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35話



休日ではあってもシュテーリアの朝は早い。

今日はヴァシュカとのお茶会当日なのだが、2人きりではなくセレンディーネも加えて欲しいとヴァシュカからの要望があった為、3人でのお茶会だ。

彼女たちを玄関ホールで迎え入れ、シュテーリアは私室へと案内する。

室内ではチェルシュがお茶とデザートを用意し、そして盗聴防止魔法を張っているところだった。

シュテーリアは軽く左手を上げチェルシュに退室を促してから円卓を囲み、一息つく。

まずは主催であるシュテーリアが口を開いた。


「ようこそおいでくださいました。セレンディーネ様、ヴァシュカ様」


モスグリーンの髪を編み込んだセレンディーネの隣には、緩くウェーブのかかった美しい銀髪を片側に流し大人らしさを演出したヴァシュカがいる。

2人の簡潔な挨拶の後、ヴァシュカが晴々とした笑顔をシュテーリアに向けた。


「私、本日はセレンディーネ様にどうしてもお聞きしたいことがありましたの。本題にも関わるお話ですし、少々お時間を頂いても宜しいかしら?」


シュテーリアが頷くのを見てヴァシュカは満足気に笑んだのだが、すぐ様その笑みを消しセレンディーネに厳しい視線を向けた。

穏やかな春の午後は、突如翳り雰囲気を一新する。


「セレンディーネ様、ウィラント商会が食品業のみならず服飾業にまで手を伸ばした理由は何です?我がミケロ商会がどれ程の時間を掛けて各領地との関係を築いて来たかお分かりですか?爵位を笠に来て事を推し進めたせいで、各領地の下働きの者達がどれ程の苦労をしたかお分かりになっておりますの?」


ヴァシュカの目には明らかな怒りが宿っている。

それも致し方ないことだろう。

ラーベラ男爵が会頭を務めるミケロ商会は元来、服飾業に強い商会であり、食品業に強いクルソワ伯爵が会頭を務めるウィラント商会の邪魔にはならない存在だった。

互いに強みを分け、互いの領分を害さないという暗黙のルールがそこにはあったのだとヴァシュカは言う。

派閥が違うからルールを侵していいというものでは無いとも。

ラーベラの嫡男が永く取り引きを行ってきた貴金属加工に秀でたミバル領やあらゆる布地の生成に秀でたノナン領に赴き、今年の出来を聞きに行ったところ今後は取引が出来なくなったのだと言われ、そこでクルソワ伯爵家がミケロ商会の領分を侵していることを知ったと言うのだ。


「ラーベラ男爵家は爵位を持っていても下位爵。高位にいる伯爵家に口を挟まれれば潰されるのは我が家ですわ。何より下位貴族の我が家は庶民と親しい間柄を作り上げ、互いに損のないように長い時間をかけて話し合い、折り合いをつけながら持ちつ持たれつの関係を維持してきたのです。それを貴女方ウィラント商会が無作法に壊したのですよ?それ故に父は風見鶏にすらなれず、愚かな犬に成り下がったのですわ。私の怒りがお分かり頂けて?」

「……いえ、わたくしは…ただドレスや制服が作りたいと……」


しどろもどろに返答するセレンディーネのオレンジの瞳には焦りが見え、そしてヴァシュカは思いもよらない言葉を発した。


「そう、あの様に誰かの考えたデザインをそのまま作り上げることが貴女がやりたかったことなのね!私の…」

「お待ちになって!」


思わずシュテーリアは口を挟み、ヴァシュカは押し黙る。

今、確かにヴァシュカは《誰かの考えたデザイン》と言ったのだ。

今世において、シュティエール学院の制服はセレンディーネのデザインだということになっている。

あのデザインが本当は前世の有名なイラストレーターが手掛けたものであるということは前世の記憶がある者しか知り得ないのだ。


「ヴァシュカ様、誰かの考えたデザインとは……」

「制服ですよ。アレは前世にあったオンラインゲームの魔法士のスタンダード衣装でしょう?あのゲーム、衣装のデザインが豊富な上にオシャレで有名なんですよ。言ったじゃないですか、仮装は得意なんですって」


ヴァシュカは語気を強めてセレンディーネに言い続ける。


「あのゲームに出会ってコスプレに目覚めて、そこから服作りの楽しさを知って、私はファッションデザイナーを目指したんです!道半ばで病気になって死んだけど、それでもミケロ商会を持つ家の娘として目覚めて、またデザイナーとしての道を歩こうと決めた矢先のことよ!どれだけ私が落胆したと思ってるの!それを…それを貴女はエアリステが手を貸してくれるから食品業に参入しろですって!?馬鹿にするのも大概にしなさいよ!」


手に持っていたフォークを彩り鮮やかに飾られたケーキに突き立て、怒りを顕著にしたヴァシュカは粗雑なように見せておきながら優雅にケーキを口に運んだ。


「あら、美味しい…」


口元を手で隠し、目を丸くしながら零した言葉は彼女を幾分か冷静にさせたようだ。

顔合わせの時に見た存在感も生命力すらも感じられないヴァシュカは居らず、確固たる意志を主張する彼女は強く、そして美しいとシュテーリアは思った。

クルソワとラーベラの間にあった暗黙のルールについてシュテーリアは認知していなかったが、もしそこにエアリステが噛めば更にラーベラの権威は落ちるだろうことは安易に予測がついたのだが、それ以上に次々と現れる転生者にシュテーリアは混乱していた。


「大変申し訳ございません…わたくしの認識不足ですわ」


セレンディーネの力ない言葉と思いの外美味しかったデザートに語気を荒げていたヴァシュカも冷静さを取り戻し、目を伏せた。


「それで、我がミケロ商会に食品業に参入しろというのは、一体どういうことですの?また一から関係を築くのに奔走せよと仰られるのかしら」


ヴァシュカの怒りは尤もなもので、シュテーリアも納得がいく。

それであれば、と思い付きを口にした。


「その事だけれど…ミケロ商会には再度服飾業を、ウィラント商会は更に食品業を盛り上げて貰う事はできないのかしら?」


シュテーリアの言葉に2人は顔を見合せ、数秒の後に頷いた。


「シュテーリア様とフェルキス様のお衣装ですが、まだ着手しておりませんわ。今ならミケロ商会に権利をお渡しすることも可能です」

「それであれば我がミケロ商会も以前取引のあった領地との交流を再開できますわね。それにウィラント商会に関する評判にも口添えできますわ」


一拍置いてセレンディーネはヴァシュカに改めて頭を下げ、その上で1つの案を打診する。

それは前世の記憶を用いて話したいというものだった。

それに対しシュテーリアとヴァシュカは頷き、前世の名前を口にした。


「私は野中春陽、25歳で実家の定食屋で働いてました。2.5次元の舞台が大好きで…ここに居る雅くんの大ファンです!Tearsもみや様が出てたので観に行ったくらいですね!」


小さく拳を握るセレンディーネにシュテーリアも続く。


「セレンディーネ様より軽くご紹介頂きましたが、わたくしの前世は古市雅という舞台俳優でした。Tearsの舞台ではお兄様…フェルキスを演じておりました。元は男子ですし、至らぬ点もあるとは思いますが宜しくお願い致しますわ」


丁寧に言葉を並べるシュテーリアに続いてヴァシュカが口を開く。


「私は、八沢実莉(やざわみのり)という名前で19歳でした。服飾デザイン専門学生で、趣味はコスプレ。Tearsの推しはランスとハルニッツとバディウスの王子箱推しです!」


そう語った彼女は、現実の彼らも推しているらしくランスやバディウスに不幸があるのは耐えられないと拳を握った。


「ヴァシュカ様は続編については…」

「知りません!発売前に病気発覚して、それどころじゃなかったと言うか…とは言え、今はこっちが現実な訳で、しかも王子達も無事仲良く生きてるじゃないですか。このまま何も無く元気に生きてて欲しいし、こうして関係を持った訳ですからリアちゃ……シュテーリア様にも元気に生きてて欲しいですね!」


シュテーリアの愛称を言い直した彼女に訂正の必要はなく今後は愛称で呼んで欲しいと伝えれば、彼女は喜びを顕にした。

セレンディーネにも同様に愛称で呼ぶように伝え、ケーキを一掬い口に運ぶ。

先程まであった緊張感や翳りなどは無く、穏便に話が進みそうだとシュテーリアは安堵してセレンディーネを見た。

彼女も動揺を見せていたが今は落ち着いたらしい。

チェルシュ自慢の一品に舌鼓をうっている。


「そう言えばリアちゃんって元は男の人なんだよね?抵抗とかないの?やっぱ役者だったから演じるだけなら違和感なくやれるもん?」


貴族令嬢の仮面を投げ捨てたヴァシュカは実莉の言葉でただ疑問に思ったことを口にしたに過ぎないのだがシュテーリアはその疑問に行動を止めた。


「最初は勿論あったわ。違和感も、不安も……ですが、今は減ったと言うのが適切かしら」


違和感が無いと言えば嘘になるが、転生直後よりは受け入れている…というのが現状だ。

最近では自身が男だった事を忘れる事も間々あるのは間違いなく、それは雅の存在を知っていて尚シュテーリアとして扱うチェルシュがすぐ傍にいるからかもしれない。

セレンディーネはシュテーリアの名を呼びながらも雅としての意見を求める事が多く見られるが、チェルシュはそれを良しとしない。

彼はあくまでも自分が仕えるのはシュテーリア・エアリステだと言うのだ。

それをこの数日で顕著なまでに表された為、シュテーリアとしての日々を演技とは思わなくなってきているのだ。

それにはフェルキスの存在も大きい。

彼は雅の存在を知らないが故ではあるものの、全ての意見や行動をシュテーリアのものとして受け入れ、それらを肯定するのだ。

最早、雅にとってシュテーリアは《自分》と言える存在になっている。

また、当然のことだが1人の淑女として扱われる事にも違和感は薄らいでいる。

これは慣れによる部分が大きいだろうか、とシュテーリアは推察する。

家族や従者以外とも会話をするようになった今では前世の言葉を用いての思考は減り、貴族子女として板に付いてきたと言っていいだろう。

克服しなければならないのは造形品の如く美しい自らの肢体に動揺を見せない事、ただそれだけでは無いだろうか。


「へぇ…意外に異性間の転生でも慣れるもんなんだね。じゃあさ……」


そう言ってヴァシュカは紅茶を流し込んでにったりと笑い、肩にかかった美しい銀糸をふわりと払った。


「ドレス作りたいから1回脱いで」

「「えっ…」」


思わぬヴァシュカの発言に声を上げたのはシュテーリアのみならず、セレンディーネもだった。

彼女にとってはシュテーリアは雅であり、雅は前世の最推しとも言える存在である。

その様な人物に脱げとは…と思いながらも彼女は咎める事もなく押し黙ったままだ。

ドレスに関する事には口を挟まないと決めたのだ。


「あ、あの……脱ぐのですか?ここで?」


脅えるような上目遣いでヴァシュカを見詰めるが当の彼女は意に介せず、侍女が置いていったトランクの中から複数枚の紙を取り出した。


「下着姿でいいよ。デザイン決めるから余計な色を纏ってて欲しくないんだよね。まぁ、二つ名にも入ってる青薔薇は使う方向で進めるけど」

「前にセレンディーネ様に考えて頂いたデザインは……」


シュテーリアの言葉にセレンディーネは2枚の紙をテーブルに広げ、ヴァシュカの前に差し出す。

それを見てヴァシュカは事も無げに不満を上げた。


「このデザインって、別のゲームの堅物インテリ眼鏡の衣装だよね?Tearsの後に舞台化したんだっけ?…ってことは、このフェルキス様が着る衣装は前に雅さんが俳優として舞台で着てたやつ?それじゃ駄目じゃない?フェルキス様の為に作ってないじゃん。フェルキス様なら無難に着こなすだろうけど、このデザインはあの堅物インテリ眼鏡に合うようにデザインされてるんだよ。だから、あいつ以上に着こなせる人って居ないんだよね。リアちゃんのは…いいか。このカッチリ感は今までのリアちゃんのフワフワ感を消すし、イメージ変えれるかも。2人の色合いを揃えるのは賛成だし、フェルキス様の無駄に爽やかなイメージを変えるのにも色はいいと思う。いっそ、もっと堅さ出すためにマントとか、華美に刺繍や装飾を増やすとか…」


勢い良く続けるヴァシュカの口が止まり、天井を見上げ何某かを呟き、真っ白な紙にペンを走らせる。


「騎士服が基盤のシュテーリア……対極…聖職者?……カソックか…ロングコートでマントは右肩から下げて…刺繍は銀糸の方が堅さが出る?……それならシュテーリアのドレスも銀糸か?…いや、でも……」


一頻り独りごちて顔を上げ、彼女は再度シュテーリアに言う。

「やっぱ脱いで?」と……


次回更新予定日は6月15日0時です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] みや様オタク女子に剥かれるwwwwwwwww [気になる点] 先生!ヴァシュカはシュテーリアが転生者だってわかってたのでしょうか?? いきなりオンラインゲームとか前世とかシュテーリアの前で…
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