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37話



ヴァシュカとセレンディーネとのお茶会から3日ほどが経ち、シュテーリアは複雑に広がる見慣れない庭園で赤々とした夕陽を背にお茶を楽しんでいる。

すぐ近くから少女の断末魔とも思える不満の叫びと少年2人の声すら出なくなった荒い呼吸音が優雅な一時(ひととき)を邪魔するが、それを気にも止めずシュテーリアは花々を眺め、持参したクッキーを口に運んだ。

咀嚼しては嚥下を繰り返すこと数分、根を上げる少年の声に視線を動かし紫紺のローブを着た黒髪の男の背を静かに眺めて彼らの動向を見守った。


「もっ…無理……で、す…」

「ほぅ…王子たる方がこれしきのことで根を上げるとは実に頼りないものですね」


ミルクティー色の髪がふわりと揺れ限界を伝えても尚、男は煽る事を辞めない。

シュテーリアに背を向けている為、その表情を窺い知ることは出来ないが相変わらず竜胆の双眸を鋭利に輝かせていることだろう。


「優しく教えてくれるって言ったのに!」


そう声を上げている藤色の髪の持ち主は右肩に乗った男の手を払い除けようとして阻まれ、返り討ちにあっている。

視界の端に転がるプラチナブロンドの少年は未だに立ち上がる兆しがない。

王城の庭園とは思えない目に余る散々たる光景にシュテーリアは深く溜息を吐き、男の背に声を掛けた。


「叔父様、それくらいにしてあげて下さいませ。ハルニッツ殿下もバディウス殿下も動けなくなっておりますわ」


エルリックはチラリとシュテーリアに視線を向けてから転がる2人の王子を見る。


「……仕方ありませんね。今日はここまでにしましょう」


不満気ではあるものの授業の終了を口にしたエルリックにルルネアは恨みがましげに礼をとり、王子2人は何とか立ち上がって礼を述べた。

見守っていた侍従たちと各々の私室へ向かう彼らの背を見送り、傍に控えるチェルシュにお茶を淹れさせテーブルについたエルリックにお茶を差し出した。


「リア、君の優しさは美徳だが王族に対しては必要ないものだろうな」

「詰め込みすぎてもいけないでしょう?お体を壊してしまいますわ」


そう諌めてもエルリックにしてみれば十二分に優しい授業であり、シュテーリアから見ても優しい部類に入るものでもある。


「あの程度ならミコルトもこなす」

「エアリステと比べるのはおやめ下さいと申し上げたはずです」

「だが、あれでは遅れを取り戻すのは難しいだろう。それに、ルルネア王女殿下は君と共にカリアッド侯爵令嬢とピュッツェル伯爵令嬢とテストの順位で勝負をすると聞いたが?」

「…そう、でしたわね。宜しくお願いしますわ、叔父様」

「あぁ、心得たよ」


ここに密約が成ったことを当のルルネアは知らないのだが、使えるものは使うと先日ヴァシュカに習ったばかりである。

現役教師であるエルリックに頼むのは少々反則のような気もするが、エルリックにルルネアの家庭教師を頼んだのは国王でありシュテーリアではない。

そう自分に言い聞かせ、珍しく穏やかに笑んだエルリックと暫しの談笑を楽しむ事にした。


エルリックが仕事に戻るため席を外し、入れ替わるようにルルネアが庭園に戻った時には夕陽が沈み始めており、薄暗くなった庭園には光魔法によって、ぼんやりとした明かりが灯された。

彼女が遅くなったことを詫びて席に着き、何故か連れ立ってきた王妃トルテアとバディウスも席に着く。

訳知り顔のトルテアは嬉色の笑みを向けるも、まだ口を挟むつもりは無いようだ。

シュテーリアも全てを説明するつもりは無く、建国祭でルルネアとお揃いのデザインのドレスを着たいのだと、それだけを話した。


「まぁ!リアと同じデザインのドレスが着れるのね!?嬉しいわ!!ウィラントのドレスかしら?」


嬉々として話す彼女にシュテーリアは緩く首を振り、デザイナーは仮縫いの試着当日まで内緒にしたいと言えばルルネアは楽しみだと自身の両頬に手を当てた。

そして、建国祭当日ルルネアのエスコートはバディウスが務めるのだとトルテアが言い、バディウスは余程嬉しいのか屈託なく言う。


「僕にもルルとお揃いの装飾を作れるかな?ルルの可愛らしい瞳の色と同じ色の石がいいな」

「わ、わたくしもバディの瞳の色がいいわ!夜色の宝石を!」

「デザイナーに伝えておきますわ。彼女も喜んで品を揃えると思いますもの」


天真爛漫なルルネアと可愛らしさが前面に押し出されたバディウスのなんと似合いのことか…とシュテーリアは思う。

トルテアも実子ではないとは言え、息子娘と変わらない2人の喜び様に頬を緩ませている。

本来であればバディウスの衣装もヴァシュカに任せたいところではあるが、彼の衣装は実母の第一側妃が決める為、本人ですら口を挟めないのが現状である。

せめて装飾品くらいは…とトルテアは考え、ここに連れて来たのだろう。


「シュテーリア、わたくしがフェリシアに頼んだ件はどうかしら?」

「恙無く」


そう一言だけを返せば、トルテアは満足した様子で深く頷く。


「よろしくお願いするわね。当日は二つ名を遺憾なく発揮なさい」


優雅な微笑みをそのままに彼女はシュテーリアの背後に視線を向けた。


「ルルの採寸表はレイスに持たせるわ。さぁ、お迎えが来たわよ」


振り向けば、そこにはフェルキスが待っている。

席を立ったシュテーリアはフェルキスと共に退席の礼をし、チェルシュを伴って帰宅した。


次回更新予定日は6月22日0時です。

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