叩かれた。


「学院長のフリオ・バーデンスだ。入っても良いかな?」

「は、はい。どうぞ」


シュテーリアが許可を出し、扉が開かれる。

現れたのは短く緩いウェーブのかかったプラチナブロンドが輝く、テノールの声がよく似合う長身の男性だった。


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