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38話



中春の月が終わりを迎えようという麗らかな休日、それは唐突に訪れた。


「シュテーリア、僕とデートしてくれないかな?」


まだ朝も早くシュテーリアの眠気が覚めきらない時間に私室に訪れたフェルキスは、そう言った。

そもそもシュテーリアはまだ夜着から着替えてすらいないのだが、目の形を三日月に変えたフェルキスからの誘いを断れる訳も無いのだ。

疑問符を付けてはいるが、これは強制だと言っていいだろう。


「どちらに連れて行って下さるの?」


そう聞けばフェルキスは口元に人差し指を立て、まだ内緒だよと言う。

彼から指定されたのは動きやすい服を選ぶ事と付添いにはチェルシュを、というものだけであり、それを伝えたフェルキスは早々にシュテーリアの私室から引き上げた。

朝の挨拶にすら来ない憐れな従僕の姿を思い出し、シュテーリアは目を伏せる。


(また巻き込まれてるのね…)



ーーーーーーーーーーー



貴族というよりは上級庶民のお嬢さんといったワンピースドレスをミリアムに選んでもらい準備を終わらせたシュテーリアは早々に外に出ていたフェルキスの元に向かう。

当然、急いではいても走るというようなお行儀の悪い振る舞いは見せずにだ。

手綱を片手に朝日に照らされた彼のプラチナブロンドは心無しか普段よりも輝いているように見える。

そう間違いなく、彼は手綱を握り愛馬であるキャメリオンの毛並みの良い首を撫でているのだ。


(う、うま……)


馬丁のテオが鬣まで美しい白のキャメリオンには少し特殊な形状の鞍を、赤毛のラスクとハニントには通常の鞍を乗せている姿を見てシュテーリアは察する。

馬に乗って出掛けるのだと。

乗馬などした事の無いシュテーリアに馬での遠出を企画してくるあたりランスよりも質が悪いのではないかと思わなくもないが、シュテーリアはそれを飲み込んで珍しく帯剣した姿のフェルキスに近付いた。


「お兄様、準備が整いましたわ」

「急かしてしまって悪かったね。今日は少し遠出をするよ」


にこやかに言うフェルキスはキャメリオンに今日は頼むね、と言った。

キャメリオンに2人で乗るのだと悟り、シュテーリアも優しくキャメリオンに触れ、ゆっくりと撫でる。


「よろしくお願いしますわ、キャメリオン」


白馬の任せろと言わんばかりの態度にシュテーリアはクスリと笑い、フェルキスに手伝って貰いながらキャメリオンの背に乗る。

厳密にはシュテーリアが乗馬をするのは初めてではない。

あくまでも雅の時に何度か経験した程度のものではあるが、一応乗ったことはあるのだ。

とは言え横乗りというのは初めてであり、多少の緊張をもってスカートで隠れた前輪を握るとフェルキスが軽やかにシュテーリアの後ろに乗った。


「緊張しなくてもいいよ、キャメリオンは賢い子だから」


フェルキスはそう言うが緊張するなと言う方が無理な話である。

そこで当時の指導員の言葉を思い出しシュテーリアは深く深呼吸をして前を向いた。


(緊張が伝わるとか何とか言ってた…わね?たぶん)


深呼吸を何度かしている間に残る赤毛の二頭には少しの荷物が積まれチェルシュと見慣れない白髪の青年が騎乗していた。

白髪の青年が何者なのかを聞く前に馬達は歩みだし、慣れない揺れにシュテーリアは口を噤むことになった。



ーーーーーーーーーーー



栄華を誇る王都の門を潜り、幾許(いくばく)か進んだ先にフェルキスの目的とする場所はあった。

そこはそれほど深くはない森であり、小さな池のある場所だった。

時折吹く風に木々がさざめき、自然のままに咲いた花々が香る。

フェルキスが帯剣していたのは野生動物からシュテーリアを守る為だったのだろうと思い、兄の優しさに触れる。


池のすぐそばでシュテーリア達は馬から降り、チェルシュはお茶の準備を始めた。

白髪の青年が敷物を用意し、シュテーリアとフェルキスはそこに腰を下ろす。


「新しいピクニック、だったかな?それは、こういう場所でするんだよね?」


学院でやってきた事を本来の形でやってみたかったのだとフェルキスは言う。

シュテーリアは、その問いに頷き優雅でいて胸の奥が熱くなるような笑顔をフェルキスに向けた。

だが、高鳴る胸に躍らされシュテーリアは見逃したのだ。

シュテーリアの笑顔を見たフェルキスの瞳に翳りがあったという事実を……。

次回更新予定日は6月26日0時です。

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