41話
フェルキスとのデートから幾日が経った休日、シュテーリアはミケロ商会を訪れていた。
勿論、ミリアムと毒から回復したチェルシュも伴っている。
かつて栄華を極めたミケロ商会は今や質素な装いになっているが、その店には上客と言っても過言ではない人物が訪れている。
従業員たちは最上の礼をもって彼女たちを迎え入れ、トルソーに被せて保管していた色違いのドレスを2人の前に出した。
「ようこそおいでくださいました。ルルネア王女殿下、リア様」
銀の髪を編み込んで纏め忙しなく出て来たヴァシュカは礼をとり、ドレスについて簡単な説明をする。
「檳榔子黒を基調としたこちらのドレスはリア様に、臙脂色を基調としたこちらのドレスはルルネア王女殿下にご用意させて頂いたものです」
ルルネアの為にデザインされたそのドレスはシュテーリアのドレスよりもフリルがあしらわれており、より少女らしさを主張するものだ。
1箇所ずつ細かくチェックをしてヴァシュカは頷く。
「こんな感じかしら。ルルネア様、リア様、如何でしょうか?」
シュテーリアは鏡を通して全体に視線を走らせ、背面側のスカートで目を留めた。
崩れないように配慮しながら軽くスカートを揺らし「重いわ」と言う。
「重い、ですか?」
「えぇ、清涼感も足りないと思うの」
シュテーリアの言葉を元にヴァシュカはドレスの裾を凝視したまま何度か顎を指で叩き、独りごちる。
「レース…いや、足すのは更に重くなるわね……短く?美しくないわ、却下。他に……」
頭を悩ませるヴァシュカの様子にシュテーリアは、ふと前世で見たことのあるスカートを思い出す。
「スカートの裾に何か模様を切り抜くことは出来ないのかしら?」
「切り抜き!できますわ!!お花の模様なんて如何でしょうか?」
「ルル様のご意見も聞きたいわ」
2人がルルネアに視線を移せば、彼女は「とっても可愛いと思うの!わたくしに似合うお花をお願いするわ!」とツインテールにした藤色の髪を揺らした。
思いの外フィッティングが早く終わり、鬱屈とした表情のルルネアが帰城するのを見送ったシュテーリアは徐にヴァシュカに腕を捕まれ、再びフィッティングルームへと連れ戻された。
「どうかなさいましたか?」
「はい。頭囲を測らせて欲しいのです」
「え、えぇ…宜しいけれど……」
髪飾りを宝石や花では無くヘッドドレスに変更するのかと問えばヴァシュカは緩く首を振った。
「その、いずれ必要になるかと思いまして…」
歯切れの悪い返答ではあるが一先ず納得して用意された椅子に座り、動かないように努め、針子が測り終えるのを待った。
ヴァシュカの侍女によってお茶が淹れられた為にシュテーリアは大人しくその場に居るのだが、背後ではチェルシュがヴァシュカに呼び出され隣室に移っている。
「ミリアム、貴女は何か聞いてる?」
「えぇ、お嬢様。ですが、今は内緒にさせて下さいませ」
にこやかに話す彼女に薄暗い部分は見えず、悪い事柄でないのであればとシュテーリアは一言「分かったわ」と返し、ミケロ商会の侍従を呼び付ける。
「このブローチを作って頂けるかしら?」
「こちらはどなたかへの贈物でございますか?」
シュテーリアが付けるには些か精悍さの見て取れるデザインのブローチに侍従は微笑む。
「えぇ、そうよ。既に成人しているわたくしの侍従に…宝石はわたくしの瞳の色をお願いね」
「畏まりました。ヴァシュカお嬢様がお戻り次第お話を通しましょう」
「頼むわね」
それはエルリックに下賜する為のブローチだ。
彼がシュテーリアの影である以上、渡さない訳にはいかないのだ。
その後、大した時間も掛からずに戻ったチェルシュを連れミケロ商会を出たシュテーリアは思い悩む。
登城しルルネアの授業を見るか、それとも帰宅し今後の事を考えるか…
(ルル様のことは叔父様が何とかしてくれるはずだわ…帰りましょう)
そう決めてシュテーリアは馬車に乗り込んだ。
次回更新予定日は7月10日0時です。




