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27話



シュテーリアは何故自分が今このテーブルに着いているのか理解していない。

非常に困惑していると言っていいだろう。

いや、厳密に言えば状況は理解しているが理由が分からないのだ。

右隣にはフェルキスが、左隣にはミコルトが座り、対面にはバディウスの姿がある。

目の前には豪華な晩餐だ。


2人の側妃を除いた王族が揃う晩餐にエアリステ家が招かれた形だ。

ついでに言えば何故かフリオとエルリックも同卓しているし、シュテーリアの後ろには表情を無くしたチェルシュと静かに佇むミリアムがいる。

ミリアムがルルネアの私室に家から持ってきた杜若色のイブニングドレスを持って現れた時に色々察したのだが、流石にこの状況で料理の味など分かる訳も……意外に分かるものである。

美味しいのだ。

飯マズ世界のくせに美味しいものもあったんだな…と考えたところで、ふと思い出した。

背後に控える従僕が今まで何処で何をしていたのかを。

チラリとチェルシュの姿を見やれば相変わらず表情は消えているものの小刻みに震えているではないか。


(そう…よく頑張ったわね……)


労いよりも憐憫(れんびん)を強く込めた眼差しをチェルシュ向け、彼の救いを求める視線とぶつかった。


「……美味しいわ」

「……それは、ようございました」

「貴方が作ったんでしょう?」

「はい…指示を……その、宮廷料理長様に……」

「……分かったわ」

「はい……」

「…………呼吸は、ちゃんとしなさいね」

「はい……」


自分以上に緊張している者を見ると存外、自分の緊張は解れるものだ。

2人のやり取りを聞いていたのか晩餐の席には笑い声が溢れる。


「彼はシュテーリア嬢の従者なのか」


口に出したのはランスだ。

その言葉に浅葱色の髪を纏めた王妃トルテアは燦然と紅蓮の瞳を輝かせ、王族の血が受け継がれていることを象徴するプラチナブロンドを持つ国王レギオスも続いていく。


「まぁ!では、ハルニッツかバディウスと結婚したら一緒に連れて来てもらおうかしら!!」

「それはいいな!レイス、どちらがいい」

「陛下、お戯れはよして下さい」

「何、戯れなどではないさ。それと此処は私的な場だと言っただろう。普段通りにしろ、気持ち悪い」


顎髭を撫でながら吐き出されたレギオスの言葉に、あの王太子の親ということか…と納得せざるを得ない雰囲気である。

はぁ、と吐かれた深い溜息の主は思いの外多かった。

槍玉に上がったハルニッツとバディウス、そしてフリオとレイスの4人だ。

隣に座る翠眼はニコニコと臨戦態勢に入っているのだからシュテーリアも気が抜けない。

それを眺めるランスは肩を震わせ笑うことを耐えているつもりなのだろう。辛うじて声が出ていないだけである。


「父上、俺はまだ婚約者なんて決めるつもりありません」

「僕もですよ」

「お前たち…この料理がまた食べたくないのか?」

「それは……」


言葉に詰まるな!そもそも息子の結婚をそんな理由で決めるつもりなのか!と心の中でツッコミつつ臨戦態勢を緩めない隣人の袖を引っ張った。


「どうしたのかな?」


シャンデリアの光に照らされ普段の倍は爽やかな笑顔のなんと胡散臭いことか…と思わないでもないが、シュテーリアとしては婚約の話は早々に終わらせてしまいたかった。

頬に片手を当て困り顔を作り上げ、フェルキスを見詰める。


「わたくし、まだお兄様に認めてもらえるような淑女(レディー)になれていないでしょう?」

「…そうだね。今は僕の隣に立つのに相応しい淑女(レディー)になろうと努力しているんだよね?」

「えぇ!ですから、お兄様に認めて頂けないうちは婚約だなんて出来ませんわ」


兄妹の即興劇である。

この寸劇の意図を汲んだフェルキスは、やはりシュテーリアにとって頼りになる人物だと言える。


「無論、私もリアを他家に渡すつもりは今のところ無いな。レギオス、諦めてくれ」

「仕方ない…では、そこの従者を……」

「陛下、彼は僕が拾ってきたシュテーリアの為の従僕ですよ?簡単に渡せるものではありません」

「そうですわ。彼が有能であるとお認め下さるのは喜ばしいことですが、いくら陛下でもお渡しできませんの」

「いやいや、本人の意向次第じゃないか?」


婚約話は乗り切ったもののレギオスのチェルシュに対する評価は高く、簡単に諦めてくれそうにない。

テーブルに着いた全員の目がチェルシュに集中し、彼は微振動すらできず硬直しているようだ。

シュテーリアは背後で脅える従僕に憐憫の視線を送った。


「貴方の気持ち次第だと陛下が仰っているけれど、どうなの?」

「……わ、私にはフェルキス様への恩義とお嬢様への忠義がございます。生涯、お二方以外の方に使えるつもりはございません」

「こう申しておりますわ」


うーん、と唸るレギオスと呆れ顔のレイスにシュテーリアは一つの案を持ち掛ける。


「実は今、彼のお料理講座というものを考えておりますの」

「ほぅ、 …リア、詳しく話してみなさい」

「はい、お父様」


レイスはフェルキスと全く変わらない笑みを携えてシュテーリアに話の続きを促した。

昨日セレンディーネとチェルシュと話し合った内容を…勿論セレンディーネの存在は隠してではあるが、掻い摘んで話しチラリとフリオを見遣る。


「全ては学院長先生とミケロ商会の会頭ラーベラ男爵から承諾を頂ければ、という話になりますが…」


そう付け加えた。


「そうか…ラーベラとの伝手はあるのかい?リア」

「早々に作る予定ですわ」

「リアの手腕に期待してしまいますわね、あなた」

「あぁ、フェルキスも手伝ってやりなさい」

「当然です」

「僕も姉上の手伝いがしたいです!」

「お願いするわお兄様、ミコルト」


不思議なエアリステ家族会議は和やかに終わり、レギオスが口を開いた。


「フリオ兄上もそのつもりで良きように計らってくれ」

「わかっているよ。我儘な弟の頼みだからね」

「では、本題だが……」


どうやらチェルシュの料理が本題では無かったらしい。


「エルリック、お前にはハルニッツ、バディウス、ルルネアの家庭教師も頼みたい」

「「「えっ…!!!」」」


シルバーが高い音を立てて床に落ち、ルルネアが即座に謝る姿にレギオスは不思議そうな顔をした。

そして、ハルニッツとバディウスにも明らかな動揺が見て取れる。

おそらく先日行われた授業を思い出しているのだろう。

いや、厳密に言えばシュテーリアとエルリックのやり取りだろうか。


「承りました、陛下」


簡潔に告げられた承諾の返答にシュテーリアも頬を引き攣らせる。

何せルルネアの魔法の授業にはシュテーリアも巻き込まれることが決定しているのだ。


「ち、父上……その…ヒスパニア先生はシュティエール学院の教師ですよ?そんな方を休日まで……」

「ハルニッツ殿下、お気遣いありがとう存じます。ですが、休日は宮廷魔術師として登城しておりますので差程変わりませんよ」

「うっ…そう、ですか……」


残念なことにこれは決定事項であるようだ。

ハルニッツのちょっとした抵抗も虚しく散っている。


「あぁ、ルルネア王女殿下にはそれ程厳しくするつもりは御座いませんよ。魔力量の多さと闇属性の資質が現れたことを鑑みての人選でしかありませんからね」


優雅に笑んだエルリックにルルネアは安堵の色を見せたが、名前の上がらなかった2人の王子は相変わらず顔色が悪い。


「エルリック、貴方の授業はそんなに厳しいの?」


王妃トルテアのそんな疑問を皮切りにエアリステ家の授業風景が語られ、レギオスとトルテアの頬が引き攣ったのは言うまでもない。


次回更新予定日は5月26日0時です。

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