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3話


ぼやけた視界に2人の男女がいる。

朧気な2人を視界に捉えたことで今居る場所が現実ではないのだと理解した。

ミルクティーブラウンの髪色の少年は《俺》であり、黒髪の少女は…《俺》の1番大事な人。

懐かしく見慣れた白のソファーの前にはガラス製のテーブルとテレビがある。

ふと視界の高さが気になり自然と自分の手を見れば、そこにあるのはシュテーリアのものよりもかなり大きな男の手、今となっては多少の違和感を持つ姿形は紛れもなく雅のものだ。


これは一体いつの記憶だろうか?と首を傾げた時、少女が奇声に近い声を上げた。


『ああああああああぁぁぁ!嘘!!まじ!!?お兄ちゃんがフェルキス様やるの!?!!先に言ってよ!!!てゆか、今すぐやって!!!あのアルカイックスマイルで「僕の愛しい妖精姫はご機嫌ななめなのかな?」ってやって!!』

『おま、うるっせーな……』

『はあああぁぁ!?フェルキス様を演じる人間が妹に対してどんな口の利き方!!!!まじ処すけど!?』


日課である柔軟体操をする俺を手伝いながら喚くのは年子の妹・菜々子だ。

ぎゅうぎゅうと人の体を押しながら文句を言っているが兄妹仲は良好だった。

むしろ、仲が良すぎるくらいだと思う。

時間が合えば2人で買い物も行くし、旅行にも行く。

オーディション前には演技の練習にも付き合ってくれたし、見た目だって黙ってれば可愛いと思う。

あくまでも黙っていればの話だが。

役者になる道を親以上に応援してくれたし、「私はお前のファン1号だ!大事にしろよ!!」と言って憚らなかった面白い奴。

大事な妹で、大事な俺のファン1号だった。

自分が今生きる場所はそんな妹が大好きだった女性向け恋愛シミュレーションゲーム、通称乙女ゲーム『Tears』の世界なのだと理解する。


(……はぁ?ゲームの世界って、そんな事ある!?受け入れられな……いや、受け入れなきゃダメなのか?)


そう自問自答しながら目の前のけたたましくも優しい光景に目を馳せる。

二度と戻らない優しかった世界だ。

今となっては夢の世界になった前世の世界。

劇団に入ってから初めて大きな舞台に立った。

Tearsの舞台化が決定して、妹に内緒で受けたオーディションに合格、そのキャストに選ばれた。

16歳の時に初めてメインキャストとして舞台に立つ事ができた。

それがフェルキスの役だったんだ。

確か…ヒロインが仲良くしてた令嬢の兄……

ヒロインは14歳で編入してくる伯爵家の庶子でエルテルを筆頭としたドリル軍団に嫌がらせを受けてて…

編入して、すぐの試験で分からないことだらけのヒロインを助けたのがシュテーリアだった。

それから仲良くなり、攻略対象とも親しくなって王子様やら貴族やらと恋をして、いっぱい努力して勉強して……そして、友を失った悲しみを強さに変えて国を救う聖女になるんだった…


そうそう、死ぬんだよな。

シュテーリア。

ほぼ全てのルートで。

救い無さすぎてなぁ〜〜………………

…………ん?死ぬ!?

要するに!?俺が死ぬの!?!!

待って!待って!?俺の人生、2連続で終わるの早くない!?


誰に焦らされている訳でもないのだが人間は焦ると「待って」と言ってしまうものなのだろうか。

感傷に浸っていた空気が台無しである。


何とか思い出したストーリーで、シュテーリアは何度も死んでいた。

菜々子がゲーム画面に向かって「シュテーリアァァァ!やめて!愛してるから死なないで!!!」

「私がっ、シュテーリアとっ変わってあげたいっ!」

「シュテーリア可哀想すぎて無理……つらい……」

「助けてあげてミコルト……」とガチ泣きしていたのを覚えている。

菜々子の攻略対象の中での推しはフェルキスであり、キャラとしてはエアリステ3兄妹の箱推しだった。

フェルキスを演じた経験と菜々子の入れ知恵によりエアリステ3兄妹の情報だけは大量にあるのだ。

未だに誕生日すら覚えている。

中夏の月16日がフェルキス、上秋の月22日がシュテーリア、下冬の月24日がミコルトだったはず。

そして、このエアリステ3兄妹……めちゃくちゃ人気の高いキャラクター達なのだ。

単体推しというより箱推しが多く、続編では新ルートが作られているという話だが…それは一先ず置いておこう。

何せ、続編発売目前で転生してしまった以上、雅にその知識はないのだ。


乙女ゲーム『Tears』の攻略対象はと言うと……

俺様系の第二王子

お兄さん系の騎士団長子息

お色気系の双子の天才魔術師(兄)

あざとい系の双子の天才魔術師(弟)

賢い腹黒系の侯爵令息

隠しキャラである闇堕ち系の侯爵令息


この賢い腹黒系の侯爵令息というのがフェルキスである。

そして、闇堕ち系侯爵令息は……なんとミコルトだ。

ミコルトの攻略ストーリーは、唯一始まりが違う。

第二王子ルートだとフェルキスが死に、シュテーリアが自ら死を求める。

ここで重要な選択肢が出るのだ。

ミコルトルートの開通条件を満たしていれば死なせず、牢に入れるという選択肢がある。

それを選べばミコルトルートに進むことになり牢に繋がれていたはずのシュテーリアが突如姿を消すことになる。

ちなみにシュテーリアにとって1番まともなエンディングは姉至上主義を拗らせたミコルトによる監禁だと言うのは菜々子の説だ。

まともって何だ?とは思うが、そこも置いておこう。


舞台版ではストーリーが書き換えられていて大団円ルートが作られているのでフェルキスが死ぬ事は無いし、ミコルトも平和的な姉至上主義になっているのだが、ゲームに大団円ルートは無く第二王子ルートでは間違いなくフェルキスは死ぬのだ。

全ルート、そして舞台でも変わらず共通なのが謀略によって第三王子の婚約者にされたシュテーリアは第一側妃によって家族と離され酷い虐待と魔法による精神汚染に苦しんで病み第一王子と側近を殺していく役であるということだった。

第二王子の正規ルートでは最後にフェルキスを殺したあとシュテーリアは第二王子に死を懇願して死ぬし、双子ルートでは普通に処刑されるし、騎士ルートでは狂って自殺、フェルキスルートでは「お兄様、わたくしの大切なお友達をお願いね……」と残して自殺だ。

全ルートに言えるがヒロイン側からの視点しか描かれておらず、シュテーリアが生きていると確認出来るのはミコルトがヒロインに対して発した「姉上は生きてるよ。でも、心がね…うん。でも、大丈夫だよ。姉上はずっと外に出れないけど僕が幸せにしてあげれるし、君は僕と一緒に幸せになろう」という台詞があるからという理由だけだったのだが…

続編の発売が決まり、オープニング動画が某動画サイトに上げられた時に目敏いファンは見付けたのだ。

曲に合わせ一瞬でパパパパっと変わって行くスチルの中に足枷を付けたまま寝台に眠るシュテーリアと左手の薬指に口付けをするミコルトと思われる少年のスチルがある事に。

この動画がアップされた時のミコルト推し、エアリステ兄弟推しの反応は凄まじく、某SNSのトレンド入りを果たした程だ。

何より、このミコルトルートでしかシュテーリアは生きておらず、あらゆる謎を残したままだったものが解明されるのでは?とゲームファンは歓喜に湧いていた。

だが、ヒロインと結ばれたのに姉まで監禁するヤバい弟…それがミコルトの未来……

そんな弟に己の2度目の人生を託すのは些か不安があるので全力でフェルキスを助けつつ、何なら第一王子も助けて第二王子が立太子することすら防ぎたいものだ。

それ即ちシュテーリアの生きる未来に繋がる……と、思う。


ちなみにフェルキスは第二王子ルートの3種類のエンドをクリアしないと攻略の選択肢が出ないし、ミコルトに至ってはミコルト以外のキャラのスチルを完全制覇しないと選択肢が出てこないというものだった。

エアリステ兄弟の難しさ…何なんだ……


ついでに菜々子があだ名を付けた超合金ドリルのエルテルは、第三王子と手を組んでシュテーリアを道具にしていくスーパー悪役令嬢だが元から性格が歪んでる為、生き残りたいからといって近付くと尚更危険に陥る可能性が高い。

かといって全く関係を持たずに居られる家柄でもない……詰んでいる。


とりあえずは起きたら死亡回避の為のプランを考えないとなぁ…

これ、いっそフェルキスに話してもいいんじゃ……だってフェルキスなんか芸術学科にいるし。

1人だけ別の動きしてるし!!

いや、でも流石に頭おかしくなったとか思われるのは嫌だな……

まぁでも、所詮は年齢制限も高くないゲームの世界だし。

先に起きる事もそこそこ分かってるから大丈夫だろ!

などと夢の中で楽観的に張り切っていると頬に何かが触れる感覚がした。


この優しい感覚は……おそらくフェルキスだ。

可愛い妹が倒れ、心配しているのだろうと思う。

心配ばかり掛けてるから、そろそろ優しくしないとバチが当たりそうだな。と、いつの間にか戻ったシュテーリアの造形で苦笑いを洩らす。


あの妹至上主義の美形極まる兄が安心して自分の命を守れるようにシュテーリアは強く生きなければいけないのだろう。

雅として妹の菜々子を大事にしてきたのだから、フェルキスの気持ちだって汲んでやらなければ可哀想だ。

前世の記憶を思い出してから3年、これ以上ないほどに大事にしてもらった。

これからも大事にしてくれるんだろうと思う。

それなら少しずつ返していっても良いだろう。


「お兄様、今シュテーリアが帰りますわ」


そうして、シュテーリアは自らの意思で春空色を閉じた。

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