39話
中盤、魔法の話が出る辺り以降に流血や残酷な表現が出てきます。
次話(閑話)にて、ざっくりと何があったか書きますので苦手な方は読み飛ばして下さい。
食事を摂りながら漸くシュテーリアは気になっていた白髪の青年についての話を聞くことが出来た。
彼はフェルキスの影であり、名はベルと言う。
癖の強い白髪は厚く目元を覆い、彼の表情を窺い知ることは出来ない。
「お兄様の影ということは…チェルシュの師匠?」
「あぁ、そうだよ」
「チェルシュは、ベルの様になれるかしら?」
ベルにそう問うが彼の反応は小さく頷くだけだ。
その反応にフェルキスは呆れたように言う。
「シュテーリアの問いには答えるように」
「畏まりました」
木々が騒めけば掻き消されそうな程に小さく、それでいて低い彼の声がシュテーリアの問いに答え始める。
「チェルシュは、筋が宜しいかと存じます。弱音を吐くことも無く私の指導についてきておりますので、近いうちに独り立ちさせても大丈夫でしょう」
自分の従者が評価される事は思いの外嬉しい事ではあるが複雑な部分も無いとは言えず、シュテーリアは小さく「そう」と呟いた。
影として筋が良いと言うことはチェルシュには魔法の才も剣技の才もあるということだ。
そして、独り立ちする事になれば彼はシュテーリアの指示のもとで何者かと剣を交える機会に触れるという事に他ならない。
シュテーリアの顰められた眉間にフェルキスの指先が触れる。
「そう難しい顔をしないで?ベルが認めるのだから大丈夫だよ」
優しく穏やかなフェルキスの声音はシュテーリアの不安を払うには十二分な効力を発揮するもので、引き寄せる腕に身を任せたシュテーリアはフェルキスの膝を枕に眠ってしまっていた。
ーーーーーーーーーーー
「シュテーリア、そろそろ片付けの時間だよ」
その言葉にシュテーリアはハッと目を開き、勢いそのままに飛び起きる。
「ご、ごめんなさい!」
寝るつもりは無かったのだが、慣れない馬に乗っての遠出に思いの外疲れていたのだ。
だが、それは例え短時間であろうとフェルキスを1人にして良い理由にはならず慌てて頭を下げる。
「謝ることはないよ?愛らしい寝顔が見れて神に感謝したいくらいだ」
クスクスと揶揄いを混じえて笑うフェルキスにシュテーリアは頬をプクッと膨らませる。
あざとさと言うのは、こういうものだろうかと思いつつフェルキスに抱き着いて「恥ずかしいですわ」と言い、そんな彼女の行動に少しだけ目を見開いたフェルキスも「君をデートに誘える者の特権だよ」と揶揄う。
仲睦まじい兄妹というより、愛し合う恋人達と傍からは見えるだろう。
フェルキスは温かみのある翠眼をシュテーリアに向る。
「そうだ、今日はもう1つお願いがあったんだ。シュテーリア、僕に魔法を見せてくれるかな?」
晴れやかに言うフェルキスの表情には一点の曇りもない。
シュテーリアの腰を抱いたまま立たせ、そっと寄り添い彼はシュテーリアにだけ聞こえる声で言う。
「水と雷…それと操術の複合魔法はどうかな?水球を作り、雷を纏わせるんだ。それを…池の向こう側にある果実の成る木の裏に落としてみて?操術は転移がいいな」
シュテーリアは小さく頷き、フェルキスに言われた水球を作り出す。
直径20センチ程の水球は前世にあったバレーボール程の大きさだ。
そこに雷元素を組み込み、水球の周りをバチバチと小さな稲妻が渦を巻く。
残るは転移のみだ。
集中し、目的の場所のイメージを固めて一気に魔力を放った。
「合格だ」
そう一言だけ呟き、フェルキスは妖艶に笑った。
シュテーリアが魔法を放った先で水球が破裂し、何かが崩れ落ちる。
人型の何かがその場に崩れ落ちたのだ。
それと同時に複数の人影が動く。
「な…に……?」
誰もシュテーリアの問いには答えず、ベルとチェルシュは抜剣し構えをとった。
「フェルキス様、6人です」
「殺れ」
今、何が起きているのか…自分は一体何をしたのか…思考の纏まらないシュテーリアは寄り添うフェルキスの服を無意識に握り締める。
茂みから一斉に飛び出てきた者達とチェルシュとベルの剣が重なっては離れ、幾重もの剣戟が耳を劈く。
「お、お兄様…あの者達は……」
「僕と君を殺しに来たのだろうね」
フェルキスは零れ落ちそうな程に目を見開き震えるシュテーリアに、普段通りの声音で言い続ける。
「目を逸らすかい?震える程恐ろしいのなら目を閉じているといい」
シュテーリアの震えは止まらない、止まらないが目を逸らして良いものでも無いことは理解している。
それでも本能はシュテーリアに目を閉じろと言うのだ。
「ダメ…閉じないわ……見てる、から……」
傍に居て、そう言うよりも先にフェルキスは抜剣してシュテーリアの腰を抱く。
「良い子だね。しっかりと見ていなさい」
シュテーリアは口を開くことも出来ずフェルキスの服を握り締めたまま竦みそうになる足に力を入れる。
黒い服を纏った暗殺者達の剣をベルは簡単にいなし、チェルシュも剣を受けながら対応している。
時折シュテーリア目掛けて炎や風の刃が飛んでくるがそれらは全てフェルキスが弱点になる元素魔法を使いいとも簡単に相殺していった。
ふとシュテーリアは気付く、フェルキスの…そしてベルの視線は全てチェルシュに注がれていることに。
シュテーリアを抱き寄せたフェルキスの口角は普段以上に釣り上がり、何らかの催しに興じているかのようだ。
「チェルシュ、いつまでそうしているつもりだ!」
フェルキスの檄が飛び、チェルシュの濃紺の瞳が一瞬だけシュテーリアに向けられた。
決してシュテーリアの傍を離れず傍観に徹するフェルキスは数の不利だけでチェルシュが手間取っている訳では無いと気付いている。
彼はシュテーリアに凄惨な事柄を見せたくはないと気遣い、相手に致命傷を負わせることができずにいるのだ。
チェルシュはフェルキスからの檄に応え、相対した暗殺者へ踏み込み、その首に剣を振り上げた。
重さのある首がゴトリと落ち、血飛沫が陽光に照らされ飛散する。
飛び掛かろうとした者の足を氷元素魔法で固定し、その者を盾にして追撃者の剣を交わすと、剣が突き刺さった者を蹴り飛ばし、追撃者の心臓を貫いた。
「それではダメだよ、チェルシュ。もっと綺麗に跡形なく消さなくては」
フェルキスがそう言うと、お手本だと言わんばかりにベルが動く。
剣を弾き、相手の体勢を崩した上でベルは首を斬り落とした。
だが、血飛沫が飛散することはない。
ベルは剣を走らせると同時に氷元素魔法を発動し、分離した頭と体を氷で覆ったのだ。
残る2人を追撃しようとして、ベルは動きを止めた。
暗殺者が剣を捨て、命乞いを始めたのだ。
ベルは表情無くチェルシュの動向を伺い、一歩彼らから離れる。
「あんたらの雇い主は誰だ。誰を狙った」
そう問うたのはチェルシュだ。
1人の暗殺者の首筋に剣を宛てがい、尋問を始めようとしたその瞬間、針の様な鋭利な物がチェルシュの頬を掠めた。
剣を振り上げようとしたチェルシュの身体がグラリと傾き、膝を付く。
舌打ちをしたフェルキスが魔法を発動させようとして辞めたのは、既に暗殺者2人に向けてある魔法が発動された後だったからだ。
その場に倒れ藻掻き苦しみのたうち回る2人を視界にすら入れずシュテーリアは言う。
「チェルシュ…死ぬの?ダメよ?貴方はわたくしのものなんでしょう?勝手に死ぬなんて許さないわ!」
春空の双眸から涙が溢れ、ボロボロと零れ落ちてはドレスに染みを作る。
シュテーリアから発せられたとは思えない程の大きな声はチェルシュに届き、彼はシュテーリアを見る。
「まだ許さないわ…」
「生き…て、ま……すよ…」
小さくなった互いの声は届かなかったが、そう言ったチェルシュにベルが近付き、乱雑に口内に赤い液体を流し込む。
おそらくは解毒薬だろう。
のたうち回る2人を適当に転がしたままベルは担ぎ上げたチェルシュをシュテーリアの元に運ぶ。
「シュテーリア、チェルシュを看ていてくれるかな?」
悠然と言ったフェルキスはベルと2人でのたうち回る暗殺者の元へ行き、シュテーリアは地面に寝かされたチェルシュの手を取った。
「怖かったわ…わたくし、怖かったのよ……誰かが死ぬのを目の前で見るのも、誰かの身体がバラバラになるのも…でも、大切な人が傷つく方が余程怖かった……」
止まらない涙がチェルシュの手に零れ落ち、彼は苦笑した。
額に脂汗が浮かび、呼吸も荒く落ち着かず、手には痺れがあるのか力なくシュテーリアの手を握り返している。
「もう、二度と…こん、な…ヘマは、しません」
「えぇ、そうね。しないで頂戴」
2人が約束を口にする背後で何かを水の中に落とす音がした。
転がっていた人間だったものが池の中に落とされているのだとシュテーリアは理解し、目を伏せた。
「聞きたく…ないなら、耳を…塞いで、下さい」
「いいえ、大丈夫よ…もう現実から目を背けたりしないわ」
チェルシュの気遣わしげな言葉に首を振り、握っていた手に少しだけ力を込めた。
無我夢中で発動した魔法が何だったのかシュテーリア自身にも分からないが、最初に死んだ者と最後に死んだ者はシュテーリアが手にかけたという事実は変えられないものであり、その事実は彼女の瞳に翳りを与えた。
次回更新予定日は6月29日0時です。




